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関係性と物語を縫うことで引き受けていくこと。時間をかけて布を縫い続ける生活の実験。
こんにちは。全国巡礼中のしょうけいです。自分のための消費活動を行うことができない1年間を過ごしています。
さて、今日書き留めたいと思ったのは、衣と作務衣について。以前このように「衣」を募集する投稿をしました。
この投稿以降、時々布をプレゼントしていただいています。
縫うということを久々にやるようになりました。15年ぶりくらいです。学校の家庭科の授業以来なのですが、突然縫うことが身近になりました。
縫うことなんて、自分のすることじゃない。
そう思っていたのですが、人生よくわからないものです。
私は、コロナ禍において人生をどう生きるか考えるうちに、生活をしようと思うようになりました。
生活。生きる活動です。何かに追われるように生きるのではなく、その場その場で自分を生きていきたい。そう思いました。
自分を生きるとはどういうことなのか。頭ではまだはっきりとわかりません。ですが、雲を掴むような模索の中で、生活すなわち「衣食住」の実験をするのが面白そうだということを思いました。
その中でも「衣」は縁遠かったのですが、前述の通り、衣を縫い付け続けるということを通して、生活の中に取り戻していっています。
関係性と物語を纏う
さて、まだ衣を縫い付け始めて、ほんの少ししか経っていませんが、いい感じです。
先日、このちょうちょのワッペンを頂きました。このワッペンは岡山に住むとある方から贈られたものです。子供ちゃんの道具を識別するために数種類のワッペンが採用されている学校に、子供ちゃんたちが通っていたらしいのですが、それを貼ることなく、時間が過ぎてしまい、しまいには縫い箱に残り続けていたワッペンとのこと。えいや、と捨てれないものを手放していただき、私が引き継ぐことになりました。ありがとうございます。
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/59295620/picture_pc_be7c47eaeaa3e54ef9a979f0358cb7ec.jpeg?width=800)
布を贈ってくれた方々それぞれに生きている物語があります。その方々から頂いた布の切れ端を見ると、巡礼中、この場面でこの人と会ったなぁと思い出します。
布を重ねていくことは、関係性を可視化していくことでもありますね。さらには思い出を纏っていくことでもあるな〜と思いました。
縫う、没入する時間
縫う時間は、マインドフルな時間になりやすいです。入り込む時間。時間が溶けるような感覚がありますね😇
巡礼中、今日はどこに泊まろうか?明日はどうしよう?来年はどうしようか?と頭が働くことがあります。いや、よくどころか、しょっちゅうあります。
ただ、そんなこと考えていても、目の前の縫うことは進みません。丁寧に時間を重ねることだけが、作務衣に布を重ねていきます。
時間を節約せず、ひと縫いひと縫い、糸を通していく。急ぐ心を受け止めながら、目の前の針に意識を溶け込ませていく。
豊かな時間を過ごせます。それは癒しのようなもの。生活の中に縫うことがやってきて、それを喜びとすることができるようになったことが嬉しいです。
この作務衣と布を重ねていくことは、ひとまずは終わりのない作品制作であり、表現活動です。
私は生活を営むこと、衣を縫うことを立ち上げていきながら、それをきっかけにして、活動を編んでいこうと思います。
縫うこと、いいですよ😆
全国どこかで出会ったら、一緒にチクチクしましょう。
(私の手の不器用さを目撃できます 笑)
現在の進捗状況👇
こちらのTwitterの投稿に裁縫の進捗状況は更新しています。めちゃくちゃゆっくり、衣を重ねています。
完成するのはいつの日か。やってこないかもしれませんね😆
【いらない衣類の一部を頂けませんか?】
— 祥敬(shoukei)@現代仏教活動家 / 全国巡礼中(DAY43)ただ今、佐賀県佐賀市 (@shokei_612) August 3, 2021
全国巡礼中(1年間)のしょうけいと申します。冬の巡礼に向けて、少しずつ作務衣に布の切端を縫い付けていきます。ミノムシを師と仰ぎつつ、パッチワークしていきます。https://t.co/dlrWYcORar
では!
頂いたサポートは、生活と創作(本執筆)のために、ありがたく使わせて頂きます!