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死者と動物の哲学 4

▲ 前回


何かが存在しないと信じたうえで、その何かの存在を仮定して行為する。それはどういうことだろうか。

たとえば、学校では、火災を想定した避難訓練をする。そのとき、火災は存在しないと信じたうえで、火災の存在を仮定して行為する。火災が本当に存在するとは思っていないが、火災が存在するときのような行為をする。

火災を想定した避難訓練をするとき、本当に避難しようと思っているわけではない。いわば、避難するふりをしているのだ。

ふりをする。死者が存在しないと信じたうえで、それをするとはどういうことだろうか。

死者が存在しないと信じたうえで、その人がまだ存在すると仮定して、その人に花を捧げるふりをする。そういうことなら、できるように思われる。たとえば、そうすることで、まだ生きている人の心が癒やされる、といったことが考えられる。

しかし、ここで再び、葬儀が問題となる。死者が存在しないと信じたうえで、その人がまだ存在すると仮定して、葬儀を行うふりをする。何だか妙ではないだろうか。そんなふうにして葬儀を行うふりをすることなど、できるのだろうか。



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