見出し画像

トレサビ探偵あらわる :-)

トレーサビリティとは、
「食品とその材料それぞれが、いつ、どこで、だれによって作られたのか」
がわかるように、原材料の調達から生産、そして消費または廃棄まで追跡(トレース)可能な状態にすること。
食中毒や産地偽装が起きたときの原因を探ったり、防いだりする対策の1つ。
むかしから食育の勉強をするときに必ず覚えさせられる定番のキーワードでもあります。

最近はトレーサビリティという言葉を目にすることがあまりないので、いまどきの人は知らないかもしれません。
いまどきのIT風にいうと「ブロックチェーン」と少し似ていると思えばよいかも。

今回はその「トレーサビリティ」にまつわる話。

トレサビ探偵あらわる

あなたが食べたものは、 いつ、どこで、誰が作ったものでしょうか。
分かって食べていますか。

あなたが食べたものは、どこからどうやって運ばれ、途中でどんなふうに加工されたのでしょうか。
分かって食べていますか。

そんな疑問をもったあなたのための「トレーサビリティ調査局」。
ひとよんで「トレサビ探偵」。

食べものをトレース(追跡)し、あなたの口に入るまでの経路を調査いたします。

費用は無料です。
ぜひご用命ください。

…そういうチラシが郵便受けに入っていました。
仕事柄、ちょっと興味があったので連絡してみることにしました。

だいぶ待ってやって来たトレサビ探偵は、どこかの町役場で長年事務員をしていそうな、枯れた感じの小柄なメガネ女性でした。
「すみません遅くなりまして。大和田といいます」と、探偵は言いました。「夏休みに入ってから調査の依頼が殺到してるんです。探偵の数が10人に満たないものですから、対応に追われてるんです」

「依頼が殺到って、どういうことですか。殺到するほど依頼があるようなサービスには見えないけど」
「無料なものですから、子どもからの調査依頼がすごいんです。夏休みの宿題に利用されてるようなんです。自由研究とか…」
「夏休みの宿題、なるほどね。商売繁盛、いいじゃないですか」
「でも、お金をいただくわけじゃないので…」
「ああそうか。ねえ、どうして無料なんですか」
「このサービスは税金でまかなわれてるんです。トレサビ探偵は公務員なんです」
「なるほど、そうか。まあ考えてみれば、有料だったら利用者いなさそうですもんね。無料の公共サービスじゃないと、成り立たないですよね」

「さっそくですが、何をトレースしますか。ご依頼をお聞かせください」
「そうですねえ」じつは、よく考えずに面白半分で連絡しただけだったので、何を調べてもらうか決めていませんでした。「じゃあ、これなんか、どうですか。さっき買ってきた惣菜のサラダなんですが、産地とか加工業者とか、調べられますか? 食材が複数混ざってるけど、大丈夫?」
「大丈夫です」
「それに、ほとんど食べしまっているので残りが少ないんだけど…」
「容器とラベルとがあれば調査できます。念のため、買ったときのレシート、ありません?」
「ちょっと待ってください」僕は財布をまさぐりました。「あった。これです」
「お預かりします」探偵は椅子から立ちあがりました。「調査結果が出ましたら、お知らせしますね。では失礼します」

トレサビ探偵ふたたびあらわる

「もしもし、トレサビ探偵の大和田です。お客様に何度かお電話したのですが、やっとつながりました」
「ああどうも。ごめんなさい、バタバタしてて電話なかなか出られなくてね。で、何かわかりましたか」
「はい。詳しいことは書面でレポートをお送りします。ただ、直接どうしてもお伝えしておきたいことがありまして、電話を差し上げたんです」
「何かあったんですか」
「お客様が先日召し上がったサラダには、ほんの少しですが、珍しいハーブが混入していたことが分かりました」
「珍しいハーブ?」
「はい。ズズといいまして。アフリカで呪術に使われる植物です」
「は? 意味が分からないんだけど」

「事実です。言葉どおり受け取ってください。お客様が召し上がったサラダには、ズズが含まれていました。呪術師が人を殺(あや)めるために用いたズズが、誤って日本向けの輸出品に混入したようなのです。どうしてそんなことになったかも調べていますので、レポートに書いておきます。決してお客様を狙って混入されたものではありませんが、とにかく混入されていました」
「なんか面白そうだね」
「面白いかどうかは私の話が終わってから判断してください。ズズは毒草です。猛毒です。呪術師が人を呪い殺すのに使うくらいですから」

「ど、毒草…」
「強力な毒を持っています。解毒剤は存在していません」
「そうなの? でも僕は生きてるよ。何ともなくて、ピンピンしてるんだけど」
「ズズの毒には潜伏期間があるんです」
「潜伏期間…」
「呪術師がズズに呪いをかけて潜伏期間を決めるそうです。実際には、ズズの生息地や使う部位によって潜伏期間が違ってくるのを利用しているようですけど。数時間という短い潜伏期間にするか、数年という長い潜伏期間にするか、呪術師が決めるんです」
「…」
「ですから、お客様がご無事ということは、まだ潜伏期間なんです」
「まじすか…」

「続きがあるんですけど、お客様」
「はあ」
「悪いニュースと、最悪のニュースがあるんですけど、どちらから聞きますか」
「えっ、どっちも悪いんだ…。まいったな。じゃあ悪いニュースから頼みます」
「悪いニュースというのは、お客様が食べたズズの潜伏期間が判明したんです。アフリカの呪術師協会に確認しました。呪術師協会のスポークスマンから、お客様の食べたズズの潜伏期間はあと3日で終わると言われました」
「あと3日!」
さーっと血の気が失せました。
「それで、最悪のニュースというのは…?」
「はい。私はそのことを早くお伝えしなきゃと、3日前からお客様を探しておりました」






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?