小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.03
土曜日の午後、学校帰りにショウイチとゲンちゃん、ボクの3人で、ヴァイオリン・ベースを持ってセイジくんちへ遊びに行った。
薄暗い四畳半の部屋にボクらが車座になると、セイジくんはラジカセを真ん中に置き、ルースターズのファースト・アルバムをかけて、それに合わせてギターを弾き出した。
「テキーラ」「恋をしようよ」「カモン・エヴリバディ」…、ギターはアンプにつながれていなかったけど、見事なものだった。
「すげぇ〜! プロやん!」
軽々と3曲を続けて弾いたセイジくんを間近で見て、ゲンちゃんが歓声を上げた。
「レコードと一緒やん! セイジくん、ルースターズの花田さんみたいやね!」
ショウイチが続いた。
(こんなスゴイ人と、初めてバンドを演る3人で大丈夫なんやろうか?)
かなり不安になった。
セイジくんがベース初心者向けのボク用に候補曲を考えてくれていた。
「ピストルズとか、ロッカーズ、あとルースターズやったら“カモン・エヴリバディ”のベースはそんなに難しくないけん、初心者のマコトでも弾けるんやないんかね?」
今度はロッカーズのファースト・アルバム「WHO TH eROCKERS」のテープに入れ替えた。
「“キャデラック”とか“ショック・ゲーム”はカッコ良いけど、テンポが速いけん、いきなりは難しいかもしれんね…」
セイジくんはギターを弾きながら独りごちた。ボクとショウイチはセイジくんのギタープレイに釘付けだった。ゲンちゃんは曲に合わせて、教科書の表紙を鉛筆で叩き始めた。
「ゲンは、ドラムは大丈夫そうね?」
「セイジくん、まかせとかんね。オレはヤルときはちゃんとヤル男やけ」
セイジくんに訊かれて、ゲンちゃんは即答した。
「その自信はどこから来るんや?」って思ったけど、「ゲンちゃんならできるんかな?」とも思った。
ルースターズ、ロッカーズ、セックス・ピストルズ、クラッシュ…、セイジくんの家にあったテープやレコード、ショウイチが持ってきたクラッシュのファーストアルバムを一通り聴いて、とりあえずその中からセックス・ピストルズの「プリティ・ヴェイカント」、ルースターズの「カモン・エヴリバディ」、ロッカーズの「セブンティーン」「フェナー先生」を練習することになった。
セイジくんがヴァイオリン・ベースでベースラインを弾いてくれたので、あわててノートを出して、どこを押さえているかメモした。
「プリティ・ヴェイカント」は、Aが基本の曲で、曲全体で押さえるフレットは 5か所。「カモン・エヴリバディ」は、E のロックンロールなので 基本のコードは3つ(E /A /B)。オカズ(フィルイン)が B /C# /B /C# /F# だから、イントロの E♭を足しても押さえるフレットは 8か所。
セイジくんは軽々と弾いてしまうけど、でも初心者のボクにはやっぱり難しい。特にロッカーズの「セブンティーン」と「フェナー先生」はAが基本のロックンロールだけど、他の2曲と比べると押さえるところがたくさんあって大変そうだった。
「“セブンティーン”と“フェナー先生”は、押さえるところがたくさんあって大変そうやね?」
「まぁ、ルート音と経過音やけ、心配せんでもいいけん」
(ルートオン? ケイカオン?)
ノートの端に「ルートオン?」「ケイカオン?」と素速く書いた。
「セイジくん、楽譜とかどうしよると?」
「マコト、何言いよん。楽譜とかあるわけないやん。耳で聴いてコピーするんよ。何回も何回も聴いて音を見つけると」
「耳でコピー? みんなそうやって演りよるん…」
小学生の頃に習っていたピアノは楽譜ありきで練習していたので驚いたし、困った。
「コードを教えちゃるけん。とりあえずベースはルート音を弾いとけばイイばい」
セイジくんが練習曲のコード進行をギターでゆっくり弾いて教えてくれたのでノートにメモした。
「ベースをピックで弾く時はダウンピッキングが基本やけね。ラモーンズのディー・ディーとか、ロッカーズの穴井さんは絶対ダウンピッキングしかせんのよ。アップダウンで弾いたらビートが出らんとよ…」
セイジくんから借りた三角のピックで弾くと、ヴァイオリン・ベースはポコポコ、ベンベンと頼りない音がした。
(これでビートが出るんやろうか? そもそもビートって何ね?)
セイジくんの部屋の棚にはたくさんのレコードやカセットテープが並んでいた。パンクや日本のロック以外にもいろいろなジャンルがあった。
「たくさんレコードとかがあってすごいね。ディープ・パープルとかも聴きよったん?」
トミー・ボーリンのレコードを見つけたので訊いてみた。
「レコードは兄貴のも入っとるんよ。トミー・ボーリンはディープ・パープルのファンからは評価が低くてひどいこと言われよるけど、そのソロとかジェイムズ・ギャングの頃とかすごいカッコ良いんよ…」
TOTO、イーグルス、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ドクター・フィールグッド…、それ以外のレコードについても1枚ずつ解説してくれた。学校では寡黙なセイジくんだけど、ロックに関しては熱く多弁だった。
家に帰ってから、練習曲用のカセットテープを作った。持っていなかったピストルズのLPはショウイチに借りた。
ルート音と経過音については「はじめてのロック・ベース」に説明があった。
セイジくんが教えてくれたコードのメモを見ながら、そのテープに合わせてポコポコ、ベンベンと練習する日々が始まった。
セイジくんの言うとおりダウンピッキングで強く弾いても、ロッカーズのレコードのような音にはならないし、右腕が疲れて続かなかった。アンプにつないでいないから当たり前だけど、ポコポコ、ベンベンと頼りない音しかしない。
「何なん? どうしたん? 琵琶でも始めたと?」
毎日何時間も繰り返し練習していたら、母から言われた。
セックス・ピストルズの「勝手にしやがれ‼(Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols)」を初めて聴いた時、ジョニー・ロットンのヴォーカルがお経みたいやと思ったんよね…。
(琵琶とお経…パンクやないで「耳なし芳一」やん…)
※亜無亜危異のライヴまであと98日
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