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「観る将」が観た第82期名人戦七番勝負第一局

4月10-11日、第82期名人戦七番勝負が、恒例となっているホテル椿山荘東京で開幕しました。全八冠を有する藤井聡太名人に挑戦するのは、第77期に名人を獲得した豊島将之九段です。


両者のプロフィール

藤井名人は前期初挑戦で名人を奪取し、20歳10か月での史上最年少名人となりました。これまでタイトル戦に21回登場し、敗退したことがありません。また昨年の王座戦第二局以降、タイトル戦15連勝中と抜群の安定感です。
藤井名人はプロ入り後、豊島九段に6連敗となかなか勝てませんでしたが、タイトル戦で顔を合わせるようになってから巻き返し、現時点での対戦成績は22勝11敗と圧倒しています。しかし全棋士の中で最も多く負けているのが豊島九段であり、名局賞を受賞した2021年度の竜王戦第四局や2023年度の王座戦挑戦者決定戦を始め、終盤までどちらが勝つのかわからない熱戦を数多く残してきた最大の好敵手だと思います。

豊島九段は今期順位戦A級を7勝2敗で制し、5年ぶりの挑戦権を獲得しました。豊島九段が前回名人位に就いた際に藤井七段(当時)の印象を聞かれ、「彼が5年後か10年後かわからないですけど一番強くなるであろう時に、自分もなんとか戦えるようにしたいと思っています」と答えたのは有名な話ですが、まさに5年後、絶頂期を迎えつつある藤井名人との戦いの場に舞い戻ってきました。
2021年に竜王位を失って以降、やや不振と思われる時期が続きましたが、昨年辺りからは振り飛車を指してみたり、村田システム風の駒組みで角換わりを避けてみたりと、藤井名人と戦うために試行錯誤してきた感があります。これまで藤井名人にもっとも多くの黒星を付けてきた豊島九段がニュースタイルで臨む七番勝負は、将棋ファンならずとも大注目のシリーズとなりそうです。

前夜祭では、豊島九段は「藤井名人との対局ということで大変な強敵ですけれど、自分なりに精一杯指して良い対局を皆様に観ていただけるように頑張りたいと思っています」、藤井名人は「明日からの対局では最大限集中して読みを深めて、観ていただく方に楽しんでいただける将棋が指せればと思っています」と挨拶しています。

豊島九段の趣向

広い和室に設けられた対局室に、豊島九段が亜麻色の着物に青灰色の袴と淡い若竹色の羽織で入室すると、藤井名人は水色の着物に灰緑の袴と紺色の羽織で入室します。振り駒で先手となった藤井名人が飛先の歩を突くと、豊島九段は2手目に角道を開け、4手目に9筋の端歩を突く趣向を見せます。

戦型は横歩取りに

藤井名人は玉を6筋に上がり、豊島九段が飛先の歩を突くと、2筋の歩を交換します。豊島九段も8筋の歩を伸ばして交換すると、藤井名人は26分熟考して飛車で3筋の歩を取り、横歩取り模様の将棋となります。豊島九段が角を交換し、2筋に角を打ち込んで金に当てると、藤井名人は早くも89分の長考で、金を上がってかわします。次の22手目を豊島九段が考慮中、昼休となりました。各9時間の持ち時間の内、残り時間は藤井名人が6時間53分、豊島九段が8時間21分となっています。

馬を作り合っての激しい展開へ

豊島九段は研究を外されたのか、昼休を挟む102分の大長考で△4五角成と馬を作って飛車に当て、藤井名人が2筋にかわすと、桂頭に歩を打って守ります。藤井名人は飛車取りに角を打ち、豊島九段が飛車を7筋に寄って角に当て返すと、▲5三角成と馬を作ります。

馬交換

豊島九段は左銀を上がって馬を追い、藤井名人が馬を引いてぶつけると、馬を交換してから玉を4筋にかわします。藤井名人は7筋に桂を跳ね、豊島九段が47分の熟考で飛車を引いてぶつけると、飛車を引いてかわします。豊島九段は飛車を2筋に回し、藤井名人が歩で飛成を防ぐと、8筋に戻します。

豊島九段が封じ手

藤井名人が玉を5筋に寄せると、豊島九段の考慮中に定刻となり、次の40手目を封じました。激しい変化を秘めた局面が続きましたが、盤上から馬が消えていったん落ち着き、AIの評価値はほぼ互角を示しています。残り時間は藤井名人が5時間11分、豊島九段が4時間41分と拮抗しています。

両者小刻みに時間を使っての陣形整備

豊島九段の封じ手は、7筋の銀を上がって陣形を整える手でした。藤井名人は8筋の銀を上がって銀冠の形に組み、豊島九段が7筋の歩を突くと、8筋の飛頭を歩で叩いて押し返してから飛車を8筋に回します。豊島九段は玉を3筋に寄せ、藤井名人も玉を4筋に引くと、7筋の銀を繰り出します。藤井名人が銀を7筋に上がって備えると、豊島九段が次の50手目を考慮中に昼休となりました。残り時間は藤井名人が3時間48分、豊島九段が3時間10分となっています。

豊島九段が意表を突く角打ち

豊島九段は昼休を挟む24分の熟考で、飛車取りに△9五角と打ちます。ABEMA解説の佐藤(康)九段が「えっ!」と声を上げる意表を突く手ですが、藤井名人が少考で飛車を下段に引くと、豊島九段は7筋の歩を伸ばして8筋に銀を引かせ、銀を6筋に前進します。

ジリジリした展開

藤井名人は34分の熟考で6筋の歩を突いて桂を跳ねる足場を作り、豊島九段が角を6筋に引くと、金を上がって6筋の歩を支えます。豊島九段は4筋の好所に角を飛び出し、藤井名人が玉を3筋に上がると、桂を3筋に跳ねて自玉の懐を拡げます。藤井名人が42分の熟考で5筋の歩を突くと、豊島九段は金を5筋に寄せて守りを固めます。

藤井名人が後手陣を睨む角打ち

藤井名人が▲4六角と据えて間接的に飛車を睨むと、豊島九段は次の64手目を40分以上考えて夕休となりました。両者とも自陣の隙を消して間合いを測り、AIの評価値はまったくの互角です。残り時間も藤井名人が1時間28分、豊島九段が1時間38分と拮抗しています。

ついに開戦

豊島九段が夕休を挟む43分の長考で飛車を5筋に回すと、藤井名人は6筋の歩を伸ばして銀を引かせ、8筋の歩を伸ばします。豊島九段が8筋の銀頭を歩で叩いて上ずらせ、7筋の歩を伸ばして桂に当てると、残り1時間を切った藤井名人は桂を8筋に跳ねてかわしつつ銀に当てます。AIの評価値は豊島九段の55%とわずかに傾いています。

豊島九段が攻勢

豊島九段は銀を8筋に上がってかわし、藤井名人が角で9筋の香を取って馬を作ると、銀で桂を食いちぎってから7筋に"と金"を作って金に当てます。藤井名人は金を5筋に寄ってかわし、豊島九段が"と金"を前進して飛車に当てると、飛車を4筋にかわします。豊島九段は"と金"を6筋に寄り、藤井名人が6筋の歩を突き捨ててから▲6九歩と"と金"に当てると、取られそうな自陣の桂を9筋に跳ねて銀に当てます。

飛銀交換

藤井名人が銀を7筋に前進してかわすと、残り1時間を切った豊島九段は△2六桂と王手します。藤井名人は玉を2筋に上がってかわし、豊島九段が銀取りに歩を打つと、銀桂交換に応じます。豊島九段は飛車取りに銀を打ち、藤井名人が6筋に銀を飛び込んで飛車に当てると、飛銀交換してから3筋に歩を打って先手の玉頭に空間を作ります。

香の犠打

豊島九段は金取りに△4五桂と跳ね、藤井名人が3筋に香を打ち、歩で合い駒させてから金を4筋に上がってかわすと、桂を5筋に飛び込んで金に当てます。藤井名人は金を上がってかわし、豊島九段が4筋の香を取ると、自陣の"と金"を取って局面を落ち着かせます。

藤井名人の反撃

豊島九段は飛車を先手陣に打ち込み、藤井名人が残り7分まで考えて2筋に桂を打って金に当てると、桂取りに香を打って間接的に先手陣を睨みます。藤井名人は飛銀交換して後手陣に飛車を打ち込んで王手し、豊島九段が持ち駒の銀で合い駒すると、4筋の金を前進して角に当てます。ほぼ互角の範囲で揺れいていたAIの評価値は、豊島九段の75%と傾いてきました。

ギリギリの攻防

豊島九段は2筋に桂を打って王手し、藤井名人が玉を上がってかわすと、取られそうな角で香を取って馬を作ります。藤井名人は馬を6筋に引いて攻防の要所に引き付け、豊島九段が竜を作って王手すると、玉を4筋に上がってかわします。豊島九段はノータイムで△4四香と打ち、金と玉を田楽刺しにしますが、AIの評価値は再びほぼ互角に戻ります。

自陣桂の活用

藤井名人は玉で5筋の桂を取り、豊島九段が香で金を取ると、8筋に歩を打って後手の馬の利きを止めます。豊島九段が竜を7筋に回して挟撃態勢を作ると、藤井名人は自陣の桂を3筋に跳ねます。佐藤(康)九段によれば、この手が詰めろになっているようで、AIの評価値は藤井名人の69%と逆転模様です。

鮮やかな寄せ

豊島九段は残り7分まで考えて竜を引いて王手し、藤井名人が銀で合い駒すると、金を打って王手を続けてから、竜で8筋の歩を取って飛車と交換し、馬を自陣の守りに利かせます。藤井名人は桂を4筋に跳ねて香を取り、豊島九段が桂先の銀で受けると、後手陣に再度飛車を打ち込んで馬に当てます。豊島九段が飛車を打って馬に紐を付けると、藤井名人は▲4一銀と王手します。この銀を取ると詰みがあり、逃げても必至になるようで、豊島九段は心を落ち着けるかのように盤面を見つめ、1分将棋の秒読みを聞きながら投了を告げました。

まとめ

本局は後手の豊島九段が趣向を見せ、藤井名人は強く応じて横歩取り模様の将棋となりました。お互いに馬を作って激しい展開になるかと思われましたが、馬が盤上から消えて序盤戦に戻り、ジリジリした駒組みが続きました。2日目の夕休明け、ついに藤井名人が仕掛け、豊島九段が攻勢に転じて優勢の局面を築きましたが、厳しい手に見えた香の田楽刺しが逆に先手玉に一息つかせる形となりました。藤井名人は自陣の桂を活用して後手陣に迫り、優勢に転じてからわずか10数手で受けなしに追い込む鮮やかな寄せを魅せ、大熱戦を制しました。
対局後、先勝した藤井名人は「内容的には結構押されている時間が長い将棋だったと思うので、しっかり振り返ってまた次局に繋げられればと思います」と反省を口にしました。惜しくも敗れた豊島九段は「しっかり準備して、また頑張りたいと思います」と話しており、次局以降の巻き返しに期待したいと思います。

名人戦は朝日新聞社・毎日新聞社・日本将棋連盟が主催しています。
本稿は名人戦・順位戦における棋譜利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#junni)に従っています。

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