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第10回 INSEADでの学び どのように戦略(競争戦略、ブルーオーシャン戦略)を教えているのか?(Part3)

早いもので第10回目の投稿です。さらには、戦略だけで3回も投稿するとは思いませんでした。やはり戦略はMBAコースの超重要科目ですので、これくらいのボリュームになるのでしょうね。Zemsky教授もたくさんのことを話されていて、とても書ききれないのですが、個人的に重要と思うポイントを述べていきます。今回のポイントは以下になります。

・結局、戦略論の基本は変わらない
・便益とコストのトレードオフ
・ブルーオーシャンストラテジー(便益とコストのトレードオフを覆す)
・これからの時代の戦略はどのようにあるべきか?


結局、戦略論の基本は変わらない

私が早稲田大学ビジネススクールでMBAを取得したのはもう20年も昔になります。この20年で時代と社会環境は大きく変わりました。私は現在47歳なのですが、就職氷河期の時代です。本当に就職活動は大変な時期であり、内定をもらうのが大変でした。私よりも年齢の上の方達はバブル期を経験しておりますし、現在の若い世代の方達は、就職者有利の状況であり、かつては内定を取ることがどれほど大変だったのかについては想像が難しいと思います。私が就活をしていた時期は、金融機関が人気で、大手銀行、生命保険会社が人気企業でした。時代はだいぶ変わりました。20年前も環境に対する配慮は高まりつつありましたが、今ほどの要求水準ではありません。取り組まなければならないこと、という感じでした。現在は、取り組まないことが許されない社会環境になってきていると思います。IT企業の新興、成長、テクノロジーとしての重要性も当時から高かったですが、今ほどの重要性は感じませんでした。あくまでも主要技術の一つという感じだったと思います。

こういう時代の変化が大きくある中で、私はINSEADで戦略をどのように教えるのかについては興味がありました。読者の中にも興味がある方もいらっしゃるかと思いますが、結論からいうと戦略論自体に本質的な変化はありませんでした。おそらくそうだろうなとは思っていましたがやはりそうでした。私が思うに戦略論については、この先も本質的な意味で変化はないと思います。結局は、戦略論は極端なことを言えば、コストリーダーシップと差別化戦略の2つしかありません。この2つを実現するために、いろいろなフレームワークが考案されていくのだと思います。

早稲田大学MBAに通っていた2003年頃、寺島実郎さんも戦略論を教えていました。多くの先生が、ポーター、コトラー、伊丹敬之、嶋口充輝などの本を必読書として指定します。しかし、寺島先生だけは、一冊だけ指定しており、しかもそれが「孫子」でした。当時はずいぶん振り切れた先生だなと思っていましたが、今になりその理由がよく分かります。戦略の本質はもう変わらない、ということなのだと思います。

最近は山口周さんの著書を読む機会が多く、哲学、一般教養についての興味が上がってきているのですが、古典こそ意味があると感じるようになってきました。なぜなら、100年後に今ベストセラーになっている本の大半は忘れ去られています。しかしながら今もなお残っている古典名著はおそらく100年後も500年後も読み続けられていると思うのです。時間がかかりましたがやっと古典から普遍的なことを学ぶことの意味合いを理解できてきました。

第9回の投稿でも書きましたが、戦略論の本質は変わらないけれども経営環境、競争環境が変わってきていることは踏まえなければなりません。これまでは、競争に勝つことが大事であり、株主に価値、とりわけ経済的価値を還元することが何よりも大切でした。その結果、社会、世界はどうなったかというと、富めるものは富み、格差が広がり、地球環境に対しては相当な負荷をもたらす結果となりました。これが20世紀における資本主義競争の結果です。これからは、そもそもこれからの時代において、競争はどうあるべきか、ということにも配慮しなければならないのです。

便益とコストのトレードオフ

これについては新しい理論ではないのですが、学びがありましたので共有します。便益とコストはトレードオフの関係にあるということです。以下の図にあるように、コストを投じて高い便益を実現しているのがAになります。反対に、コストをかけずに便益を抑えているのがBになります。

この図を提唱したのは、マイケル・ポーター教授です。教授は、競争戦略の第一人者といわれるとともに、ポジショニング学派と位置付けられており、この図からも理解することができます。そして今回私が面白いなと思ったのは、真ん中に位置するCについてです。ポーター教授はCのポジションは良くないと言っています。真ん中にポジションを取ると、高い便益を求めるユーザーのプレミアム価格(クリーム)を享受することもできないし、低い便益を求める顧客を獲得するために価格を下げなければならないからです。

“The firm stuck in the middle is almost guaranteed low
profitability. It either loses the high-volume customers
who demand low prices or must bid away its profits to
get this business away from low-cost firms. Yet it also
loses high-margin businesses — the cream — to the
firms who are focused on high-margin targets or have
achieved differentiation overall.”

Michael Porter (1985), Competitive Strategy, p. 41

直感的にその通りと思う一方で、そうでもない気もします。理論ほど現実はシンプルではないからです。しかしながら中途半端なポジションは収益が良くないということが観察されたということは知っていて良いと思います。

それからもう一つ、点線が外側にあります。これは、費用と便益のカーブをより外側に引き上げることができる企業のことを指します。具体的にはトヨタ自動車の例を指していました。トヨタは多くの改善を積み上げ、品質とコストを他の自動車メーカーに対して引き上げました。そして数量を生かしたコストリーダーシップ戦略を実現しています。費用と便益のカーブを外側に引き上げていくということは全ての自動車メーカーができることではありません。トヨタならではの企業としての強みと思います。

以上のことからも、戦略の基本はやはり差別化であり、想定する市場と顧客を絞り込み、量は捨てる、セグメントシェアを狙い、収益率を高めるというのが戦略のセオリーである、ということを改めて学びました。

ブルーオーシャンストラテジー(便益とコストのトレードオフを覆す)

そして、ブルーオーシャンストラテジーについて説明します。これは非常に有名ですので多くの方もご存知と思いますが内容については私は詳しく理解できておりませんでした。ブルー・オーシャン戦略とは、INSEAD教授のW・チャン・キム とレネ・モボルニュ が著したビジネス書、およびその中で述べられている経営戦略論である。収益性の低下した激しい競争市場のことをレッドオーシャンと定義して、反対に、自分たちが新たに創造した高収益の市場をブルー・オーシャンと定義しました。一言で言ってみればニッチ戦略、ということだと思います。しかし、ブルー・オーシャン戦略は、ニッチ戦略だけではないのです。便益とコストのトレードオフを覆す戦略です。コストを下げながら、収益の向上を狙うという凄い戦略です。便益とコストのトレードオフについて説明した後で、これを覆す理論として、ブルーオーシャン戦略を紹介します。コストを下げながら便益を高める(価格を上げる)というすさまじい戦略です。これができれば収益性が大幅に向上することは必至です。

ブルー・オーシャン戦略の好事例として紹介されたのが、シルク・ド・ソレイユでした。以下のようにa~iまでの項目があるとして、明らかに競合とは異なるValue propositionを提示します。力を入れるところは力を入れるけど、やらないところはやらない。メリハリのあるサービス設計をします。

斜陽産業であったサーカス業界で、これまで常識だった「花形パフォーマー」や「動物によるショー」という価値を取り除き、新たに「知的洗練度」「芸術性・神秘性」「ストーリー性」という価値を加え、ブルー・オーシャンを創造しました。ブロードウェイ・ミュージカルに倣って複数の演目を用意し、演劇やバレエの世界から崇高なまでに美しい抽象ダンスを取り入れることで、ライブエンターテイメントの新境地を切り開きました。また、費用負担の大きい要素を捨ててコストを大幅に押し下げ、差別化と低コストを両立させました。これにより、サーカスと演劇の粋だけを集め、それ以外の要素は取り除くか役割を軽くし、チケット価格は演劇と同じ水準(サーカス業界の数倍)に設定しました。さらに、これまで子供を主な顧客と想定していたサーカス業界において、大人や法人という新しい顧客層を惹きつけることに成功しました。

強化したもの

  • 知的洗練度

  • 芸術性・神秘性

  • ストーリー性

  • 複数の演目

  • 崇高なまでに美しい抽象ダンス

  • 大人や法人という新しい顧客層

取り除いたもの

  • 花形パフォーマー

  • 動物によるショー

  • それ以外の要素(役割を軽くした)

このようにバリュー・イノベーションとは、コストを押し下げながら買い手にとっての価値を高める状態を意味します。コストを下げるためには、業界で常識とされている競争のための要素をそぎ落とし、買い手にとっての価値を高めるためには、業界にとって未知の要素を取り入れることが重要です。

しかしながら、ブルーオーシャン戦略のフレームワークを用いてシルク・ド・ソレイユを説明ししていますが、私はこれは違うかなと思います。普通に考えて、シルク・ド・ソレイユのプロデューサーが従来のサーカスからの飛躍でこのサービスを考えていたとは到底思えません。そもそも、従来のサーカスは競合とすら思っていないと思います。彼らの競合は、オペラであったり、劇場で上映される芝居のようなものではないでしょうか?

もちろん、シルク・ド・ソレイユを否定しているわけでも、ブルーオーシャン戦略を否定しているわけでもありません。ブルーオーシャン戦略を適用した事例として、シルク・ド・ソレイユは相応しくないと思うのです。

それでは、ブルーオーシャン戦略を適用した相応しい事例は何かと言うと、それはQBハウス(QBハウス "10分の身だしなみ" (qbhouse.co.jp)であると思います。従来の理美容院業界は、フルサービスの理美容院が主流であり、シャンプー、カット、ブロー、顔そり、マッサージなどのフルコースサービスを提供していました。しかし、これには時間がかかり、料金も比較的高かったため、時間やコストを節約したい顧客にとっては不便な面がありました。

QBハウスの戦略

  1. 時間の短縮:カットのみのサービスを10分間で提供。忙しいビジネスマンや時間を節約したい顧客にアピールしました。

  2. コストの削減:シャンプーやブローなどのサービスを省略し、低価格で提供。シンプルなカットサービスに特化することで、コストを大幅に削減しました。

  3. 立地の工夫:駅やショッピングモールなど、顧客のアクセスしやすい場所に店舗を展開。通勤や買い物のついでに利用できる便利さを提供しました。最近では駅の構内にも見かけますね。

  4. 効率的な運営:セルフレジやチケット販売機を導入し、待ち時間の短縮と人件費の削減を図りました。

成果

QBハウスは、従来の理美容院とは異なる市場を創り出し、以下のような成果を上げました:

  • 短時間・低価格のカットサービスが顧客に受け入れられ、急速に店舗を拡大。

  • ビジネスマンや学生など、幅広い顧客層に支持されるブランドとなりました。

これらにより、QBハウスは従来の理髪店とは全く異なるValue propositionを達成することができたのです。

これからの時代の戦略はどのようにあるべきか

これからの時代の戦略はどのようにあるべきでしょうか?Zemsky教授はこれからの時代は、戦略策定をするプロセスを変える必要があると唱えます。現代のビジネス環境においては、複雑性と予測困難性の増加に伴い、長期的なプランニングに時間を割くことの意味が薄れてきています。それよりも迅速に行動し、戦略を補正しながら作り上げていくことが求められています。もちろんこれがすべての業種に当てはまるわけではありません。例えば、ボーイングのような航空宇宙産業や、大規模なM&A(合併・買収)活動においては、依然として慎重かつ長期的な計画が必要です。

Zemsky教授は、講義においてドワイト・D・アイゼンハワーの言葉を引用しました。「計画は役に立たないが、計画を立てることは役に立つ」という言葉は、これらの状況を的確に表しています。計画自体が変化する環境に対応しきれないことがある一方で、計画を立てるプロセスそのものが、企業にとって重要な洞察と準備をもたらします。このように、計画の価値はそのプロセスにあり、結果的に企業が迅速かつ柔軟に行動するための基盤を築くことができるのです。昔のように、環境を分析(Analyze)して、戦略を策定(Formulaiton)して、実行(Executioin)するという直線的な進め方で、戦略を策定するのではなく、これら3つの要素を循環させることを説明されました。

この主張は、INSEADのLead the Future Programの最初の科目である「イノベーション」の授業においてNathan Furr教授が唱えた手法と同じことを述べています。詳しくは以下を参照ください。

第5回 INSEADではイノベーションはどのように教えているのか?(その2)|Shogo Soma | 人を繋ぐ・ビジネスを繋ぐ・日本と世界を繋ぐをミッションに活動しています (note.com)

まとめ

20年ぶりにビジネススクールで戦略論を学びなおしました。20年前から戦略論の本質は変わらないということを確認する一方で、単に競争における勝ち負けではなく、そもそも競争自体がどうあるべきか、不確定要素の大きい時代において戦略をどのように立案すべきか、Value Propositionの戦略論がどのようなものであるかを学ぶことができたのは非常に価値があったと思いました。

2週間の休みが入り、次はいよいよ、リーダーシップと組織論に入っていきます。

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