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「観る将」が観た第71期王座戦挑戦者決定戦 藤井竜王名人vs豊島九段

8月4日に王座戦挑戦者決定トーナメントの決勝、藤井聡太竜王名人と豊島将之九段の対局がありました。藤井竜王名人は1回戦から順に中川八段、村田(顕)六段、羽生九段を降して勝ち上がってきました。前期挑戦者の豊島九段は、1回戦で振り飛車を採用して本田六段を降すと、斎藤(慎)八段と渡辺(明)九段を倒して決勝に駒を進めました。

数々の名勝負を繰り広げてきた両者の対戦成績は藤井竜王名人の21勝11敗で、今年2月に行われた朝日杯で豊島九段がまさかの詰み逃しで逆転負けを喫して以来の対局となります。かつて「藤井さんの全盛期に戦うことを目標にしている」と語った豊島九段が、全冠制覇に向かって驀進する藤井竜王名人に対してどのような将棋を見せるのか、大変注目される一局となりました。


戦型は相雁木

振り駒で先手となった藤井竜王名人が角換わりに誘導しますが、豊島九段は角道を開けず、相雁木系の将棋となります。豊島九段が△5三銀右と上がる趣向を見せると、藤井竜王名人は飛先の歩を交換し、早くも30分の熟考で4筋の歩を突いて右銀の活用を図ります。豊島九段は想定通りなのかあまり時間を使わず淡々と駒組みを進め、角を5筋に引いて右辺への転回を図ると、藤井竜王名人は6筋の歩を伸ばして角道を通します。

藤井竜王名人は右四間飛車

豊島九段が桂を3筋に跳ねて備えると、藤井竜王名人は銀を5筋に腰掛けて6筋の歩を支えます。豊島九段は角を7筋に転回し、藤井竜王名人が飛車を回して4筋の歩を支えると、右金を4筋に寄って固めます。藤井竜王名人が3筋の歩を突いて右桂の活用を図ると、豊島九段が次の44手目を考慮中に昼休となりました。各5時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王名人が3時間13分、豊島九段が3時間48分となっています。

慎重な駒組み

昼休が明けてすぐに豊島九段が1筋の端歩を突くと、藤井竜王名人も1筋の歩を突き合います。豊島九段は37分の熟考で玉を3筋に寄り、藤井竜王名人が3筋に桂を跳ねると、更に深く2筋に寄ります。藤井竜王名人が飛車を引いて下段飛車に構えると、豊島九段は2筋の歩を突いて玉の懐を拡げます。

急所の垂れ歩

藤井竜王名人が57分の長考で6筋の歩を突き捨て、1筋の歩も突き捨てて3筋の歩をぶつけると、豊島九段は28分の熟考で8筋の歩を突き捨て△8七歩と垂らします。藤井竜王名人が▲1四歩と垂らすと、豊島九段は3筋の歩を取ります。藤井竜王名人は1筋の香を走り、豊島九段が歩で受けると、4筋の歩をぶつけます。盤面全体に戦火が拡がり、両者とも慎重に時間を使っています。

2枚替え

豊島九段が6筋の歩を伸ばして角の利きを3筋の桂に当てると、藤井竜王名人は4筋の歩を取り込んで銀に当てます。豊島九段が銀で歩を取ると、藤井竜王名人は▲4四同角と食いちぎり、角と銀2枚を交換します。豊島九段が歩で飛車を追うと、藤井竜王名人は残り1時間を切り、飛車で5筋の歩を取ります。ずっとほぼ互角を維持していたAIの評価値は、藤井竜王名人の60%とわずかに傾いています。

揺れる評価値

豊島九段が6筋の歩を伸ばして銀に当てると、取ると飛金両取りがあるので、藤井竜王名人は▲6二歩と飛車と角の焦点に垂らします。AIの評価値は豊島九段の57%と振れますが、時間の経過とともにまったくの互角に戻ります。豊島九段が次の74手目を考慮中に夕休となりました。残り時間は藤井竜王名人が52分、豊島九段も残り1時間を切り50分となっています。

藤井竜王名人の竜と豊島九段の馬

豊島九段が夕休を挟む24分の熟考で銀を歩で取ると、藤井竜王名人は飛車を成って王手します。豊島九段が持ち駒を温存して玉を上がってかわすと、藤井竜王名人は6筋の"と金"を銀で取ります。豊島九段は3筋の桂を取って馬を作りますが、藤井竜王名人は▲3四銀と打って後手の玉頭を押さえます。AIの評価値は再び藤井竜王名人の60%とわずかに傾いています。

藤井竜王名人が攻勢

豊島九段は玉頭に銀を打って補強しますが、藤井竜王名人は1筋から歩と香を成り捨て、玉で取らせてから竜で香を取って王手します。豊島九段は香で合い駒し、藤井竜王名人が銀を打って追撃すると、金を寄って受けます。藤井竜王名人が馬取りに香を打つと、豊島九段は馬を1筋に引いて玉頭の守りに利かせます。藤井竜王名人は歩で馬頭を叩いて位置をずらし、2筋で銀交換してから1筋の香を銀で取って畳み掛けます。

後手玉を巡る攻防

豊島九段が金で取ると、藤井竜王名人は銀を捨てて玉を吊り上げ、竜で金を取り返して王手します。豊島九段が歩で合い駒すると、藤井竜王名人は再び馬頭を歩で叩きます。豊島九段が△8八銀と王手すると、藤井竜王名人は玉を6筋に寄ってかわします。1分将棋に突入した豊島九段が馬を3筋に引いて竜に当てると、藤井竜王名人は香で王手してから竜で歩を取ってかわします。難解な終盤戦となり、AIの評価値は一手指す毎に大きく揺れ、どちらが勝つのかわからない激戦となっています。

両者1分将棋の激闘

豊島九段が歩で先手の玉頭を叩くと、藤井竜王名人も1分将棋となり、玉で歩を取ります。豊島九段が馬を4筋に寄せて自玉の退路を作りつつ先手陣を睨むと、藤井竜王は金を8筋の銀と刺し違え、4筋に銀を打って後手玉の上部脱出を防ぎます。豊島九段は7筋に銀を打って王手し、更に△2六角と王手して守りにも利かせます。藤井竜王名人が玉を4筋にかわすと、豊島九段は玉を3筋に早逃げします。AIの評価値は藤井竜王名人の95%と大きく傾きますが、まだまだ先の見えない戦いが続きます。

後手玉の中央への脱出

藤井竜王名人が1筋に金を打って詰めろを掛けると、豊島九段は桂を打って逃れます。藤井竜王名人が2筋に歩を打って角を捕獲すると、豊島九段は馬を5筋に寄って自玉の退路を作ります。藤井竜王名人は歩で後手玉の退路を塞ぎ、豊島九段が桂で歩を取り除くと、歩で角を取ります。豊島九段は玉を4筋に早逃げし、藤井竜王名人が6筋の歩を成って王手飛車を狙うと、飛車を9筋に寄せて凌ぎます。

豊島九段の反撃

藤井竜王名人が銀を5筋に上がって後手玉に迫ると、豊島九段は取られそうな桂を3筋に跳ねて王手し、更に馬を2筋に飛び込んで王手を続けます。藤井竜王名人が香を上がって逃れると、豊島九段はじっと"と金"を7筋に寄せて手を渡します。藤井竜王名人は慌てた手つきで3筋の桂取りに歩を打ちますが、升目の左端をはみ出して置かれた歩は自信のなさを表しているかのようです。豊島九段が2筋に銀を打って詰めろを掛けると、藤井竜王名人は銀を引いて香に紐を付けますが、AIの評価値は豊島九段の63%と逆転模様です。

藤井竜王名人の逆襲

豊島九段が"と金"を6筋に寄せて先手玉に圧力を掛けると、藤井竜王名人は歩で3筋の桂を取って"と金"を作ります。豊島九段は銀で香を取って王手し、更に"と金"で金を取って王手してから馬で銀を取って詰めろを掛けます。藤井竜王名人は竜で王手し、豊島九段が香で合い駒すると、5筋と6筋に桂を打って連続王手します。AIは玉を引いてかわす手を推奨していますが、間接的に先手の竜の利きに入って危険に見える場所なので、豊島九段は解説者が「ごく自然」と言う6筋に寄ってかわします。AIの評価値は再び藤井竜王名人の97%と大きく傾きます。

死闘の結末

少し肩を落としていた藤井竜王名人は気を取り直したように歩で王手し、更に角と銀で王手を続けて自玉の詰めろを解除し、竜で香を取って詰めろを掛けます。豊島九段が玉頭に歩を打って先手から香を打たれるのを防ぐと、藤井竜王名人は竜を引いて王手を掛けつつ自玉の守りにも利かせて万全を期します。盤面を見つめて秒読みの声を聞いていた豊島九段は、駒台に手をかざして投了を告げ、159手の激闘に終止符を打ちました。

まとめ

本局は豊島九段が角換わりを回避し、定跡を離れた力勝負を挑みました。藤井竜王名人が竜を作って先攻し優勢の局面を築きましたが、豊島九段は決め手を与えず1筋から中央に玉を脱出させ、執念の反撃で先手玉を追い詰め形勢を好転させました。藤井竜王名人は連続王手で後手玉に迫りながら詰めろを逃れ、竜を自玉の守りに利かせながら王手する盤石の寄せで激闘を制しました。ともに1分将棋になってからも死力を尽くし、50手に及ぶ手に汗握る攻防を繰り広げた両雄に、心からの拍手を贈りたいと思います。

死闘を物語る評価値推移

全冠制覇に向け最後に残された永瀬王座への挑戦権を獲得した藤井竜王名人は、感想戦後の記者会見で「昨年の棋聖戦の時にはこちらの防衛戦という形だったので、今回はこちらが挑戦者として対戦できるのは楽しみですし、全力を尽くして良いシリーズにできればという思いが強いです」と話しました。1つ負ければ終わりというトーナメントの壁を乗り越えた藤井竜王名人には、内容の濃い将棋で五番勝負を制し、全国の将棋ファンが注目する前人未到の全八冠制覇を成し遂げて欲しいと期待します。
惜しくも2期連続の王座挑戦を逃した豊島九段には、まだまだ藤井竜王名人の好敵手としてタイトル戦に登場することを楽しみにしたいと思います。

王座戦は日本経済新聞社・日本将棋連盟が主催しています。
本稿は王座戦における棋譜利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ouza)に従っています。

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