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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.02

「ショウイチ、他のメンバーはどうするん?」
「ドラムはゲンに叩かせる。今日はさぼって休みやけど、もう夏休みに話はしとるんよ」
 ショウイチとゲンちゃんは1年生の時から同じクラスだった。
 ショウイチの家は校区の端にあり、はっきり言ってしまえば田舎だった。通っていた中学の男子は全員ボウズ頭だったらしく、入学時、その中学出身の男子はみんな中途半端な髪型だった。そんな中、ショウイチは髪が伸びると一番先にパンチパーマをかけ、太いズボンと長い学生服を着てくるようになった。見た目はすっかりヤンキーになってしまったし、パンチパーマは「髪が伸びたら天然パーマで赤かった」と先生達に言い張り、そんな無茶を押し通そうとするような強引さが目に付くものの、根は純朴なヤツで決して不良ではないと思っている。家が遠いせいもあり部活動はしていなかったが、1年の時からアルバイトをして中型自動二輪の免許を取り、カワサキのZ400FXを買った。そして今では時々そのバイクで通学している。成績はボクよりは上だと言い張っているが、どんぐりの背比べでボクと同じく下から数えた方が早い。
 ゲンちゃんの名前は玄寿と書き「ハルヒサ」と読むが、誰も読めないのでゲンとかゲンジュとかゲンちゃんと呼ばれている。運動神経がバツグンで中学野球では有名だったらしい。野球部期待の新入生で入部当初からレギュラーで活躍していたが、監督とソリが合わず2年生になる前に退部してしまった。もともとお洒落は好きだったようで、ボウズ頭の時でも剃り込みの角度と眉毛の手入れにこだわっていた。髪が伸びるとすぐにパーマをかけ、夏休み前はロックンローラー風のリーゼントだった。性格は飽きっぽくて、よく言えば気持ちの切り替えが早い。ゲンちゃんは1年生の時にあった職業適性検査で「向いている職業はない。真面目に回答したとは思えない」と診断された。本人は「正直に回答したんやけど…」と言っていたが、それならもっと問題のように思う。基本的にはいつも不真面目な態度だけど、クラス対抗のスポーツ大会や体育祭だけは積極的に取り組んでいる。勉強ができないのはショウイチやボクと同じだが、そこは違うところだ。
 そう言えば、ショウイチと一緒にゲンちゃんもルースターズのライヴに来ていて「ゲンちゃんもルースターズが好きなんや…」って思ったんよね。

「ゲンちゃんがドラムやるん? ドラムとかできると?」
「野球部をクビになってヒマしとるし、あいつは運動神経がイイけん、どうにかなるやろ」
「運動神経とか、バンドに関係あるんかね? それはそうと、パンクってどんなんするん?」
「アナーキーの前座をライヴハウスで演らしてもらえるんよ」
「アナーキー? 前座?」
「そう、“シティ・サーファー”とか“団地のオバサン”とか…、ロックバンドの亜無亜危異(アナーキー)ばい! お前も聴きよるって言いよったろ? 小倉に新しいライヴハウスができるんよ。夏休み期間中にその店長になる人と知り合いになって話しよったら、12月に亜無亜危異を呼ぶって言いよったけん、前座を演らせて欲しいって頼んだら、演らしてくれるち言うんよ。まだ3か月以上あるし、どうにかなるやろ!」
「亜無亜危異のファーストアルバムはよく聴きよったよ。でも、最近はルースターズとかロッカーズをよく聴きよる」
「おう、7月のルースターズはすごいカッコ良かったばい。ルースターズもロッカーズも演るばい」
「ギターはどうするん? 誰が弾くと?」
「セイジくんにお願いしようと思いよる。あの人のギターはもうプロやもん!」「セイジくんのバンド、カッコ良かったもんね…」

 ボクらと同じ2年8組に留年してきたセイジくんは、ロックンロールのギターを弾かせると、うちの高校で一番上手いと言われていた。
 6月の文化祭で観たセイジくんのバンドは、ルースターズやロッカーズのコピーを演っていた。細身の女性ヴォーカルがマイクに噛みつくように激しく歌っている横で、セイジくんは一心不乱にギターをかき鳴らしていた。
 セイジくんは寡黙な人で、ストイックな雰囲気をまとっていた。その近づきがたいオーラのせいで、4月から同じクラスになったとは言え、ほとんど話したことはなかった。
 セイジくんは所謂不良ではない。留年した原因は、素行不良で問題を起こしたとか、出席日数が足りなかったとかではなく、ギターばかり弾いていて勉強しなかった結果、テストの点が足りなかったせいだと聞いている。
「セイジくんと一緒にできるんやったらスゴイけど、オレらみたいのと一緒に演ってくれるんやろか?」
「セイジくんはこれから誘うけん。演りよったバンドは受験で解散やし、たぶん大丈夫やろ」
「それはそうと、オマエは何するんよ?」
「オレはヴォーカルに決まっとるやん!」
 ショウイチは急にヘッドロックをしてきて、亜無亜危異の「叫んでやるぜ!」を歌い出した。
「痛いっちゃ! やめい! やめろ、コラっ!」
 しつこいショウイチの腕を振りほどき、身体を離した。

「これからセイジくんに話しに行くけん…」
 ショウイチがそう言うので付いて行った。
 セイジくんは自分の席に座り、手を机の上に組んでまっすぐ正面を向いていた。ショウイチと二人で前に立ったら、ゆっくり頭を上げてショウイチとその後ろにいるボクを見た。
「何かオレに用ね?」
「セイジくん、12月に新しくできるライヴハウスで亜無亜危異と一緒にライヴ演るんやけど、ギターを弾いちゃらんね?」
 ショウイチが単刀直入に話を切り出した。
「ライヴハウス? 亜無亜危異?」
「小倉に新しいライヴハウスができて、12月に亜無亜危異を呼ぶらしいんよ」
「それが何で亜無亜危異と一緒に演れるん?」
「店長になる人と知り合いで、12月に亜無亜危異を呼ぶち聞いたんよ。いろいろ話をしよったら、ライヴハウスを作るのは新しいバンドにチャンスを作るためとか言うけん、それやったらオレがバンド作るけん一緒に演らせてくれちダメ元で頼んでみたら、前座を演らせてもイイって言うんよ」
「それホント?」
 セイジくんがいぶかしげな目でショウイチを見つめた。
「セイジくんにウソ言ってもしょうもないやん」
「他のメンバーは誰なん?」
「オレがヴォーカルで、ベースがこのマコト、ドラムはゲンばい」
「みんなバンドとか初めてやろ? できるん?」
「オレはマコトとゲンの2人に賭けてみようち思うんよ。あとはセイジくんがギターを弾いてくれたら絶対にイケるやろ」
(はぁ〜⁉ コイツ何を言いよるん…?)
根拠が分からないショウイチの自信に呆れた。
「ふーん…そうね」
 セイジくんは少しだけ考えた様子だったけどショウイチとボクの顔を順番に見て答えた。
「ちゃんとマジメに練習するんやったら、一緒に演ってもイイばい」
 ショウイチが目配せしてきた。
「じゃあ、セイジくん、今度の土曜にミーティングやるばい! ゲンには連絡しとくけん、演る曲を決めようや」

 これでメンバーは決まったし、ベースを演ることになった。でも楽器がない。「ショウイチ…、ベースを弾くのはイイけど、ベースギターとか持っとらんよ」
「心配すんなっちゃ。そうかと思って、もう手配しとるけん…」
 放課後、ショウイチからグレコのヴァイオリンベースを渡された。
「これどうしたん?」
「オマエは断らんと思って、うちの近くのビートルズ・ファンのヤツに頼んどったんよ。ポール・マッカートニーに憧れて買ったらしいけどぜんぜん弾いとらんらしいけん、返すのはいつでもイイばい」
「ずいぶん準備がイイんやね。ソイツの弱みでも握って脅して無理矢理持って来させたんやないん?」
「オレがそんなんするわけなかろうが…。とにかくこれ持って帰ってから練習しとけよ!」
 ショウイチの目が少し泳いだような気がした。
 初めて持ったベースギターは軽かった。高1の時にお年玉を貯めて買ったレスポールよりぜんぜん軽い。ケースから出して、太い弦を弾いてみると「ペコッ」となさけない音がした。
 家に戻り、ベースと一緒に手渡された「はじめてのロック・ベース」という教本を開いて、1ページ目を見ながら鳴らしてみたら、すぐに右腕はだるくなるし、左指は痛くなった。
(正月に買ったエレキギターすらろくに練習しとらんし、ぜんぜん弾ききらんのに、こんなんでライヴハウスとか出られるんやろうか?)

※亜無亜危異のライヴまであと103日


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