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「観る将」が観た第14回朝日杯将棋オープン準決勝・決勝

2月11日に朝日杯の準決勝と決勝が行われました。今回は本戦トーナメントの左の山に、現将棋界の四強がすべて入る形となり、既に2回戦からタイトルホルダーが激突しています。準決勝では、永瀬王座を破った渡辺名人と、豊島竜王を破った藤井二冠が顔を合わせました。右の山からは、木村九段を破った三浦九段と、一次予選から躍進した西田四段が対局します。

■準決勝 渡辺名人vs藤井二冠

振り駒で先手となった渡辺名人が相掛かりに誘導し、藤井二冠も受けて立ち先に飛先の歩を交換します。王将戦第三局と似た出だしになりましたが、渡辺名人は早々に1筋の歩を突く新手を見せます。序盤から8筋と1筋で駒を取り合う激しい将棋となりましたが、藤井二冠もある程度想定していたのか、それ程長考に沈むことなく互角の形勢を維持しています。

渡辺名人が飛桂、藤井二冠が角銀を取り合う形となり、ここから渡辺名人は▲4五桂~▲6五桂打と狙いの玉頭攻めを決行します。この辺りから難しい中盤戦となり、両者熟考を重ねています。藤井二冠は△5四銀から4五の桂を取りますが、渡辺名人は▲7三桂不成と金銀両取りに跳ねます。渡辺名人が銀を取った後▲8九香と金取りに打ち、62-63手目から両者1分将棋となりました。

渡辺名人は香を犠牲に金の位置をずらして▲7一飛と敵陣に打ち込みます。ここで渡辺名人が▲2四歩と打った手が藤井二冠の読みになかったようで、左右から挟撃される形となり、AIの評価値も渡辺名人に振れてきたようです。

苦しくなってきた藤井二冠は、角と馬で相手陣に迫りますが、渡辺名人は落ち着いて▲6六金と守りを固めます。藤井陣は角や銀を渡すと1手詰みの形になっており、AIの評価値は渡辺名人が90%以上と勝勢を示しています。

藤井二冠は△4五桂と王手してから、△4四歩と脱出路を作ります。渡辺名人は角で王手し、藤井二冠に持ち駒の金で合い駒させることで相手の攻撃力を削ぎ、AIの評価値はついに99%まで振れています。藤井二冠は絶体絶命と思われましたが、△5五香と飛車取りに打って逃げ道を確保し、苦しいながらも決定打は与えていないようです。Abemaでは広瀬八段が形勢を「体感的には65%くらい」と解説しており、まだまだ勝負の行方は分かりません。

藤井二冠はついにマスクを外し、逆転の糸口を探ります。渡辺名人が▲8七香と王手すると、藤井二冠はお茶に手を伸ばしながら相手の様子を確認し、中合いに△8五歩と打ちます。藤井二冠は対局後、ここで▲同香とされれば負けという手順を示しましたが、渡辺名人にはこの手順が見えず▲8四歩と打ちました。この瞬間、Abema観戦中の日本中の将棋ファンは目を見張ったのではないでしょうか。AIの評価値は急転直下、藤井二冠が96%と大逆転を示しています。Abema聞き手の村田女流二段も「えっ、あのちょっと。AIの…逆転って出ちゃってる。ん?」と動揺しつつ伝えています。こうなるともう藤井二冠は間違えず、渡辺名人の王手が続かなくなると△5七銀から反撃し、最後は長手数の即詰みに討ち取りました。

本局は、渡辺名人が研究手順に誘い込みましたが、藤井二冠も適切に対処し、激しいながらも互角の序盤戦となりました。中盤に入り、相手陣の左辺を攻めていた渡辺名人が右辺からの挟撃体制を作って優勢となり、着実にリードを拡げて勝勢を築いたように見えました。しかし粘り強く指し続けた藤井二冠が、一瞬の隙を逃さず逆襲して勝利を収めました。

渡辺名人は自身のブログに「最後は残念ではありましたが、その前を思えば、あの時点では難解な1通りしか勝ちがないくらいに追い詰められていました。二枚の角をXのように大きく使って粘られて、勝っているはずのこちらが余裕がなくなっていった、という終盤戦でした。」と記しています。70手以上1分将棋が続く中、死力を尽くして戦い抜いた両雄に拍手を贈りたいと思います。

■決勝 藤井二冠vs三浦九段

四強が全員入った厳しいブロックを勝ち抜いた藤井二冠の決勝の相手は、今回の朝日杯で旋風を巻き起こした西田四段を破った三浦九段となりました。

振り駒で後手となった三浦九段は横歩取りに誘導し、いきなり角交換して△3三角と打つ前例の少ない激しい作戦を採用しました。ここで▲2八飛と引いた藤井二冠は、早くも作戦負けを感じていたようで、三浦九段ペースの序盤戦となったようです。

藤井二冠は、2筋に打たれた歩を金で払います。陣形がバラバラになりましたが、この金を中段から戦場に戻しギリギリのところで均衡を保ちます。丁寧に受け続けてきた藤井二冠は、相手の△7七桂成に対し、銀を犠牲にして桂で飛車取りの先手を得て反撃に転じます。まだ中盤の難しい局面ですが既に秒読みに追われている藤井二冠は、桂を5段目に並べ▲5二歩~▲5三歩~▲2三歩と相手陣の急所に歩を連打し、瞬く間に相手陣を窮屈な形に追い込みました。AIの評価値も、若干藤井二冠に振れてきたようです。

藤井二冠が▲5四桂と打ち、三浦陣はいよいよ追い詰められていきます。しかしここで三浦九段が指した△3三金が藤井二冠の読みにない好手だったようです。藤井二冠が飛車の活用を図った隙に、三浦九段は△5六歩と王手します。4か所の逃げ場所がありましたが、読みを外されて少し混乱していたのか、藤井二冠が選択したのは自ら戦場に飛び込むような▲4六王でした。この手はやはり危険だったようで、AIの評価値が三浦九段84%と大きく振れます。藤井二冠は更に飛車で角を取り攻め合いに賭けますが、AIの評価値は三浦九段98%となり敗色濃厚に見えました。

三浦九段は△4五歩~△5五金と王手し、相手玉を捕まえに行きます。AIは△5五金のところで△5五歩と歩の王手を推奨していましたが、三浦九段は強く金を打ったため形勢はまた混沌としてきました。三浦九段の王手が続き、藤井玉はフワフワと敵陣に近付いていきます。ついに藤井玉は3三の地点に侵入しましたが、敵陣の銀と飛車に挟まれて身動きが取れません。

藤井二冠はここで飛車の横利きを止める▲4四銀と打ち、三浦九段は「ひぁ~」とため息をつきます。この手は三浦九段の読みにない手だったようで、何度も自分の頭を叩く仕草をしながら指した△3二銀が敗着となりました。藤井玉は再び自陣に向かってするすると逃げていきます。最後は三浦九段の攻めが尽き、藤井二冠が即詰みに討ち取りました。

本局も、三浦九段が早指し棋戦向けに準備した研究手順に誘い込みましたが、藤井二冠は決め手を与えず丁寧に受けてから攻め合いに転じました。序盤から時間を使わされ早々に秒読みとなった藤井二冠が王の逃げ方を誤り、一時は三浦九段の勝勢となりましたが、王自ら中央突破を図るような藤井二冠の強気の受けに三浦九段も最善手を見付けられず、どちらが勝つのかわからない大熱戦となりました。

対局後に三浦九段は「まあ、藤井さんなんでしょうがないですね」と語りましたが、表情には勝ちを逃した悔しさがにじみ出ていました。全力で勝ちにいった三浦九段の想いが、全国の将棋ファンをワクワクさせる朝日杯決勝に相応しい名局を生み出したように思います。

■藤井二冠が朝日杯4回目の参戦で3回目の優勝

長考派と言われる藤井二冠ですが、早指し棋戦である朝日杯は相性の良い棋戦と言えそうです。持ち時間40分なので終盤は両者1分将棋になりますが、持ち時間が切れても1手60秒考えられるので、藤井二冠の驚異的な終盤力が活かされるのだろうと思います。1手30秒になる棋戦はこれまで苦戦してきましたが、今年度は銀河戦で初優勝し30秒将棋にも慣れてきているようなので、来年度はNHK杯やJT杯での活躍も期待したいと思います。

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