見出し画像

「観る将」が観た第36期竜王戦第四局

11月10-11日、第36期竜王戦七番勝負第四局が小樽市の銀鱗荘で行われました。防衛まであと1勝となった藤井聡太竜王が一気に決着を付けるのか、伊藤匠七段が一矢報いてシリーズの流れを変えるのか、楽しみな一局となりました。

前日のインタビューでは、藤井竜王は「これまでの3局を踏まえて、明日からもしっかり良い将棋にしていけるよう全力を尽くしたいと思っています」、伊藤七段は「スコア的には厳しい状況ですけれども、今までよりも良い将棋をお見せできるよう頑張りたいと思います」と意気込みを話しています。


戦型は角換わり

広い和室の一角に設けられた対局室に、伊藤七段が濃紺の着物と青灰色の袴に淡い藤色の羽織で入室すると、藤井竜王は淡い若竹色の着物と灰色の袴に白に近い若草色の羽織で入室します。初めて立会人を務める渡辺明九段が定刻になったことを告げると、先手の藤井竜王はいつも通りお茶を口にして、角換わりに誘導します。

藤井竜王の仕掛け

伊藤七段が22手目に7一の銀を動かす前に△6二金と上がる趣向を見せますが、藤井竜王は7筋に金を上がり、淡々と相腰掛け銀の駒組みを進めます。藤井竜王は8筋に玉を上がり、伊藤七段は6筋に玉を寄せ、級位者には難解な角換わり特有の駆け引きが続きます。藤井竜王は4筋の歩を交換して桂を跳ね、伊藤七段が銀を4筋に上がってかわすと、2筋の歩をぶつけます。

いきなり激しい応酬

伊藤七段は飛車取りに△4六角と打ち、藤井竜王が飛車を引くと、角で2筋の歩を取ります。藤井竜王は2筋の桂頭を歩で叩き、伊藤七段が1筋に桂を跳ねてかわすと、1筋の歩をぶつけます。伊藤七段は4筋の桂を銀で取り、藤井竜王が銀交換してから1筋の歩を取り込むと、8筋の歩をぶつけます。激しい応酬となりましたが、両者とも研究の範囲なのかあまり手を止めることなく指し進め、AIの評価値もほぼ互角で動きません。

伊藤七段の玉頭攻め

藤井竜王が8筋を手抜いて1筋の香を取って"と金"を作ると、伊藤七段は8筋の歩を取り込み、更に歩で金頭を叩きます。藤井竜王が銀で取ると、伊藤七段は銀頭を歩で叩いて拠点を作ってから、浮き駒になっていた銀を5筋に引いて先手からの桂打ちを防ぎます。次の75手目を藤井竜王が30分程考えたところで昼休となりました。各8時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王が6時間25分、伊藤七段が6時間49分となっています。

藤井竜王の大長考

藤井竜王は昼休を挟む56分の長考で4筋の金頭を歩で叩き、伊藤七段が銀を引いてかわしたのが想定外だったのか、更に137分の大長考で8筋に歩を垂らして飛車を吊り上げ、▲1四角と打って馬作りを狙います。伊藤七段が金を3筋に上がって角成を防ぐと、藤井竜王は▲2四飛と角と刺し違える手に勝負を賭けます。

封じ手の駆け引き

後手が飛車を取れば、先手は金を取って馬を作れるので駒得になりますが、先手陣は素人目にも飛車の打ち込みに弱く、AIの評価値は伊藤七段の60%と傾きました。次の一手は飛車を取る一手と解説されていますが、持ち時間でも大差を付けている伊藤七段は66分を使って次の82手目を封じました。残り時間は藤井竜王が3時間26分、伊藤七段が5時間20分と2時間近い差が付いています。

伊藤七段の銀打ち

伊藤七段の封じ手は予想通り、歩で飛車を取り返す手でした。藤井竜王もすぐに金を取って馬を作ります。AIは後手が8筋の歩を伸ばす手を推奨していましたが、伊藤七段は6筋に銀を打ち込んで先手玉の退路を狭め、藤井竜王は下段に金を打って守りを補強します。AIの評価値はほぼ互角に戻っています。

伊藤七段の大長考

伊藤七段は先手陣に飛車を打ち込んで王手し、藤井竜王が5筋に桂を打って合い駒すると、香を取って竜を作ります。藤井竜王が4筋に"と金"を作ると、伊藤七段は次の90手目を2時間以上考えて、そのまま昼休となりました。残り時間は藤井竜王が3時間5分、伊藤七段が2時間16分と逆転しています。

苦心の殺到

伊藤七段が昼休を挟む148分の大長考で8筋の金取りに香を打つと、藤井竜王は9筋に銀を打って補強します。伊藤七段は8筋に桂を打って攻め駒を足し、藤井竜王が4筋に底歩を打って竜の利きを緩和すると、43分の熟考で△7六桂と跳ねて王手します。藤井竜王が慎重に36分の考慮で玉を7筋に引いてかわすと、伊藤七段は香で金を取り、取った金で王手して先手玉を8筋に呼び戻し、8筋の歩を伸ばして銀に当てます。バタバタと手が進み、先手陣はだいぶ薄くなりましたが、後手の攻め駒も少なくなり、AIの評価値は藤井竜王の92%と大きく傾いています。

伊藤七段の勝負手

藤井竜王が銀を見捨てて▲7七玉と上がると、伊藤七段は42分の熟考で残り37分となり、△5八銀不成とタダ捨てする勝負手を放ちます。この銀を取ると先手玉の退路が狭まるので、藤井竜王は見捨てた銀で8筋の歩を取り、伊藤七段が銀で6筋の金を取ると、"と金"を寄って王手し反撃に転じます。

美しい投了図

この"と金"を取ると次に金を打たれて受けなしとなるので、伊藤七段は玉を7筋に引きますが、藤井竜王は馬で銀を食いちぎって後手玉を寄せる体制を整えます。この馬を取っている余裕はないので、伊藤七段は桂を跳ねて王手しますが、藤井竜王は馬で桂を食いちぎり、玉頭に金を捨て、そのまま王手を続けます。後手玉には長手数の即詰みが生じており、伊藤七段は数手指し続けましたが、飛車の王手を見て投了を告げました。盤上には持ち駒さえ1枚も余らない美しい投了図が残されました。

まとめ

本局は藤井竜王の得意とする角換わりに伊藤七段が真っ向勝負を挑み、多くのプロが初めて見たという趣向を含む深い研究をぶつけました。先に研究を外されたと思われる藤井竜王は連続長考に沈みましたが、最も激しい手順に踏み込むことで伊藤七段に難しい選択を迫りました。伊藤七段も惜しみなく時間を使って攻め掛かりましたが、藤井竜王の正確な受けの前に、一度は後手に傾いた形勢の針も先手の勝勢へと大きく振れました。伊藤七段は銀捨ての勝負手で食い下がりましたが、藤井竜王は創られた詰将棋のように鮮やかな即詰みに討ち取りました。

本シリーズのまとめ

本シリーズは藤井竜王が4勝0敗で防衛を果たし、竜王戦3連覇とともに、タイトル戦19連覇という大山康晴十五世名人に並ぶ大記録達成となりました。ご本人はこうした記録にはまったく無関心ですが、タイトル戦敗退なしで達成してしまうところは、デビューから無敗のまま29連勝を達成したことに通じるものを感じます。
記者会見では「シリーズ全体としては比較的うまく指せた将棋が多かったのかなというふうに感じています」と話しましたが、観る将の視点でも積極的に踏み込むワクワクする将棋が多かった様に思います。八冠達成時に目指すゴールを「まずは実力を付けること、その上で面白い将棋を指したい」と答えましたが、面白い将棋を指せたという実感があったのかもしれません。
伊藤七段のタイトル初挑戦はほろ苦い結果となりましたが、将棋の内容はこれまでの挑戦者に勝るとも劣らない堂々としたものだったと思います。対局直後のインタビューで「藤井竜王の強さを非常に感じましたし、勉強になるシリーズでした。これを糧に今後も精進していきたいと思っています」と力強く話しており、本シリーズを通して大きく成長したものと思います。現在ベスト4に残っている棋王戦で挑戦者になる可能性があり、早ければ2月にはリベンジマッチが実現します。伊藤七段が藤井竜王のライバルとして、鎬を削る姿を楽しみに待ちたいと思います。

竜王戦は読売新聞社が主催しています。
本稿は竜王戦・棋譜等利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ryuuou)に従っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?