見出し画像

「観る将」が観た第82期名人戦七番勝負第四局

5月18-19日、名人戦七番勝負第四局が、大分県別府市の「割烹旅館もみや」で行われました。3勝0敗と防衛まであと1勝とした藤井聡太名人が一気に決着を付けるのか、豊島将之九段が1つ返して意地を見せるのか、楽しみな一局となりました。

対局前日のインタビューでは、藤井名人は「大きな一番だからといって力んだりしない方が良いと思っているので、明日もそのように臨みたいと思っています」、豊島九段は「集中して悔いのないように将棋を指していけたらと思っています」と話しています。


先後逆の横歩取り

落ち着いた雰囲気の対局室に、豊島九段が淡い若草色の着物に青灰色の袴と薄黄色の羽織で入室すると、藤井名人は白い着物に鶯茶の袴と淡い若竹色の羽織で入室します。先手の豊島九段が3手目に1筋の端歩を突く趣向を見せると、藤井名人は小刻みに時間を使い、お互いに飛先の歩を交換してから横歩を取ります。豊島九段は角を7筋に上がって受け、藤井名人が玉を上がって先後逆の青野流の形を目指すと、じっと飛車を引きます。

角交換からの打ち込み

藤井名人も飛車を四段目に引き、豊島九段が銀を8筋に上がると、2筋の角頭に歩を打って守ります。想定を外れたのか豊島九段が50分長考し、角を交換してから飛車取りに▲8三角と打ち込むと、藤井名人が次の26手目を考慮中に昼休となりました。各9時間の持ち時間の内、残り時間は藤井名人が7時間24分、豊島九段が7時間54分となっています。

角切りからの飛車の捕獲

藤井名人は昼休を挟む38分の熟考で飛車を4筋にかわし、豊島九段が3筋に銀を上がると、7筋に角を合わせます。豊島九段は68分長考して角で金を食いちぎり、取った金を▲5五金と打って飛車を捕獲すると、藤井名人は49分の熟考で飛車を成り捨て、△4七角成と銀を取って馬を作ります。激しい駒の取り合いになりましたが、駒割りは飛金と角銀歩歩の交換でバランスは取れているようです。

お互いに陣形を整備

豊島九段は金を引いて後手の馬の可動域を狭め、藤井名人が8筋の桂頭に歩を打って先手から7筋の銀頭を叩かれる筋を防ぐと、41分の熟考で金を6筋に寄せて守りを固めます。藤井名人は玉を上がって飛車を王手で打ち込まれる隙を消すと、豊島九段が63分長考して定刻となり、次の39手目を封じました。AIの評価値は豊島九段の55%とわずかに傾き、残り時間は藤井名人が5時間5分、豊島九段が4時間52分となっています。

単騎の桂跳ね

豊島九段の封じ手は左桂を7筋に跳ねる手でした。藤井名人が桂を3筋に跳ねると、豊島九段は44分の熟考で更に▲6五桂と跳ねます。歩の餌食になってしまいそうな単騎の桂ですが、後手が取りに行くと陣形を乱されて大駒を打ち込まれる隙が生じます。藤井名人は100分の大長考で桂を2筋に跳ねて攻め合いを目指し、豊島九段が次の43手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値は豊島九段の65%と大きく傾き、残り時間は藤井名人が3時間19分、豊島九段が3時間41分となっています。

玉の早逃げ

豊島九段が昼休を挟む96分の大長考で金を3筋に上がり、桂成を防ぎつつ馬に当てると、藤井名人は馬で金を食いちぎり、飛車取りに角を打ち込みます。豊島九段は飛車を2筋にかわし、藤井名人が更に銀を打って飛車を追うと、5筋にかわします。先手からは様々な攻め筋がありそうですが、藤井名人は51分の長考で玉をフワッと5筋に早逃げして手を渡します。

後手陣を睨む角

豊島九段が36分の熟考で7筋に歩を合わせて空間を作り、▲9五角と打って後手陣を睨むと、藤井名人は自陣に持ち駒の金を打って補強します。豊島九段が次の55手目を考慮中に夕休となりました。バラバラだっと後手陣は隙がなくなり、AIの評価値はほぼ互角に戻っています。残り時間も藤井名人が1時間55分、豊島九段は1時間12分と逆転しています。

両者とも残り1時間を切っての熱戦

夕休を挟む25分の熟考で残り1時間を切った豊島九段が角を7筋に引くと、藤井名人も63分の長考で残り1時間を切り、角で2筋の桂を取って馬を作ります。豊島九段は4筋の歩を交換して角で取り、藤井名人が6筋に銀を上がって玉頭を補強すると、▲5五飛と打って攻め駒を足します。

後手の玉頭を巡る攻防

藤井名人は4筋に桂を打って玉頭を補強し、豊島九段が飛車で2筋の香を取って馬に当てると、馬で1筋の香を取ってかわします。豊島九段は自陣の飛車を3筋に寄って銀に当て、藤井名人が4筋の角頭に歩を打つと、飛車で銀を取って馬に当てます。藤井名人は馬を引いてかわし、豊島九段が更に飛車で馬を追うと、△5四馬と引き付けます。

2枚飛車の睨み

豊島九段は取られそうな角を7筋に引いてかわし、藤井名人が2筋の飛車取りに香を打つと、飛車を5筋に戻して馬にぶつけます。藤井名人は馬を2筋に入って飛車に当て、豊島九段が飛車を4筋にかわすと、馬を3筋に寄せて飛車を追います。豊島九段が中段の飛車も4筋に寄せて2枚の飛車で後手陣を睨むと、藤井名人は銀を3筋に上がって受けます。駒得の先手が2枚飛車と角で攻勢を掛け、AIの評価値は豊島九段の69%と再び大きく振れています。

飛車切りの猛攻

豊島九段はじっと玉を6筋に早逃げし、藤井名人が残り8分まで考えて6筋の歩を突いて桂に当てると、構わず▲5五桂と打って後手玉のコビンを狙います。藤井名人は銀を4筋に上がって飛車に当てますが、豊島九段は飛車で銀を食いちぎり、もう1枚の飛車の利きを後手陣に通します。

盤石の寄せ

劣勢を自覚していると思われる藤井名人は時折項垂れるような仕草を見せながら、先手陣に飛車を打ち込んで王手し、豊島九段が玉を7筋に上がってかわすと、馬で5筋の桂を食いちぎってから歩で6筋の桂も取ります。豊島九段は金取りに角を打ち込み、藤井名人が飛車取りに歩を打つと、金を取って馬を作ります。藤井名人は歩で飛車を取りますが、豊島九段が金を6筋に上がって後手玉の脱出路を塞ぐと、はっきりした声で投了を告げました。

まとめ

通常の横歩取りは後手が先手に横歩を取らせる作戦ですが、本局は豊島九段が端歩を突くことで先手が後手に横歩を取らせる将棋となりました。横歩取りらしい激しい駒の取り合いとなり、豊島九段が後手陣の隙を突く単騎の桂跳ねから優勢となりましたが、藤井名人はバラバラだった陣形を立て直し、いったんは形勢を互角に押し戻しました。後手の玉頭を巡る攻防となりましたが、豊島九段が盤面中央に放った2枚目の飛車が縦横無尽に働き、攻め駒不足となった藤井名人に攻め勝ちました。
カド番を凌いだ豊島九段は「次がまたすぐにあるので、コンディションを整えて自分なりに精一杯やりたいと思います」と話し、まだまだ厳しい状況ながら第五局につないでホッとした表情を見せました。
叡王戦ではカド番に追い込まれている藤井名人は、得意とする中終盤に切れ味が感じられない点が気になりますが、「気持ちを切り替えて頑張りたいと思います」と話しており、次局では鋭く踏み込む本来の将棋を魅せて欲しいと期待しています。

名人戦は朝日新聞社・毎日新聞社・日本将棋連盟が主催しています。
本稿は名人戦・順位戦における棋譜利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#junni) に従っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?