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「観る将」が観た第36期竜王戦第一局

10月6-7日、藤井聡太竜王(名人・王位・叡王・棋王・王将・棋聖)に伊藤匠七段が挑戦する、第36期竜王戦七番勝負が東京のセルリアンタワー能楽堂で開幕しました。21歳の藤井竜王と20歳の伊藤七段は同学年で、タイトルホルダーと挑戦者の年齢を足して41歳は、史上最も若いタイトル戦だそうです。

両者はこれまで2戦して藤井竜王が2勝していますが、伸び盛りの2人にとって過去の対戦成績は関係ありません。今後の将棋界を背負って立つ2人のタイトル戦の歴史の幕開けであり、後世に語り継がれる名局が生まれることを期待しています。

藤井竜王は、並行して行われている王座戦で奪取に成功すれば、将棋界の全八冠制覇という偉業を達成します。竜王戦は第34期に豊島竜王(当時)から奪取し、前期は挑戦者の広瀬八段を退けて連覇を果たしています。

伊藤七段は今期、ランキング戦5組で優勝して決勝トーナメントに進出し、1回戦から出口六段、大石七段、広瀬八段、丸山九段、稲葉八段を撃破し、挑決三番勝負では永瀬王座に連勝して挑戦権を獲得しています。5組からの挑戦権獲得は竜王戦史上初の快挙であり、ランキング戦から数えて12連勝で掴んだ自身初のタイトル挑戦です。伊藤七段のここまでの快進撃については、下記マガジンにまとめましたので、興味がありましたらご参照ください。

前夜祭では、伊藤七段は緊張した面持ちで「藤井竜王とのタイトル戦ということで色々と感慨深いものがありますが、そういった気持ちを明日からの対局では盤上で表現していけたらと思っています」、藤井竜王は笑顔も交えながら「明日からの対局となりますので、2日間全力を尽くして面白い内容の将棋にできるよう精一杯戦っていきたいと思っています」と決意表明しています。


伊藤七段が先手

能楽堂に設けられた厳かな雰囲気の対局場に、伊藤七段が紺色の着物と細い縦縞の袴に濃紺に淡い文様の入った羽織で入場すると、藤井竜王は茄子紺の着物と灰色の袴に水色の着物で入場します。藤井竜王が大橋流で、伊藤七段が伊藤流(*)で駒を並べると、振り駒は"と金"が4枚出て第一局は伊藤七段の先手と決まります。

(*)伊藤流は江戸時代の家元「伊藤家」に由来し、並べている途中で飛角香が相手陣に直射しないよう配慮し、飛角香より先に歩を並べる奥ゆかしい流儀です。現在の棋士の中では少数派で、伊藤七段は「伊藤家」と直接的な関係はありませんが、同姓の縁を感じて採用しているそうです。

戦型は相掛かり

先手の伊藤七段が相掛かりに誘導し、藤井竜王は受けて立ちます。伊藤七段は角を7筋に上がり、藤井竜王が角交換すると、▲7七同金と現代調の駒組みを進めます。藤井竜王は7筋に桂を跳ねて飛香両取りを防ぎ、伊藤七段が飛先の歩を交換すると、8筋を継ぎ歩で攻めます。

伊藤七段の自陣角

伊藤七段は7筋の歩をぶつけて反発し、藤井竜王が8筋の歩を取り込むと、歩で受けてから7筋の歩を取り込みます。藤井竜王は飛車で歩を取り、伊藤七段が左右を睨む好所に▲5六角と据えて飛車に当てると、飛車を五段目に浮いてかわします。伊藤七段が浮き駒になっている銀を6筋に上がって陣形を整えると、藤井竜王は8筋の歩を成り捨てます。お互いに研究の範囲なのか、両者ともあまり時間を使わずに指し進めています。

藤井竜王の角

伊藤七段が8筋の"と金"を歩で取ると、初めて手を止めた藤井竜王は20分の熟考で3筋に桂を跳ねます。伊藤七段が1筋の歩をぶつけると、藤井竜王は更に65分の長考で△8八角と打ち込んで香に当てます。伊藤七段が次の45手目を30分以上考えて、昼休の時刻となりました。各8時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王が6時間11分、伊藤七段が6時間43分となっています。

中盤の難所

伊藤七段は昼休を挟む44分の長考で香を上がってかわし、藤井竜王が49分の熟考で1筋の歩を取ると、更に129分の大長考で4筋の歩を伸ばします。中盤の難所に差し掛かり、両者とも慎重に時間を投じて指し手を選んでいますが、AIの評価値は藤井竜王の57%とわずかに傾いているようです。

初めての封じ手

藤井竜王は7筋の金頭を歩で叩き、伊藤七段が金を8筋に上がって飛車に当てると、飛車で4筋の歩を取って先手の角の利きに差し出します。この飛車を取ると桂で取り返された手が自陣の急所に効いてくるので、伊藤七段は43分熟考し、次の51手目を封じました。残り時間は藤井竜王が4時間40分、伊藤七段が3時間47分と1時間近い差が付いています。

飛角交換の決断

伊藤七段の封じ手は、あまり予想されていなかった、銀を3筋に上がって飛車に当てる手でした。藤井竜王が飛車を前に1つ進めてかわすと、伊藤七段は銀を元の位置に戻して千日手を打診します。藤井竜王が54分の長考で飛車を角と刺し違え、2筋に歩を打って先手の飛車を追うと、伊藤七段は3筋の横歩を取ります。AIの評価値は藤井竜王の66%と更に傾いてきました。

桂の取り合い

藤井竜王は手にした角を先手陣に打ち込み、伊藤七段が7筋の桂頭を歩で叩くと、角で桂を取って馬を作ります。伊藤七段が7筋の桂を取り、6筋に桂を打って7筋の銀に当てると、次の64手目を藤井竜王が考慮中に昼休となりました。残り時間は藤井竜王が2時間24分、伊藤七段が2時間41分と拮抗しています。

玉頭を狙う桂跳ね

昼休が明けると、藤井竜王は銀を6筋に引いてかわし、伊藤七段が飛車を7筋に回すと、△4五桂と跳ねて先手の玉頭を狙います。伊藤七段が95分長考して金で7筋の歩を取ると、藤井竜王は金銀両取りに桂を打ちます。伊藤七段は残り54分となり、4筋に歩を合わせて後手玉のコビンに空間を作ってから、4筋の桂取りに歩を打ち、藤井竜王が角で9筋の香を取って馬を作ると、歩で自陣に迫る桂を取り返します。

万全の寄せ

藤井竜王が4筋の空いたスペースに香を打って先手玉を守る金に当てると、伊藤七段は構わず▲3六桂と控えて打ち、王手金取りを狙います。藤井竜王は慎重に22分考えて玉を引いて先受けし、伊藤七段が金取りに桂を跳ねると、桂で5筋の銀を取り、香で先手玉の横の金を取り、△4七銀と打って詰めろを掛けます。先手玉は自陣に飛車を打つ以外に受けはなく、伊藤七段は潔く投了を告げました。

まとめ

本局は伊藤七段が得意の相掛かりに誘導し、お互いの深い研究によりテンポ良く指し手が進みました。先に研究を外れたと思われる藤井竜王が1時間超えの長考で先手陣に角を打ち込むと、伊藤七段も研究を外れたのか長考を重ねました。藤井竜王は伊藤七段が4筋の歩を伸ばしたのを逆用し、飛車を先手の角の利きに差し出して主導権を握りました。伊藤七段は後手陣への攻めの糸口を探りましたが、藤井竜王は相手の指し手に乗じて先手玉に迫り、そのまま寄せ切る快勝となりました。
対局後のインタビューで、先勝した藤井竜王は「本局も色々難しい将棋だったと思うので、しっかり振り返って第二局に向けて準備をしていきたいと思います」と話しました。研究の広さ・深さに加え、研究を外れてからも的確な指し手を続ける安定感には凄みを感じます。
敗れた伊藤七段は「もう少し良い内容の将棋を指さないといけないと思います」と話しました。初めてのタイトル戦、しかも初めての2日制の対局で、色々慣れない点があったと思いますが、次局以降は本来の力を出し切って熱戦になるよう期待します。

竜王戦は読売新聞社が主催しています。
本稿は竜王戦・棋譜等利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ryuuou)に従っています。

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