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暴力的情報過多時代のコミュニケーションについて。

令和3年4月14日 曇りのち晴れ、風強し

最近の私の疑問というか、悩みの一つにコミュニケーションツールが多岐に渡りすぎて、却ってコミュニケーション不全に陥っていないか?というものがありました。いつか問題が露見する、嫌な予感を感じていたのですが、今日になってそれが表面化して、これはやっぱりヤバかった、なんとかせねばとの想いを強く感じました。自分自身での整理を含めて以下に課題と解決へのアプローチを考えてみたいと思います。

あり得ない失敗。

今日は私が所属するNPO団体のチャリティーゴルフコンペがありました。関係者の方々にお集まり頂いて非営利活動の運営資金を集める会ですので、理事の末席に名を連ねている私も、なんとか予定をやりくりして参加することにしていました。参加の表明をした後、いつもはNPO法人での活動の情報共有は殆どEmailで配信されるのですが、連絡を受けた覚えがないまま日が過ぎて、昨夜の遅くにそれに気付いてメールを検索、いくつか着信しているゴルフコンペの案内メールの直近のものを開いてゴルフ場を確認、そのままスケジュールに書き込みました。
今朝は早朝からオンラインでのmtgがあり、その途中からzoomを繋げたままゴルフコンペに向かう慌ただしさで、集合時間ギリギリにゴルフ場に到着してやっとの思いでチェックインを済ませました。ところが、フロントの担当者がなかなかロッカーキーを出してくれず、おかしいと思って確認したところ、なんとエントリーされていないというか、ゴルフコンペの会場自体を私が間違っていたことに気がつきました。慌ててNPOの事務局の池川さんに確認したところ、今回は事務局からは案内の配信をしておらず、ゆうに30分位は離れた場所での開催だと教えてもらいました。そこでやっと気づいたのですが、昨年の社名変更に伴ってEmailのドメインを変更しており、ゴルフコンペの幹事の理事は私のメールアドレスの登録し直しをしてくれておらず、要するに案内が来ていなかったのです。もちろん、以前のメールを勘違いした私のおっちょこちょいが全て悪いのですが、いつも通りにメールの案内が来ているものだと思い込んでいたのが今回の失敗の原因でした。思い出すだけで赤面してしまう恥ずかしい、あり得ない出来事でした。。

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全ての問題解決の鍵

実は以前から、連絡、情報共有するツールのあまりの多さとそれら全てから間断なくやってくるメッセージや情報全てに対応しきれていない自分に気づいていました。コミュニケーションの重要さ、情報共有の大切さは十二分に理解しておりますが、それがあまりに多彩な形で、圧倒的な量で迫ってくる様になり、消化し切れない、確認できるキャパシティーを超えている自覚もぼんやりとは持っていたのです。ちなみに、心理学の大家アドラー博士は「人間が抱える全ての問題は人間関係にある」と言われました。その言葉から導く表面的かつ直接的な問題解決の方法はコミュニケーションを取ることであり、また、古くは江戸時代の財政改革の立役者として有名な上杉鷹山公も改革の柱として「活発な論議、その合意の尊重、広く意義や意図を知らしめること」とコミュニケーションを最重要課題として取り上げています。私自身も「コミュニケーションこそ全ての問題解決の鍵である」と、その基本的な考え方を社内でも研修事業でも強く推してきましたし、コミュニケーションの達人である横山桂子先生には職人起業塾の塾生全員とつむぎ建築舎の殆どのスタッフもお世話になっており、その真髄を伝えてもらいたいとお願いしてきました。もちろん今もコミュニケーションの大切さを疑っている訳ではなく、大事にしたいと思っておりますが、その方法論や内容については定量と定性の両面で一度、落ち着いて整理をした上で、優先順位を見極めて最重要事項にしっかりと取り組める体制を整える必要があるのではと感じていたところでした。

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コミュニケーションの底無し沼

ちなみに、今回はいつも来るはずのEmailが来ていなかったのがトラブルの原因(きっかけ)になりましたが、そのNPO法人ではつい最近、HPをリニューアルして会員専用の情報共有サイトも作っています。またfacebookの非公開グループのページもあり、今回はその両方ともにチャリティーゴルフの情報はアップいたようなのですが、数多くの情報に埋もれてしまっており、見つけることができませんでした。数多くのコミュニケーションツールがあるからこそ、私が「メールでは見た覚えがないが、どこかで確認できるだろう。」と思い込んで前日の深夜まで確認を怠ってしまった理由でもあります。他の団体ではそのほかにもLINEグループ、facebookページ、サイボウズのチャット、チャットワーク、Googleドライブ、そのほかにも独自の情報共有のサイトを立ち上げていたり。ちなみに社内ではLINEやmessengerでの連絡は原則禁止としてworkplaceを使って情報の共有とコミュニケーションを集約しています。他にも、ごくたまに電話番号のSMSにメッセージを送ってこられる方もおられたり、facebookやツイッター等のSNS投稿へのコメントにも愛想良く反応しなければなりません。これらのツールが全てPCとスマホで見れるようになっており、設定によっては新着のアラートが音や赤いマークで次々とポップアップされます。新たな情報が到着する度にそれらをチェックしていてはそれだけで一日があっという間に過ぎてしまいます。正直、もはや仕事になりません。
私の場合は殆どのポップアップを非表示にして、自分の都合で手が空いた時にチェックするようにしておりますが、結果、1日に何回もそれらのアプリを巡回することになっており、それもスマホを触る度に行ってしまいます。この行為自体も非常に無駄な時間というか、問題だと感じており、とにかく、コミュニケーションの底無し沼に引きずり込まれそうな感覚です。。

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ICT革命後の世界

18世紀の産業革命を凌駕すると言われている21世紀のICT・情報革命はGoogleやAmazon等、プラットフォームを作ったスタートアップをあっという間にグローバル企業に押し上げ、それらはこれまででは考えられない程のスピードで成長拡大、そしてマーケットを寡占する程の力を与えられました。それと同時に個人やスモールビジネスを行っている事業者にも簡単に、手軽に、費用をかけずに自社の製品やサービスを世界にアピールできるチャンスが巡ってきて、プラットフォームを活用してオウンドメディアを持つことができた個人やスモールビジネスの事業者は大きなチャンスをものにしました。今では、それもすっかり一般化しており、子供たちの憧れの職業のNo1がYouTuberだと言いますから、まさにインターネット・コミュケーション・テクノロジー革命が起こったと言って過言ではないと思います。ただ、私があらゆる課題や問題をコミュニケーションで解決できると信じているのは、情報伝達の速さや量の多さを指しているのではなく、人と人とが分かりあい、協力しあえたり、助け合えたり、相手のことを思いやる心の変容を生み出せる可能性を指しています。その意味から考えれば、昨今、次々に出てくるITツールやSNSサービスを駆使するのはコミュニケーションの窓を開くきっかけにはなるとは思うのですが、コミュニケーション自体にはなり得ないと思います。しかし、人は量に弱いもの、やりとりの数が多いだけで、質の浅さを忘れてしまいコミュニケーションが取れている気分に陥りがちだと思うのです。よくあるのが(私もたまにやっちまいますが、)チャットで長文を送ったり、大量のデーターを添付したりする所業。送った方は情報伝達の義務を全うした気分になり、責任は送られた方に移行したと思いがちですが、一度に大量の情報を送られたら、人は本能的に逃避してしまいます。この部分については、以前にもまとめています。

レイヤーの選択とコミュニケーションの本質

そんな暴力的と言っても大きく違わない、情報と伝達が溢れかえる時代に無限の情報処理能力を兼ね備えている訳ではない私たちは一体どの様に向き合えばいいのか?と不安にかられるのは私だけではないと思います。このままの状況が加速度的に進むと、コミュニケーションを取った(情報を送った)と思う側と、キャパオーバーの情報量から逃避して、コミュニケーションそのものを断ち切ってしまう受け取り側との齟齬が広がり、その結果、人間関係を悪化させ、あらゆるシーンで新たな問題が表面化してしまうことになりかねません。そうならない為に成すべきは、やはり、重要度でレイヤーを分けることだと思いますが、それはそのまま人間関係の切り捨てに繋がってしまう危険も内包しています。私が感じているのは、情報の伝達と同時に理解の確認、双方向の意思疎通から最適解を模索するというコミュニケーションの本質に立ち戻り、一人対複数(多数)の効率的で乱暴な情報の伝達を控えて、面倒で非効率に思える1to1のコミュニケーションを増やして丁寧に人間関係を構築するしか無いのでは、ということです。ちなみに、昨年から時代の潮目が本格的に代わり、風の時代に入ったとよく言われております。そのタイミングで私自身も1to1コミュニケーションを多用するようにシフトして、スタッフ一人ひとりとの会話の窓を開けるように心がけてきました。今年に入ってからは毎朝、全員に配布している「職場の教養」という小冊子のコラムを読んでの感想をスタッフ全員に個別に配信しています。これもある意味、暴力的な情報伝達ではありますが、これまで3ヶ月程続けていると、熱心に感想を送り返してくれるスタッフや、それを自身のブログに書き込んで修身的な取り組みに発展させてくれる者も現れて、それなりの効果性があると感じています。何より、殆ど会社におらず、必要最低限しか会話がなかったスタッフと多少なりともやりとりをするきっかけを渡せているのは悪くないと思っています。こちらがその記事、

人生は縁によって作られる。

兎にも角にも、人生は人との出会いで作られていく。「人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。 しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。 縁は求めざるには生ぜず。 内に求める心なくんば、たとえその人の面前にありとも、ついに縁は生ずるに到らずと知るべし。」とは日本の国民教育の父と言われる 森 信三先生が残された至言。内に求める心を外化させるものこそコミュニケーションであると考え、「 自分にとって本当に大事なコミュニケーションとは何か?」という問いを持って、目的地に向かって真っ直ぐに荒れ狂う情報の嵐の中を突き進んで行こうと思います。

◆四方良しの世界を作る株式会社四方継のHP:
https://sihoutugi.com
◆一般社団法人職人起業塾のオフィシャルサイト:
https://www.shokunin-kigyoujyuku.com
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