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ギリシャの野外劇場で、世界のNINAGAWAの舞台を見た夜。(企画メシ2−2)

 2004年7月3日の夜、私はギリシャの首都・アテネで古代劇場の席に座っていた。蜷川幸雄さん演出のギリシャ悲劇『オイディプス王』。遮るもののない劇場に、雅楽の調べが響きわたる。ギリシャの古代劇場で、日本人がギリシャ悲劇を上演したのだ。

日本人がギリシャで演じたギリシャ悲劇

 私はいま、コピーライターの阿部広太郎さんが主宰する「企画でメシを食っていく(企画メシ)2021」に参加している。
 第2回は、編集者・ライターの九龍ジョーさんの「伝統芸能の企画」。「伝統芸能」を調べる中で、甦った記憶がある。それがギリシャ、アテネの古代劇場での体験だ。

 アテネオリンピックが開催された2004年の夏。演劇の祭典「アテネ・フェスティバル」の一環として、また「カルチュラル・オリンピアード」というオリンピックに因んだ文化イベントの正式招待作品として上演されたのが、蜷川幸雄さん演出のギリシャ悲劇『オイディプス王』だ。会場はアクロポリスの麓にあるヘロデス・アティコス。大勢のギリシャ人観客の中に、日本からのツアー客の姿もある。

7.3 オイディプス (13)

 開演は夜の9時。遅くまで明るいギリシャの夏。その頃になってようやく辺りが暗くなり始める。厳かな雅楽の調べとともに、黒い衣装に身を包んだ男たちが現れる。彼らが身をよじると、黒い衣装の下に重ねた赤い布がのぞく。

 舞台にオイディプス王役の野村萬斎さんが現れる。凛々しく、王の威厳に満ちている。白い衣装が冴え冴えとライトに照らされ、狂言で鍛えられた朗々とした声が野外劇場に響きわたる。王妃イオカステを演じる麻美れいさんは宝塚出身。すらりと背が高く、白いドレスの裾を優美に引きずる。音楽を担当するのは雅楽師の東儀秀樹さん。自ら舞台で舞も披露した。

 ステージには黒い蓮の花が並び、護摩が焚かれ、煙が立ち昇る。日本の音楽や日本的な衣装で、古代のギリシャが描き出されていく。日本語での上演のため字幕が投影されていたが、私はすっかり舞台に引き込まれてしまった。

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舞台への感動に壁も天井もなかった

 終演後、「ブラヴォ」の声が上がり、観客が次々と立ち上がって拍手する。観劇していたギリシャ人のご夫婦に話を聞くと、「音楽や衣装に古代ギリシャに通じるものを感じた。今まで見た外国人が演じたギリシャ劇の中で最高によかった」と語ってくれた。私が日本を感じたものに、ギリシャ人は古代ギリシャを感じていた。

 世界の神話には共通する内容も多いという。文化や風習が違っても、人は同じように心が動くのだろう。海外でも賞賛される蜷川さんの舞台は、言葉の壁も時代の壁も、軽々と超えていた。

 ちなみに蜷川さんは、1983年にアテネのリュカベットス劇場で、1984年にはこのアテネのヘロデス・アティコスでギリシャ悲劇『王女メディア』を上演し、絶賛されたそうだ。『オイディプス王』は20年ぶりのギリシャでの公演だった。

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 思えば私は蜷川さんの舞台で、日本の伝統芸能に触れていた。悲劇の王・オイディプスを演じた野村萬斎さんは狂言師だ。歌舞伎界から市川亀治郎さん(当時猿之助さん)が出演したシェイクスピア劇も見に行った。『ベニスの商人』で見せた凄みのある演技には度肝を抜かれた。『新・近松心中物語』で近松門左衛門の世界に触れた。
 シェイクスピアの時代に倣って全ての役を男性キャストが演じるオールメール・シリーズは、歌舞伎に通じるものがある。見ることは叶わなかったが、シェイクスピアの『十二夜』を歌舞伎化した『NINAGAWA十二夜』もある。

 初めて蜷川さんの舞台を見た『王女メディア』にも、衣装や舞台にどこか日本的なものを感じた。この時の衣装は人形作家の辻村寿三郎さんのものだった。

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 いつかまた、ギリシャで蜷川さんの舞台を見てみたい。そう願っていたけれど、叶わぬ夢となってしまった。私にとって宝物のような思い出だ。

 最近は観劇の機会がなかったけれど、今回の課題を通して、動画配信や音声サービスで伝統芸能に触れることができると知り、世界が広がった。九龍ジョーさん、阿部光太郎さん、さまざまな伝統芸能の楽しみ方を教えてくれた企画生の皆さんに感謝している。いつか歌舞伎座で観劇したいし、寄席も体験してみたい。その日を楽しみに、本やオンラインで予習をしておこう。

▼九龍ジョーさんの著書『伝統芸能の革命児たち』



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