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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.13

 ショウイチの停学期間中もバンドの練習は続けていた。毎日1回、先生から電話連絡があり、何をやって前の日を過ごしたかを報告するらしいが、それ以外は特に課題はないらしい。
「先生から家に電話があるのはだいたい朝か、遅くとも午前中やけ楽勝ばい。もしおらん時に連絡があったとしても、母ちゃんに適当にごまかしてもらうように頼んどるけん…」
 そう話すショウイチを見て「コイツはぜんぜん反省しとらん…」とあらためて思った。ボクが先生だったら、自宅待機ではなく、職員室で朝から晩まで勉強させるだろう。(まぁ、そうすると先生も大変だし、そのおかげでボクらはバンドの練習ができている訳だけど…)
 練習中にセイジくんから注意されることは、最初に比べればずいぶん少なくなっていた。本番が近づいているので、今さら細かく注意してもしかたないと思っているのかもしれない。
 太平洋戦争の開戦日であり、ジョン・レノンがニューヨークのダコタハウス前で銃弾に倒れた12月8日に停学が明けたショウイチは、反省の証としてパーマでゆるくウェーブがかかっていたリーゼントをバッサリと切って登校してきた。でも、もともと脱色していた髪はさらに赤くなっていた。
「髪を切ったのは良かやけど、その赤いのはいかんの…」
 担任の先生は顔を曇らせた。
「先生、パーマを落とすのに薬品を使ったら、髪の毛が脱色されてしもうたみたいで、こんな色になってしまったんですよ。オレもびっくりしたけど、しばらくしたら少しずつ元の色に戻るらしいです」
 ショウイチは悪びれずた様子もみせずに答えた。
 とにかくボクらとしては、ライヴ直前に停学が解けて、ホッとした。
 心配していたチケットも、ショウイチの停学期間中に西北女学院グループや、ゲンちゃんが黒崎で声をかけて知り合った大正女学館グループの協力もあり、どうにかノルマの30枚は売り切ることができていた。
 本番はもうあと4日後で、スタジオ練習はあと3回になった。

「バンドマンの挨拶は、昼でも夜でも“おはようございます”って言うらしいばい」
 足早にライヴハウスへ向かう途中、ショウイチがボクら3人に向かって教えてくれたので、黒くて重たい扉を押し開けて、まず大きな声で「おはようございます!」と4人で声をそろえて挨拶した。
 亜無亜危異の本番前日、ライヴハウスの営業が始まる前にリハーサルをさせてもらえることになったのだ。ライヴハウスの人たちも、初めてバンドを組んだ高校生がどんな演奏をするのか、心配だったに違いない。スタジオ練習が終わると急いで後片付けをして、竪町からライブハウスがある魚町まで歩いて行った。
 11月中旬に新しくできたライヴハウスは、魚町銀天街にあるビルの地下1階だった。階段を降りるとゲームセンターで、その奥に黒い扉があり、そこが入り口だった。扉を開けると左側にステージあり、高さは50センチくらい。ステージの背面にはアルミホイルのようなものが貼られて、照明の光が反射してキラキラしていた。
「会場もステージも思っていたより狭い…」それがライヴハウスの第一印象だ。楽屋はステージ脇だと教わったので入ってみると、窮屈で狭い空間にいろいろな機材が雑多に置かれていた。
 スタッフの方から時間が押しているので急ぐように言われた。あわてて学生服姿から、体操服の袋に入れて持ってきた黒のスリムパンツとTシャツに着替え、楽屋でチューニングを確認した。ゲンちゃんは学生服の上着だけを脱いで、その間にドラムのセッティングに取りかかっていた。ショウイチは今さら、歌詞を書いたノートを確認している。
 先にチューニングが終わっていたセイジくんの後ろについて、上手からステージに上がると、照明がまぶしかった
「あんだけしか高さがないんやん…」と思ったステージでも、いざそこに立ってみて客席を見下ろす感覚は新鮮で気持ちが高ぶった。
 アンプのセッティング、モニターの調整、マイク…。初めてのサウンドチェックは全く勝手が分からなかった。スタッフの方がいろいろ言ってくれるので、その指示に素直に従った。ベースアンプのトーン・コントロールだけはベース教室の鈴木先生に教わっていたので、その通りにした。そしてベースギターのトーンとヴォリュームはフルテン、これも鈴木先生から教わったとおりだ。
 ステージの上から客席を見渡すと、ライヴハウス関係者がほとんどとは言え、それ以外の客らしき人も少しだけいた。
 サウンドチェックが終わると一旦楽屋に戻るように言われたので、狭い楽屋で出番を待った。すぐに始めると言われたのになかなか呼ばれなかった。待っている間、セイジくん以外の3人はひっきりなしにタバコを吸った。時間が経てば経つほど緊張感が増し、胸のあたりがザワザワして全身に広がっていった。

 初ステージはたった10数分で終わってしまった。
 ボロボロだった。リズムが走りに走り、スピードは普段の倍近くになった。唯一のライヴ経験者であるセイジくんですら、普段なら間違ったことがない簡単なリフが弾けていなかった。
「演奏時間よりセッティングの方が長かったね…」
 そう言っても、ゲンちゃんもショウイチも黙ったままだった。
「やっぱり俺たち全然ダメやん。思いっきり下手くそやん…」
 セイジくんがギターを片付けながらつぶやいた。
 それを聞いて、ボクら3人はうつむいてタバコを吹かした。

※亜無亜危異のライヴまであと1日


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