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「観る将」が観た第36期竜王戦第二局

10月17-18日、第36期竜王戦七番勝負第二局が京都市の総本山仁和寺で行われました。藤井聡太竜王にとっては八冠として臨む初めての対局であり、白星で飾って竜王防衛に前進したい一局となりました。第一局を落とした伊藤匠七段としては、何としても勝ってタイスコアに戻したいところです。

前日に行われた主催者インタビューで、藤井竜王は「改めて立場の重みを感じますし、より高いレベルの内容を求められると思うので、それに応えられる将棋を指せるように頑張りたい」と話しています。伊藤七段は「藤井竜王は絶対王者という印象でしたので、自分としてはぶつかっていくことに変わりはないと思っています。大舞台を一局経験できましたので、時間の使い方などを含めて修正して良い将棋になればと思います」と意気込みを語っています。

前夜祭では、伊藤七段が「八冠達成、本当におめでとうございます」と祝福する異例の一幕もあり、藤井竜王は「見ていただく方に最後まで楽しんでもらえる熱戦にできるよう、全力を尽くしたいと思っています」と決意表明しています。


戦型は角換わり腰掛け銀

幻想的な襖絵を背景にした対局室に、伊藤七段が白い着物と濃紺の袴に淡い藤色の羽織で入室すると、藤井竜王は淡い水色の着物と灰色の袴に深紫の羽織で入室します。先手の藤井竜王が角換わりに誘導し、伊藤七段は受けて立ちます。藤井竜王は早めに右桂を跳ねて急戦を匂わせますが、伊藤七段が右桂を跳ねると、6筋の歩を突いて穏やかに腰掛け銀の駒組みを進めます。

藤井竜王の仕掛け

9筋の位を取った藤井竜王が4筋と1筋の歩を突き捨て、3筋の歩もぶつけると、伊藤七段は飛車を4筋に回します。藤井竜王は7筋の歩を突き捨ててから3筋の歩を取り込み、伊藤七段が銀で取ると、7筋の桂頭に歩を打って捕獲します。伊藤七段が次の52手目を考慮中に昼休となりました。各8時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王が7時間10分、伊藤七段が5時間51分と1時間以上の差が付いています。

長考の応酬

昼休が明け、伊藤七段は取られそうな桂を6筋に跳ねて取らせ、3筋の桂頭に歩を打って捕獲します。藤井竜王が▲7三歩成と飛び込んで金に当てると、伊藤七段は31分熟考して金で"と金"を取ります。藤井竜王が98分の長考で飛銀両取りに▲5二角と打つと、伊藤七段は33分の熟考で飛車を浮いてかわしつつ銀に紐を付けます。

AIの違いによる評価差

藤井竜王が更に65分の長考で4筋に金を上がって飛車のコビンを守ると、伊藤七段が27分考えたところで定刻となり、次の60手目を封じました。DeepLearningを導入したABEMA最新のAIは、藤井竜王の54%とほぼ互角を示していますが、従来型AIの評価値は藤井竜王の61%とわずかに傾いているようです。残り時間は藤井竜王が4時間20分、伊藤七段が4時間15分と拮抗しています。

藤井竜王の馬

伊藤七段の封じ手は、3筋の桂を取って歩を成る手でした。藤井竜王がすぐに金で取ると、伊藤七段は94分の長考で3筋に歩を打って銀を支えます。藤井竜王は8筋に角を引き成って馬を作り、伊藤七段が飛車を二段目に引くと、7筋の金頭に歩を打ちます。

金と銀の取り合い

伊藤七段は構わず7筋の歩を伸ばして銀に当て、藤井竜王が金を取って"と金"を作ると、銀を取り返します。伊藤七段が次の70手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値は藤井竜王の62%と傾いてきました。残り時間は藤井竜王が3時間16分、伊藤七段が1時間55分と再び1時間以上の差が付いています。

飛馬交換の応酬

昼休が明けるとすぐ、伊藤七段は7筋の金頭を歩で叩いて上ずらせ、角と銀を打ち込んで飛車を追い、△5七角成と馬を作って飛車と銀に当てます。藤井竜王が金を寄って銀に紐を付けると、伊藤七段は馬を飛車と交換し、8筋の馬頭を歩で叩きます。藤井竜王は38分の熟考で▲4一金と踏み込み、伊藤七段が飛車で取って馬との交換に応じると、藤井竜王は取った飛車を王手で打ち込みます。

藤井竜王の緩急自在の指し回し

伊藤七段が桂で合い駒すると、藤井竜王は7筋に角を打って王手します。伊藤七段が玉を3筋にかわすと、藤井竜王は飛車で桂を取って竜を作り、後手玉を2筋に追います。後手の駒台には飛角金が乗り、素人目には先手が危ないように見えますが、藤井竜王が自信に満ちた手つきで▲7七玉と早逃げすると、伊藤七段は終盤としては異例の85分の長考で残り2分となり、△7九飛と王手します。

伊藤七段の勝負手

藤井竜王は玉を8筋に上がってかわし、伊藤七段が3筋の銀を上がって先手からの桂打ちを防ぐと、36分の熟考で残り1時間を切り、その銀に当てて▲2七桂と打ちます。伊藤七段は金を打って王手し、藤井竜王が角で金を食いちぎると、△6六角とタダ捨ての王手で迫ります。AIの評価値は藤井竜王の81%と大きく傾きましたが、先手が玉をかわすと大逆転することを示しています。

薄氷の即詰み

藤井竜王が慎重に14分考えて玉で角を取ると、伊藤七段はもう1枚の角を8筋に打って王手します。藤井竜王が一見危険な玉引きでかわすと、AIの評価値は藤井竜王の57%と大きく振れます。意表を突かれたと思われる伊藤七段は1分将棋に突入し、秒読みに追われて銀をぶつけて金と交換して詰めろを掛けますが、後手玉には長手数の即詰みが生じたようで、AIの評価値も藤井竜王の99%に戻ります。藤井竜王が銀で王手すると、伊藤七段は秒読みの声を聞きながら投了を告げました。

まとめ

本局は藤井竜王が仕掛け、伊藤七段は時間を惜しまず受けに回る展開となりました。藤井竜王はわずかに優勢となりましたが、緩まずに金と馬を渡して飛車をむしり取り、後手玉を追い詰めてから早逃げするという緩急自在の指し回しで翻弄しました。伊藤七段は諦めずに長考し、角捨ての勝負手で逆転を狙いましたが、藤井竜王は自玉に詰めろを掛けさせる代わりに、後手玉を長手数の即詰みに討ち取りました。藤井竜王は八冠達成の会見で「面白い将棋を指したい」と話しましたが、優勢の局面で安全勝ちを狙うのではなく、ファンをヒヤヒヤさせながらも最短の勝ちを目指す面白い将棋を魅せてくれたように思います。
八冠として初めての対局を快勝で飾った藤井竜王は、来週行われる次局に向け、「その間に他の対局もあるので、しっかり良い状態で臨めるよう調整したいと思います」と話しました。伊藤七段は「中盤で苦しくしてしまう展開が続いているので、修正して第三局に臨みたいと思います」と話しており、次局以降も好局が続くことを期待したいと思います。

竜王戦は読売新聞社が主催しています。
本稿は竜王戦・棋譜等利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ryuuou)に従っています。

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