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むかしむかしあるところにウェルビーイングがありました/積読日記

前回の「幸福」つながりで、ウェルビーイング関連の積読本を開封。
実は完全な積読というわけではなく、一度パラパラ読みをしているはずなのですが、改めて本棚に呼ばれて手に取ってみると、ほぼ内容は覚えていない。。。いい機会なのでと積読日記で取り上げてみました。

現代人はヒューマン・ドゥーイング?

デカい案件の仕事をするという「何かする」にまみれた人生が成功だと思い込んでいませんか?

むかしむかしあるとこにウェルビーイングがありました「はじめに」より

「はじめに」のなかで、著者の一人であるアナウンサーの吉田尚記さんはこう書きます。

日々、「何かをする」ことに追われているのは私も同じ。マインドフルネスの言葉でよく言われる、「いま、ここにあること」である時間を日常生活の中でどれくらいとれているかというと、おそらく1週間の中で1時間も取れていないのではないかと、急に不安になってきます。自分はヒューマン・ビーイングではなく、「ヒューマン・ドゥーイング」になっているのではないか?なにか、人間ではない「マシーン」になっているのではないか、、、と。

そう考えると、ビーイング=ただある状態、である時間をどれくらい確保できるか、というのが、ウェルビーイングである重要な観点になってくるような気がしますね。

日本的ウェルビーイングとは?

日本でウェルビーイングという言葉が表舞台に上がったのは2021年。政府が「成長戦略実行計画」の中で「国民がWell-beingを実感できる社会の実現」という目標を掲げたところが、日本のウェルビーイング元年と言われているそうです。

そもそもウェルビーイングの定義について、この本の中では、『シンプルに圧縮すると「満足」と「幸福」がそろえば概ねウェルビーイング』と記述しています。

そして、何に満足や幸福を感じるかは時代や文化の影響が大きいと、本書に書かれています。これって前回紹介した内田由紀子さんの「文化的幸福観」と同じことを言っていますね!

東洋的な幸福観と西洋的な幸福観は違う、と。

そして、本書のタイトルからもわかる通り、日本的なウェルビーイングの特徴は日本昔話に出てくるエピソードを紐解くことで見えてくる、ということなのだと思います。おー、続きが読みたくなりますね!

ただし、このnoteでは本題の所は置いておいて笑、あとがきに飛びます。

誰かの弱さとともにいること

上記はあとがきに出てくる言葉です。

この言葉が意味するところは、ウェルビーイングは確かに「ただそこにいること」「ありのままの状態」を大切にしている概念である一方で、周囲との「繋がり」も重要なファクターであることなんだと思います。

そして誰かのドゥーイングではなく、弱さも含めたビーイングを受け入れること、また自分の弱さも受け入れてもらうこと、それがウェルビーイングの一つの形なのかもしれませんね。

おわりに

ウェルビーイングという概念は、単体では説明しづらいものですが、「ウェルドゥーイング」と対になって説明されると腹落ちするものなんだろうなと思いました。この本も読み進めて、人に説明するときにはウェルドゥーイングになってませんか?という問いかけから始めたいと思います。

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