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「観る将」が観た第35期竜王戦第五局

11月25-26日、竜王戦七番勝負第五局が福岡県福津市の「宮地嶽神社貴賓室」で行われました。3勝1敗と防衛に王手を掛けた藤井聡太竜王(王位・叡王・王将・棋聖)が勝って一気に決着を付けるのか、広瀬章人八段が勝って意地を見せるのか、注目の一局となりました。

両者は第四局の後、順位戦でも顔を合わせており、藤井竜王が勝って対戦成績を通算9勝2敗としています。

前日のインタビューでは、藤井竜王は「防衛が掛かる一局にはなりますけれど、そのことはあまり意識せずに、これまでの対局の反省を踏まえてより良い内容の将棋にしていけるように頑張りたい」、広瀬八段は「苦しいスコアになってしまいましたけれど、ここからは一局でも多く指せるようにというのがテーマになってくると思うので、なるべくシリーズが長引くように頑張りたい」と抱負を述べています。


戦型は相掛かり

対局室に広瀬八段が白い着物と若草色の袴に紺色の羽織で入室すると、藤井竜王は茄子紺の着物と深緑の袴に明るい水色の羽織で入室します。先手の広瀬八段が相掛かりに誘導し中住まいに構えると、藤井竜王も受けて立ち40手目まで第三局と同じ進行となります。

竜王の連続長考

41手目に広瀬八段が4筋の歩を伸ばして前局とは手を変えると、藤井竜王は6筋の歩を伸ばして先後同型を維持します。広瀬八段がここで角を交換すると、藤井竜王は64分の長考で2筋の歩を突きます。広瀬八段が4筋の歩をぶつけると、藤井竜王は更に1時間ほど考えて昼休となりました。AIの評価値は全くの互角、各8時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王が5時間32分、広瀬八段が7時間22分と2時間近い差が付いています。

好所の角

昼休が明けるとすぐ、藤井竜王が昼休を挟む61分の長考で同歩と応じると、広瀬八段は飛車で2筋の歩を取ります。藤井竜王が銀で飛車を追い返し銀冠の形を作ると、広瀬八段は9筋の歩を突き捨ててから▲5七角と後手陣の左右を睨む好所に据えます。

竜王の辛抱

藤井竜王は72分の長考で8筋に歩を打ち、先手の角の9筋への利きを遮断します。広瀬八段は2筋の歩を合わせ、銀頭を叩いて1筋に引かせてから1筋の歩を突き捨てます。広瀬八段が更に桂を2筋に跳ねて援軍を送ると、藤井竜王はじっと△2二歩と打って辛抱します。広瀬八段が3筋の歩を突き捨て角で取ると、藤井竜王は桂を跳ねて反撃を準備します。

中盤の難所

中盤の難所を迎えて選択肢の広い局面となり、時間に余裕のある広瀬八段が80分長考して次の69手目を封じました。AIの評価値は全くの互角で、5つ示されている候補手の内、どれを指しても形勢は動かないようです。残り時間は一時3時間以上の差が付いていましたが、藤井竜王が3時間17分、広瀬八段が5時間15分と2時間程度の差になっています。

竜王の反撃

広瀬八段の封じ手は1筋の銀頭を歩で叩く手でした。藤井竜王がすぐに銀を引くと、広瀬八段は3筋の桂頭を叩きます。藤井竜王は桂を交換し、3筋に歩を打って受けます。広瀬八段が38分の熟考で角を4筋に飛び出すと、藤井竜王は4筋の銀頭を歩で叩きます。AIの評価値は藤井竜王の60%と少し傾いてきました。

挑戦者の長考

広瀬八段が3筋に銀を上がってかわすと、藤井竜王は金を上がって角にぶつけます。広瀬八段が▲3三角成と踏み込み、金と交換して"と金"を作ると、藤井竜王は飛車取りに△1四角と打ちます。広瀬八段が次の83手目を1時間程考えて昼休となりました。AIの評価値は藤井竜王の59%、残り時間は藤井悠王が2時間4分、広瀬八段が3時間6分と1時間程の差になっています。

竜王の2枚角

広瀬八段が昼休を挟む100分の長考で飛車を3筋に寄せてかわしつつ銀に紐を付けると、藤井竜王は銀取りに桂を打ちます。広瀬八段は王手桂取りに金を打ち、金で桂を取りますが、藤井竜王は持ち駒の角を飛車取りに△2六角と打ちます。飛車を逃げると金か銀を取られてしまうので、広瀬八段は金を引いて飛車に紐を付けますが、AIの評価値は藤井竜王の70%と大きく傾いてきました。

角と金銀の2枚替え

藤井竜王は角と飛車を交換し、先に先手陣に飛車を打ち込み2枚替えを狙いますが、AIの評価値はほぼ互角に戻ります。藤井竜王は栓抜きで飲み物の瓶の蓋を開けるのに手こずり、記録係としては珍しく和服を着用した松下初段が手を貸しています。広瀬八段は自玉の下に桂を打って自玉の退路を作りつつコビンを守りますが、藤井竜王は角と金銀の2枚替えで竜を作ります。

挑戦者の2枚角

広瀬八段が"と金"に紐を付けつつ後手陣を睨み▲4四角と打つと、藤井竜王の残り時間が1時間を切り、角に当てて金を打って自陣を強化します。広瀬八段は34分熟考して歩で竜を追い、持ち駒の角を王手で▲3四角と打ちます。藤井竜王は玉を7筋にかわしますが、広瀬八段は角で金を食いちぎり、"と金"を寄せて金に当てます。AIの評価値は広瀬八段の67%と逆転模様です。

手堅い受け

藤井竜王が自陣の飛車を5筋に寄せると、広瀬八段の残り時間も1時間を切り、"と金"を金と交換します。藤井竜王は飛車で"と金"を取って先手の玉頭攻めを目指しますが、広瀬八段は持ち駒の桂と金を打って飛車を追います。藤井竜王は△1四角と王手しますが、広瀬八段が手堅く持ち駒の金で合い駒をすると、残り10分まで考えて飛車を7筋にかわします。AIの評価値は広瀬八段の90%と大きく傾いてきました。

命綱の角

広瀬八段が桂を5筋に成って追撃すると、藤井竜王は金取りに歩を打って攻め合います。後手の角の利きが間接的に先手玉を睨んでいるため、広瀬八段は1筋の香を走って角に当てますが、藤井竜王は構わず歩で金を取ります。広瀬八段が香で角を取ると、藤井竜王は3筋の歩を成って下駄を預けます。

着実な寄せ

広瀬八段は成桂を銀と交換し、▲5二角成と馬を作って王手します。広瀬八段が持ち駒の角で王手し腹銀を打って後手玉を追い詰めると、がっくりとうつむいた藤井竜王は"と金"で王手します。広瀬八段が玉を6筋にかわすと、藤井竜王は自玉を縛る銀を飛車で取りますが、後手玉には即詰みが生じているようです。広瀬八段が王手を続けると、藤井竜王は数手指し進めてから、はっきりした声で「負けました」と頭を下げました。

まとめ

本局は広瀬八段が第三局と似た進行から工夫を見せましたが、藤井竜王は序盤から時間を惜しみなく使って均衡を保ちました。2日目に入って藤井竜王が2枚の角で先手の飛車を攻めてペースを握ったかに見えましたが、自然に見えた飛角交換からの攻撃を受け止められ、逆に広瀬八段が2枚の角で後手陣に攻め込みました。藤井竜王は時間に追われながらも細い攻めをつなぎましたが、広瀬八段は手堅く受けて後手の攻撃の拠点となっていた角を奪って勝ち切りました。
広瀬八段は2勝3敗とカド番を凌ぎ、次局に決着を持ち越しました。対局後には「まずは一局凌いだという形になったんですけど、まだまだ苦しいのは変わらないので、第六局に向けてはしっかり準備できればと思います」と話しています。
藤井竜王は6回目の七番勝負で初めて2敗目を喫しましたが「第六局はすぐにあるので、気を取り直して頑張りたい」と話しています。12月2-3日に予定されている第六局も、熱戦になることを期待したいと思います。

竜王戦は読売新聞社が主催しています。本稿は竜王戦・棋譜等利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ryuuou)に従っています。

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