答えのない数学#2【津田塾大学 学芸学部 数学科 原隆先生 ロングインタビュー】
読書遍歴と文体を巡って
編集者:話は少し変わりますが,編集を担当させていただいている間,原先生の書かれた文章には機会があればなるべく目を通すようにしていました.『数学セミナー』さんで書かれたご原稿にしても,『手を動かしてまなぶ 群論』のご原稿にしても,原先生の個性が十二分に出ているなと.数学の本というのは個性を消すといいますか,”定義 - 定理 - 証明“ のスタイルの中でなるべく客観的に書くという感じかなと思っていたんですが,今回は原先生ならではといえる解説の仕方ですとか,文体がすごく生きているなぁと感じました.
原先生:ありがとうございます(笑).
編集者:その上で今日お伺いしてみたかったのが,これまでどんな読書遍歴をされてきたのかなと思いましてですね.数学書に限らず,相当いろいろな文章をお読みになられているんだろうなと畏怖の念をもって普段からやり取りをさせていただいておりました.
原先生:いえいえいえ(笑).
編集者:学生のときですとか,子供のときでもいいですし,大学で数学科に在籍していらしたときでもいいのですけれど,こんな本が愛読書だったとか,こんな本を読んで育ったといったことはございますか?
原先生:文章的なことはいろいろな方から聞かれるんですけれども,中学・高校のころは結構,文系科目とくに国語が好きだったというのがありました.昔はいわゆる文章題とかは好きではなかったんですけど,ちょうど中学校に入ってからの国語の題材が良かったというか.
編集者:中学時代ですか?
原先生:はい.私,麻布で中高一貫だったんですけど,そのときの国語の先生が――もう亡くなられてしまったんですけど――,ちゃんとした論文を書いてとかではないんですけど宮沢賢治の研究なんかもされていた厳格でいて楽しい先生で,中学校でいろいろな小説とか――夏目漱石の『坊っちゃん』とかいろいろ――,あれはたしか中二かな? 中二のときの夏休みの課題が「『坊っちゃん』を読んで,感想文を書いてこい」というもので,これが意外になかなかすごくて.その後,グループに分かれて,ディスカッションして発表する課題だったんですが,そのときに「このときの清(登場人物の一人)の心情はこうこうこうじゃないか」みたいなことを私が言ったんですよ.
編集者:はい.
原先生:そうしたら,その先生が「あ,これは非常にいいと思います」ということを言ってくださって.そんなポジティブなコメントを貰えるとは思っていなかったので,自分の中でこのとき「あれ!?」ってなって.
編集者:原先生にとって,非常に面白かったと.
原先生:ええ.印象に残っています.
大岡昇平の小説『野火』の思い出
原先生:あと,中3か高1のころですかね,大岡昇平の『野火』(新潮文庫)っていう戦争小説があるんですけど,「課題をそれでやる」ってその国語の先生がおっしゃって.文系科目の充実感がすごくて,あれでハマったというか.授業とか聞いていても面白いなぁとなってきて.
編集者:すごい先生ですね.
原先生:『野火』のエピソードはすごい印象に残っていて,期末テストがあるじゃないですか.
編集者:はい.
原先生:期末テストの題材にしちゃっていいのか(!?)っていうくらい『野火』は重いテーマなんですけど,それがなぜか刺さったというか.しかも,そのときのテストが98点で.
編集者:えーー(驚),すごいですね!
原先生:今でもよく覚えていて,その2点の減点は,漢字の「脅かす」の「脅」っていう漢字をド忘れしちゃって,この漢字を書きなさいという問いができなくて.なぜか「驚」っていう字ばかりが頭に浮かんで「あー,これじゃないんだけど(汗)」と思いながら解答を書いた記憶があります(笑).蓋を開けたら,まさかそこだけが間違ってて他は完答してたなんて自分でも思っていなくて.だって,極限状態の主人公・田村一等兵が人肉食を前に耳にした《「汝の右手のなすことを、左手をして知らしむる勿れ」が何を指すのか答えよ》とかいう問題だらけのテストですよ?ちょっとそれが衝撃的だったんです.
編集者:そんなエピソードがあったのですね.
古文をガンガン読む
原先生:そういったこととか,あとは古文が授業で始まったのかな.古文,好きだったんですよね,なんか.「ちょっと変わってるね」って人からいわれるんですけど,古文文法とか古典文法,古文の言い回しとかが結構好きで.そのあと,古文のいろいろな物語をガンガン読んでましたね.
編集者:物語ですか.
原先生:『竹取物語』からスタートして『平家物語』とか『伊勢物語』,最終的には『源氏物語』までいって.あとは漢文もですかね.いろいろあって,やっぱり文章がすごい好きだったのかなと.だから中高はどちらかというと国語少年という感じで(笑).
編集者:生粋の国語少年だったとは,意外でした.
【津田塾大学 学芸学部 数学科 原隆先生 ロングインタビュー】
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(文責: 裳華房 企画・編集部 久米大郎)
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