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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.12

 ショウイチが無期停学になった。
 11月中旬から寒い日が続いていた。その日の朝は、なかなか布団から出られなく二度寝してしまった。目が覚めた時はもう8時を過ぎてしまっていたのであわてて行っても遅刻してしまう。親は先に仕事に行っていたし、お腹も空いていたので1・2時限目の授業はサボることにして、テレビを観ながらゆっくり朝ご飯を食べ、3時限目の途中から学校へ行った。
 そっと扉を開けて教室に入ると、やけに人が少なくてシーンとしている。教室にいるのは10人くらいで、みんなうちのクラスでは真面目なヤツらだ。先生はいないくて自習らしい。
「何なん? 事故か何かで電車が止まっとるんやろか?」と不思議に思いながらも、机でもう一眠りすることにした。
 4時限目が始まる頃、暗い顔で戻ってきて「4時間目も自習だと」告げにきた友だちに事情を訊いた。
 2時限目が終わった15分休みに、寒かったので焚き火で暖をとろうとバケツに紙を入れて火を点けたそうだ。紙の量が多かったのか、炎の勢いが思いのほか強くなってしまい、教室中に煙が充満したので、あわてて窓を開けたら、今度は廊下まで煙と焦げた臭いが広がり、大騒ぎになったらしい。そこに騒ぎを聞きつけた先生が消化器を走って来て、バケツの周りで騒いでいた連中は一網打尽に生徒指導室へ連行されてしまったそうだ。
 事情聴取は任や強面の生徒指導の先生により数人単位で行われ、その結果、紙に火を点けたショウイチが主犯ということになった。本人もそれを認めて「他の連中は見ていただけ」と先生に告げたので、ショウイチ以外はこれから戻ってくるが、アイツは校長室に連れていかれたらしい。

「オマエらは運がいいのぉ~!」とみんなから言われた。
 ボクを含めてショウイチ以外のメンバーは難を逃れていた。ゲンちゃんはボク同様のサボリで登校してきたのは4時限目だったし、セイジくんは風邪気味で病院に寄っていたので、学校に着いたのは昼休み前だった。
 実は教室で焚き火をしたのは初めてではない。1年生の時もショウイチやゲンちゃんを含めたグループで、やっぱり寒い日にブリキのバケツに紙丸めて入れて燃やした。その時も煙がすぐに教室に充満してしまい暖を取るどころではなく、あわてて火を消して換気したのだが、ショウイチはそのことをすっかり忘れていたようだ。
 その日のうちにこの事件は「2年8組で放火騒ぎがあった!」と学校中に知れ渡ることになった。
「放火⁉ またあの2年8組! どうしようもない人たちやね…」
「誰がライターのオイルを撒いて火を点けたらしいね…」
「消化器を撒いてやっと消し止めたってホント…?」
 話はだんだんと大きくなり、この焚き火事件はうちの高校でしばらく語り継がれることになった。

 昼休み、生徒指導室から戻ってきたショウイチを取り囲み、緊急ミーティングをした。ショウイチは校長先生直々に無期停学を宣告され、この後に帰ることになっていた。
「バンドどうするん? 時間ないんよ…?」
 セイジくんが詰め寄った。
「練習がある時は、家を抜け出してバイクで行くけん大丈夫ちゃ!」
 ショウイチがそう言うので少し安心したが、「ライヴまでに停学が解けんと面倒やな…」とも思った。
「お前、口が上手いちゃけん、どうにか誤魔化せんかったん? そもそも教室で焚き火とかオレは信じられんけどね」
 1年生の時のことはすっかり棚に上げたゲンちゃんが訊いた。
「柔道場の裏でライターを拾ったけん、もし火が点いたら危ないと思って試してみただけち、先生に言ってみたんやけど、ダメやった」
「当たり前やん!」
 3人でショウイチの顔を見た。そんな言い訳が通るはずはない。
 ショウイチの名前は漢字で書くと“正一”だ。
「お前の名前は正一やろうが。一番正直で、一番正しい人間にならないかんやろ!」
 担任の先生から諭されたそうだ。
「そもそも焚き火くらいで無期停はおかしいやろ? 最初に見つけたのが日本史のミナミやけ、話を大きく言うたに決まとるちゃ!」 
 ショウイチは悔しそうに言った。反省は全くしてない…。

 我々が所属する2年8組は、あることがきっかけで、世界史のミナミ先生から目を付けられていた。
 ボクらが通う高校は自称“県下有数の進学校”でそれなりに偏差値が高くマジメな生徒が多かったが、前にも書いたように2年8組は、学年で個性が強い生徒たちを集めた男子クラスだ。
「このメンバーではクラスをまとめる自信がありません…」
 2年8組の担任を打診されて先生が生徒名簿を見るなりそう言って断ったので、しかたなく学年主任の先生が手を挙げたといった噂だってあった。(あくまで噂です!)
 平穏なはずの進学校で問題が起きた時は、だいたいその原因は2年8組が発端だった。
「また2の8ですか?」
「またオマエらか!」
 先生からも目を付けられていた。
 毎日の授業態度もよくない。はっきり言えば、授業態度だけでなく生活態度も悪い。そのくせたちの悪いことに妙に結束力が強かった。

「静かにしろって、何度も言ってんだろ〜!」
 1学期のある日、授業態度の悪さに業を煮やしたミナミ先生は叫び、野球部員のバットを見つけると、右手でグリップを握り振り上げた。
 大きな声で下を向いてしまった生徒も何人かいて、そんな生徒の頭を先生はバットで軽く小突いた。
「そいつらは何もしとらんやん!」
 クラスのリーダー格の侠気あるキンちゃんがおもむろに立ち上がり、先生に向かって行った。
「やれるもんならやってみんね!」
 キンちゃんは先生の正面に立ち、睨みつけながら抑えた声で言った。それを見た数人も立ち上がり、ミナミ先生を睨みつけた。拳を固く握りしめ、両腕をぶらりと下げて先生の前に立つキンちゃんに、先生は何もできず目を逸らし、小さくため息をついてからバットを置き、黒板の方だけを見て授業を再開した。
 この事件をきっかけにミナミ先生の授業は崩壊してしまい、以前にも増して誰も真面目に授業を聞かなくなった。
 それでも前に座る数名だけは板書を書き写していたが、それ以外は寝ているか、読書をしているか…。後ろの方ではトランプやカード麻雀をやっているグループもいて、授業中にもかかわらず「ポン!」とか「チー!」とか聞こえていた。
 こんな調子で試験結果が良いはずはなく、日本史の1学期末試験は100点満点中うちのクラスの平均点は19点しかなかった。さすがに職員会議でこの点数は問題になったようで、うちのクラスの生徒には20点の下駄を履かせることが決まった。(この20点のおかけでボクの点数は41点になり40点未満の人が受ける追試を免れた)

 後日談だが、同窓会役員の先輩に学校の近況を聞いた際、「私たちが卒業して何年かして荒れた時期があったみたいだけど、今の生徒はすごく真面目で良い子たちみたいよ」とおっしゃっていた。
 荒れた時期? きっとボクらの学年(と言うか、うちのクラス)です。今さら反省しても後の祭りだが、なぜマジメに勉強できなかったのかと先生たちには申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 繰り返しになるが、うちの高校は県下有数の進学校(自称)で、少しだけ荒れていたのはうちの学年でも2年8組だけだった。

 話はバンドに戻る。
「停学くらい何ね! パンクバンドのエピソードとしては小さすぎるやろ!」
 これもまた繰り返しになるが、ショウイチに反省は全くない。残念ながらまだ一番正しい人間にも、一番正直な人間にもなろうとしていない。名付けた時に親の願いは子どもには伝わりづらい。

※亜無亜危異のライヴまであと16日


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