#27薬剤師の南 第6話-1 青い宇宙 Ⅰ(小説)

「それじゃ、無理のない範囲で涼しい時に歩いてみてくださいね。失礼しますー」
「はい、また今度ね」
 當真さんがマンションのドアを閉じた。

 私は今、在宅での訪問が必要な患者の自宅を當真さんと二人で巡回している最中である。ようやく私も仕事をある程度スムーズにこなせるようになったため在宅医療を経験してもよさそうだ、という判断で、普段から在宅訪問を担当している當真さんについて回っている、というわけだ。

 訪問医療の対象となるのは、原則として本人の疾患などで通院が困難な場合に主治医から指示があった患者だ。私達のスノーマリン薬局では五人の患者の対応をしていて、その一人が今さっき訪問を終えた照屋将親さんだ。

 配管工として働いていた照屋さんは両膝と腰に慢性的な疼痛を抱えており、定期的な通院は厳しいということで在宅医療の対象となった。最近では初期の骨粗鬆症や認知症の兆候も見られている上に、夏の猛烈な暑さで家の外に出るのがおっくうになり運動量が少なくなっているという状況もあったことから、朝や夕方などの涼しい時間に外に出て軽い散歩をしてみてはどうかということを一旦提案する、というのが今回の訪問の目的の一つだったのだ。

「さて、最後の患者さんだけど……」
 マンションを下って社用車に戻り、運転席に座った當真さんが少し言いよどむ。

「今の生活についてあれこれ無理に聞き出そうとしないほうがいいっていうのは覚えておいて。特別支援学級を不登校中ってこともあるし、キレると何するか、ちょっとわからない子だから。あと、依吹さんの挨拶が終わったらその後はタメ口で話してあげて。その後はとりあえず私のやることを見ててね」

 子? 高齢者じゃなくて、子供なのだろうか。

「お宅に着く前に訪問計画書を読んでちょっと予習しておいて」

 私は助手席に置いてあった計画書のファイルを捲る。その原因はすぐにわかった。

 高江洲美海、十四才、女性。既往歴の欄の先頭に書かれていたのは『神経芽細胞腫』。
 この六文字が私の気を強く張り詰めさせた。

※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。

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