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「出席点」の考え方

コロナウィルスによって学校に行けない生徒がいることがニュースになっています。

私たちの時は出席日数や出席点といったものがありましたが、今それらはどうなっているんでしょうか?

こういう時代、そもそも出席日数や出席点といったものが全く考慮されていないのか、それともオンライン講義を受けたという記録が残ればそれが出席扱いになっているのか。

出席点の弊害⁠

出席日数、出席点はその授業に参加した、もしくは学校に登校したという事実がカウントされて、成績に反映されるものです。 ⁠

言い方が悪いかもしれませんが、とりあえず学校や授業に出ていれば成績にプラスに働くものです。 授業で寝ていようが、こっそり携帯をいじっていようがひとまずその場にいれば「出席」です。 ⁠

授業に出ていれば加点されるのですから、私のようなものには大変ありがたいシステムです。結果、友人にお願いして代わりに出席の報告をしてもらったり、出席報告用の紙を貯めたりして出席日数や出席点を稼いでいました。(その節は大変お世話になりました。 ⁠)

ただ、学生のころからのこの習慣を引き継いでしまった社会人も多いのではないでしょうか。

社会人になってからも何かに出席することは多くあります。会議だったりセミナーだったり報告会だったり。

それらに参加していて思うのは、居眠りしている人や⁠全く関係の無い違う仕事をしている人がけっこういること。

学生時代は出席すれば評価してもらえたかもしれません。ですが、昔も今も⁠重要なのはそれに出席することによって自分の能力向上や仕事が前に進んだり成果を出すことだと思うんです。

社会人になってからも学生時代の「とりあえず出席しとけばいいでしょ」という考えが抜けていない人は結構多いんじゃないでしょうか。

働いてなかったおじさん

コロナウィルスによって、学校に行けなくなった学生のほかにもう一つ取り上げられたのは、「出勤しているけど仕事してないおじさん」です。 ⁠(男性に限らないと思いますが便宜上「おじさん」で)

その名のとおり、会社には来ているんだけれども実際には何も仕事をしていなかった人、仕事の成果につながることをしていなかった人というのがあぶり出されてしまいました。 ⁠

彼らはタイムカードを切っているだけで仕事の内容について詳しく見られていなかったのでしょう。それがテレワークが始まるにあたり、業務内容が見直され、「あれ、なんの仕事してたの?」と発見されてしまったのです。

学生のときであれば試験前に猛勉強することで、怠けてたのをごまかすことができたかもしれません。ですが、社会人になるとそんなわけにもいきません。

これはおじさん側だけの問題ではなく、会社の評価制度そのものの問題でもあります。

それは怠けやすい、ずるしやすい環境・評価基準であるということ。

こんなずるしやすい評価基準というものになっているのはなぜなんでしょう?

思うに、出欠は「評価しやすい」からだと思います。

仕事の成果を定期的に測ることが難しいから、とりあえず出勤しているかどうかを把握しておこう。こいつは出勤しているから仕事しているはずだな、という評価基準になっているのではないでしょうか。

評価する1つの物差しとして出欠を使うことを悪いとはいいませんが、それだけで評価するにはあまりにも基準がゆるいと思います。実際は寝ていたり⁠事業に関係のないことをしている人もいるかもしれませんし、、、

こんな時代ですから、あらためて「出席点」という評価を見直すべきなのだと思います。出席は手段であって、本当の価値はその先にあります。それを真摯に捉える評価方法を見つけるのが、今求められていることなのかなと思います。