問題の希少化と正解のコモディティ化 〜ソーシャルシンポジウム2023〜
タイトルを見て、どこかで見た事のある言葉だな、思われたと思いますが、その通り、山口周さんの書籍に繰り返し書かれていた現代を象徴する事象を的確に表した文章の一節です。先日、私が世話人として参画している経営実践研究会の主催で大阪の梅田スカイビルで行われたソーシャルシンポジュウム2023の基調講演に山口周さんにご登壇頂きました。そのご講演の中で山口さんが上梓された「ビジネスの未来」に書かれていた内容をより深く、また誰にでもわかるローコンテキストで語って下さいました。以前から引っかかっていた部分が取れて、改めて理解を深めた部分があったので備忘録がてら書き記しておこうと思います。
問題がない地獄
「ビジネスの未来」の中で山口さんは現代社会のことを、多くの人が一定レベルの幸せを手に入れた高原社会だと定義されました。ものが溢れかえる時代においてこれまでの大量生産モデルが通用しないのはもちろんのこと、ユーザーの多様な志向に沿ったきめ細やかなマーケティングリサーチが必要になったのは自明。そのプロセスを踏んでも今の日本経済は体たらくというか、国際競争力を失ってしまい、バブル期には世界の企業の時価総額ランキングトップ10の半数以上を占めていた日本企業は今や見る影もなくなってしまいました。
日本に強いビジネス、ビジネスモデルが生まれなくなった原因を表題である問題の希少性と正解のコモディティー化にあると、シンポジュウムの基調講演で話されれました。
問題がなくなったというのは、ビジネスにとっては致命的です。高原社会に入った多くの日本人は切迫して解決したい課題も持っておらず、これはヒット商品など生まれない環境だと言っても過言ではありません。それくらい、現在の先進国に向けたマーケットは厳しい事実を示されました。
顧客思考の惨敗
マーケティング思考が世に広められてからは、顧客志向の大号令の元、ユーザーリサーチが念入りに行われて、そこからユーザーに求められる商品や、サービスを生み出すことが当たり前になりました。しかも、どこも同じような調査を行い、マーケットを睨んで売れ筋商品の傾向を掴み、対策して開発を行うようになりました。この流れは結局、少しだけ特徴がある同じような商品をどの企業も開発、市場に投入するようになりました。情報が溢れかえる状態で、大して代わり映えのしない新しい商品やサービスを開発したところでインパクトを与えることなど出来ないし、まさにコモディティー化を突き進んできたのが、日本の失われた30年だったと言えるのかもしれません。
山口さんはケータイ電話を例に取り上げられましたが、iPhoneの出現によって日本メーカーが作っていたケータイ電話の市場は完全に消滅しました。それが薄っぺらい顧客志向のマーケティングを行ってきた結果です。
デザイン思考の限界
これまでの顧客志向で開発した商品やサービスは一瞬にして陳腐化し埋もれてしまう。そんなことに気がついた企業はより深く、本質的なユーザーへの観察調査とその結果を精査して、インサイトと概念を抽出しての開発に踏み込みました。その結果、IT、Webサービス系とプロダクト系の大手、上場企業のほぼ全てにUX(User experience)事業部が立ち上がり、UXデザイナーやリサーチャーといった新たな専門家が生まれ、引っ張りだこに持て囃されました。しかし、UXデザインの本質は顧客がまだ知らない新しい体験の創造ですが、高原社会には問題があまりにも希少で、綿密な観察調査見出したインサイトもさして大きなインパクトを世の中に与えるには至らず、せいぜいUI(User interface)の改善に寄与する程度に止まることが多く見受けられました。山口さんも「デザイン思考の最大の問題は問題がないこと」だと、最近、めっきりデザイン思考との言葉を聞かなくなった理由を断じられていました。
課題は探すのではなく志向し、設定する
その山口さんの言葉は私には非常にしっくりきました。マーケティングの次に来るものとしてUXデザインを熱心に学んだ結果、私が下した決断は代表を務める事業所のドメインを建築から地域コミュニティー創造へと転換し、CSVモデルと言われる社会課題(地域課題)解決型モデルへと舵を切ったからです。限られた業界内でのマーケティングの延長線上でのデザイン思考に限界を感じて、本質的な課題を自ら設定し、地域に循環型の仕組み、経済システムを定着するきっかけを生み出そうとの答えを見出したのは、顧客目線での徹底的なリサーチを行なったのではなく、自社内で本当にやりたい仕事は何か?どのような環境で働きたいか?どんな価値を提供したいかを繰り返し話し合った結果です。マーケティング的な顧客の意向調査ではなく、本質的な顧客への志向(心がその物事を目指し、それに向かうこと。)に立脚していたのだと山口さんの言葉を聴いてストンと腹落ちし、納得させられたのでした。
イノベーションは問いを立てるところから
UXデザイン、デザイン思考を学ぶ中で主要な概念として位置付けられていた「意味のイノベーション」は、イタリア、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授によって提唱された概念で、outside-in(マーケット調査からの解=外から内)ではなく、inside out(なぜ、なんのためにとの自問から解決を探る=内から外)のアプローチだと言われます。
意味のイノベーションとは、言い換えると意義や心に訴える、良知に触れる人の本質や感情に訴えることから始める探求であり、当然、問いから見出すものです。表面的に顕在化していない理不尽や不条理、世の中に蔓延る違和感に対して問いを立てること無くしてイノベーションが無いのは少し考えれば分かることではありますが、この概念を実際の事業に当て嵌めて、商品やサービスの開発に活かすのは決して簡単ではありません。そこで必要になるのは専門や業界を超えてこの世界に山積するありとあらゆる課題を知り、それに心を痛め、解決した後の理想をイメージすることなのでは無いかと思うのです。
ビジネスモデルの変遷とSINIC理論の符牒
問いを立てることの重要性はUXデザインの概念や哲学をご教授頂いたXデザイン学校の浅野先生から繰り返し聞かされていました。初めのうちは正直、なぜ?なんのために?との問いを持つことと、新たな時代に通用するビジネスモデルを構築することの繋がりがよく分かりませんでした。しかし、かなり時間は掛かりましたが、その探求を続けた結果、自社のビジネスモデルを再構築し、現在、経営実践研究会で本業で社会課題解決を行う事業モデル(CSV経営)の研究を深め、社会課題解決に向き合う事業やプロジェクトの立ち上げができるようになったと感じています。
起業してから23年を振り返り、漸く時代の流れ、変遷とビジネスモデルの変容の全体像を俯瞰できるようになってきました。
同時に、セリング(1.0)→マーケティング(2.0)→UXデザイン(3.0)→CSVモデル(4.0)の流れは経営実践研究会のアドバイザーに就任頂いたオムロンの立石一馬氏の直系である立石郁雄氏にご教示頂いているSINIC理論ともピッタリと符牒が揃っており、世界の進化、成熟と事業の方向性が揃ってきたように感じています。山口周、立石郁雄の両氏に弟子入りする心構えで探求と実践を繰り返して行くことで、ほんの少しでもこの世界を生きるに値するものに近づけられればと思います。
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圧倒的に増加を続ける学生の不登校、絶滅を危惧される建築職人の減少、二つの課題を根本解決する職人育成のキャリア教育の高校を運営しています。
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