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ここまでの観察記録〜ART THINKING WEEK折り返し地点に寄せて〜



『ハウ・トゥ アート・シンキング』の著者である若宮和男さんと アートマネージャー・ラボで共同企画している展示+ワークショップ企画「ART THINKING WEEK」がただいま絶賛開催中。いま折り返し地点を過ぎたところ。

会期終了まで残り4日、少しでも多くの人に見てもらいたくて、ここまで企画を見届けてきた立場として、いま感じていることを書き綴ってみる。

企画の枠組み

 若宮さんと、アートマネージャー・ラボの仲間である熊谷さんのご縁で始まったART THINKING WEEK。この企画は、渋谷駅駅直結のビル内のコワーキングスペースSHIBUYA QWSを会場とした展示+ワークショップとして企画されている。
 「五感の拡張」をキーワードとして、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚という5つの感覚をそれぞれアーティストに担当してもらい、展示とワークショップを考案してもらった。
コワーキングスペースという場を選択したのは、アートに馴染みの少ないビジネスパーソンにも参加していただきやすいようにと考えたためである。
コワーキングスペースという空間は、普通のオフィスとも商業空間とまた違う公共性がある。

 一番大きな違いは、人と人との関わりかただ。
 利害関係を(ほとんど)共有していない人たちが集まり、それぞれに仕事をしているコワーキングスペースは、(QWSという場の仕組みも相まって)人と人の関わりを生み出すことに貪欲だ。

 この企画の軸であるワークショップという仕掛けは、こうした場にとって必要不可欠なことだった。始まった当初から考えていたこととはいえ、イベントが始まったあとの反応をみて、わたしはさらにそれを深く実感した。
そして、参加してくれたアーティストたちもまた、会場を下見する数少ない機会の中で場の性質を敏感に感じとり、鋭く読み込んで、それぞれの企画に昇華してくれている。

それぞれの作品とワークショップについて

 ここまで3人のアーティストにワークショップをやってもらった。

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 初日のワークショップを行った上田麻希さんは、ワークショップの成果がそのまま作品化されている。「香りの記憶 / 記憶の香り」と題された作品/ワークショップは、多数の香りの原料を嗅ぎながら、自分の怒りや悲嘆、幸福の「記憶の香り」を作る試みで、会場では、参加者が調合した香りを、嗅ぐことができる。
さまざまな色や形のパーツを組み立ててブローチを作り、自分が作ったものについて話をするまでが行程として組み込まれたワークは、ただ「無心に作る」だけでなく、それを「伝える」ところまでを意識させるワークで、表現を試みる楽しさだけでなく、誰かに表現を届け、それを受け取る喜びまでがセットになったプログラムだった。「旅をしているみたい」と誰かが言っていたが、それは確かにその通りで、嗅覚で他者の記憶に触れようとすると、身体が成り代わって、その人の記憶を追体験しているような気分になる。
自分自身でも少し試したところ、原料を嗅ぎながらふと蘇った記憶をもとに、香りを調合した。それは、当時実際に体験した香りとは絶対に違うはずだ。けれども、何か自分の身体の深いところに結びついている何かが表出されたような、そんな気分になった。

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 2日目は、山崎阿弥さんのWS。さまざまな声を発して、その反響で空間の形や性質を感とることができるという阿弥さん自身が、普段やっている方法に則って、参加者が「自分の耳の聞こえ方」に意識を向けていくワーク。
QWSの小上がりに車座になっている参加者の後ろで阿弥さんのガイドを聴きながら、自分も少しだけ耳を澄ます。そうすると、QWSの外で話す人の声や、併設されたカフェのキッチンで皿が触れ合う音など、遠くで流れる音が聞こえた。阿弥さんの作品は《満ち干》(「みちひ」と読む)と題された4点組の作品を、QWSのエアポケットのような電話ブースに点在している。阿弥さんが渋谷の街を歩き回って採集した音を閉じ込めた箱の作品は、腕に抱くと、スピーカーのわずかな振動と音を感じることができる。花火玉の半球に数千枚の紙でできた羽根を貼った作品は、耳に当てて外の音を聞くためのもの。貝殻を耳に当てた時のように外にある音が違って聞こえてくる。渋谷や、QWSという地に流れる音を、普段とは違う形で感じるための作品である。


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 3日目は青沼優介さんのWS。たんぽぽの綿毛を建築の構造体に見立てて「建物」や「都市」を作るという試みを続ける青沼さんの、作品制作におけるプロセスを追体験できるようなプログラムを、今回の企画のために一から作っていただいた。短い時間で様々な色や形のパーツを組み合わせてブローチを作り、自分で作ったものについて話すというプログラム。ただ無心に「作る」だけでなく、それを他人に「伝える」までがセットになっていることで、表現を試みる喜びだけでなく、表現を届け、誰かの表現を受け取る喜びまでもがセットになっている。青沼さんの作品は、たんぽぽの綿毛を使った3つのシリーズ作品を展示してくれている。強い光を当てると見えなくなってしまうという綿毛を地道に積み重ねていくという作業を思うと、視覚もまた、極めてフィジカルな行為の積み重ねでできていることを思い知らされる。


 これからワークショップとなる二人の試みもとても興味深い。
 EAT&ART TAROさんは、「Hate Food きらいなものの話」と題し、会期中、ずっと会場に滞在し、訪れた人と「嫌いな食べ物」について話をしている。ちょっとした言動が「炎上」しがちでネガティブなことが言いにくい世の中、食べ物のことなら「嫌い」を表現できるのではないか?そうした思いから「嫌いな食べ物は何ですか?」という問いひとつ携えて、毎日たくさんの人と「共感からスタートしない」コミュニケーションを繰り広げるTAROさん。話をしていると、食べ物についてのちょっとしたわだかまりまでもが、次々と引き出されていってしまう。あらゆるオフィスに一人ずつTAROさんが欲しい。そんな気にさせられる。29日のワークショップは、1週間で話をしてきたことが生かされるプログラムになる予定。

 そして本日ワークが行われるのは、「触覚」担当の松岡さんのワークショップ。(本当は始まる前にUPするつもりだったのに、もうワークがはじまってしまった。)
 展示している作品は、松岡さんが2011年から続けている街を歩きながらミュージシャンとダンサーによるライブを鑑賞するウォーキング形式のパフォーマンスイベント「LAND FES」の一部を映像化したもの。ダンサーやミュージシャンや街に暮らす人々が、場所ごとに異なるセッションを生み出している様子が見られる。今、まさに私の目の前で進行するワークでは、身体を使って参加者どうしが名を呼び、身体を使った交流がはじまっている。
このように、展示作品もワークショップも、訪れた人たちが何かしらの形でコミットできるようなものになっている。
 つまりこの企画は、とてもサイトスペシフィックな試みなのだ。

まとめ


 企画を立てるにあたっては、「五感」というストレートなキーワードをどう昇華するかが頭の使いどころだったけれど、結果的に、入口はシンプルでも、いざ入れば自分や他者の身体やそれぞれの感覚の中に深く分け入り、迷い込むことを楽しめる場になっているような気がする。

 朝、運営に入るわたしは、まだ人気のないQWSの中で作品を起動させる。
 空間の中に、松岡さんの映像の音楽が響く。前日と同じ音量であるはずなのに、朝はやけに音が大きく感じる。午後になって開場すると、TAROさんがいるシェアキッチンから心地よい笑い声が聞こえる。ざわめきが大きくなる空間にいると、人がそこにいるというだけで、黙っていても様々な音が重なっていくのだということを、強く意識させられる。

 アート関係者の中に「ビジネスパーソン」というキーワードに抵抗感を覚える人が少なくないことをわたしは知っているが、企画側としては、微塵も日和ったつもりはない。ガチに取り組んだ企画になっていると思う。(考えてみれば、「ビジネスパーソン」というのもなかなか不思議なことばで、それって「誰」なんだという気にもなる。)
 あるひとつの表現のために入念に作り上げられた場の価値を、私はもちろん知っている。けれど、色んなものが混淆する雑多な場所に、あえてあらたな表現を放り込んでこそ、生まれるものもあるはずだ。
 邪道と混淆からうまれるものに期待しつつ、残りの日程を駆け抜けます。 

 ぜひご来場いただけたら幸いです。

ART THINKING WEEKチケット購入はPeatixより

https://atw2021.peatix.com/

各種情報はFacebookイベントページにてご覧いただけます。

写真:越間有紀子


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