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映画「新聞記者」は事実か、フィクションか?純粋に楽しめる秀逸なドラマ (※ネタバレあり)

 初ブログ。遅ればせながら、映画「新聞記者」を見た。主役を若手実力派の松坂桃李が演じるくらいのことは知っていたが、インディペンデントな会社が作ったマニアックな映画?くらいにしか思っていなかった。しかし、今年(2019年)度の日本アカデミー賞の最優秀作品賞、主演男優賞、主演女優賞を受賞したのを知って(とても感動的な授賞式だった)映画館に出かけた。感想はとても見応えがあり、純粋に映画としてのクォリティーも非常に高いと感じた。主役に抜擢した韓国の女優シム・ウンギョンや松坂桃李ら、俳優陣の演技も期待を遥かに上回るものだった。脚本も素晴らしい、カメラワークも秀逸だ。今年の日本アカデミー賞では「翔んで埼玉」「キングダム」等と競ったが、「新聞記者」の作品、主演賞は納得。2019年を代表する日本映画といっていい。

ストーリーは(以下ネタバレありだが、読んでも楽しめる)、主人公の吉岡エリカは韓国人の帰国子女で、東都新聞の社会部に勤務。ある日、政府が新設を目指す「医療系大学」に関する機密文書を入手する。文書をリークしたのは誰か?目的は?文書の意味するものは?彼女が取材に始めた矢先、ある外務官僚が自殺する。吉岡記者は自殺の真相を探るうちに、亡くなった外務官僚の後輩であり、内閣情報調査室に出向している杉原拓海(松坂桃李)と出会う。先輩官僚はなぜ自殺したのか?謎の機密文書は何を意味するのか?二人は自殺に追い込んだ真相に辿り着けるのか?その先にはある意外な事実が待ち受けていた。

 この映画が公開当初から論争を呼んだ理由は、安倍政権で起こった数々のスキャンダルを巧みに織り込んでいるところにある。自殺した官僚は「森友問題」で自殺した近畿財務局の職員を想起させるし、総理のお友達が関わる医療系大学の新設は「加計学園」、スキャンダルをリークされた元文部官僚の前川喜平氏とおぼしき人物も登場する。しかし、この映画が「真実か?フィクションか?」と言う論争は的外れなだろう。結論から言えば、この映画は巧妙に創られたフィクションだ。安倍政権をめぐる様々な話題を巧みに織り交ぜ、純粋な”政治サスペンス”として構築された脚本は、見事としか言うほかない。しかし、フィクションとは言え、政権に”忖度”する官僚組織や個人のあり方、メディアへの圧力、SNSを駆使した世論操作、社会全体の”同調圧力”など現在の日本社会が抱える問題の核心を突いている。

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 この映画が見事なのは、まずキャスティングにある。主役の女性記者に韓国の若手人気女優、シム・ウンギョンを抜擢したセンスは脱帽だ(映画ファンでない私は彼女をよく知らなかったが)。映画では、父親は元日本人新聞記者、母親は韓国人で、父親の背中を追って記者になった帰国子女という設定を用意した(巧い設定で無理がない)。シム・ウンギョンによる日本語のセリフ回しには、ややたどたどしさを感じたが、見ているうちにそのデメリットをカバーして余りある、迫力と深みのある存在感に圧倒されてしまった。あれほど強烈な個性と表現力は今の日本人ではなかなか出せないかもしれない。日本アカデミー賞では、吉永小百合や宮沢りえなどの日本の大女優を抑えての主演女優賞に輝いたが、演技を見て納得した。もう一人の主役は松坂桃李が演じる内閣官僚・杉原拓海。家庭を持ちながら政府の不正を暴くべきか?板挟みになる若手官僚を見事に演じている。2018年の映画「孤狼の血」でも見せたように、悶々とする青年の内面を演じさせたら、今これほど巧い役者はいないだろう。はまり役。さらにもう一人、松坂桃李に立ちはだかる冷徹な上司を演じた田中哲司、彼の演技も冴え渡っていた。彼の存在なくして、この映画は成り立たない。

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 日本アカデミー賞主演男優賞を受賞した松坂桃李はスピーチで、「この映画が上映されるまでには、私が知る限りでも二転三転、いや四転、五転くらいあったと聞いている」と語った。もともとこの映画は、菅官房長官の記者会見でしつこく質問を浴びせることで有名な東京新聞・社会部記者、望月衣塑子氏の書いたルポライターに、制作スタッフが触発されて全く新しいストーリーを組み立てたものらしい。フィクションでありながら安倍政権への批判や、言論・マスコミ界が抱える閉塞感等を見事に突いている。上映まで「二転三転」した経緯は知らないが、政治家やメディア、スポンサーから様々な忖度や圧力が働いたことは想像に難くない。松坂桃李クラスの俳優が出演しているのに、この映画はテレビで全く宣伝されなかった。テレビ局側が「こんな内容では宣伝できない」と尻込みしたのだと言う。上映当時の認知度は決して高くなかった。それにしても「フィクション」として作られたこのレベルの風刺作品をテレビで全く扱えない今の日本のテレビ局の”忖度”には呆れ果てる。それ自体が薄ら寒い。ともあれ、映画は現在の日本社会が抱える問題を、類まれなセンスと技術で極上のエンターテイメントに完成させた。幾多の困難をのり超えて世に送り出した意義は大きい。数々の映画賞を受賞し、リバイバル上映をする映画館も増えているらしい。見て損はない。ところで松坂が演じた外務官僚の役名は「杉原」だった。些末なことだが「外務省の杉原」といえば、第2次世界大戦中、外務省本省の意向に逆らってユダヤ難民をナチスの迫害からを救った「杉原千畝(すぎはら・ちうね)」を思い出す。リトアニア領事を勤めていた杉原千畝は人として、個人として正しいと思ったことを、時の政権の圧力に屈することなく、己の意思を貫いた。偶然の一致かもしれないが、松坂桃李演ずる主人公にふさわしい役名だ。ラストシーンは余韻を残して終わる。(〆)



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