「観る将」が観た第64期王位戦第一局
7月7-8日、伊藤園お~いお茶杯第64期王位戦七番勝負が愛知県豊田市の豊田市能楽堂で開幕しました。4連覇を目指す藤井聡太王位への挑戦者は、棋聖戦五番勝負を戦っている佐々木大地七段となり、両棋戦合わせて夏の十二番勝負として注目を集めています。蛇足ながら、ABEMAでは両対局者の師匠の杉本八段と深浦九段が、1日目の解説で共演することも話題になっています。
開幕前の主催者インタビューで、藤井王位は「今年は前夜祭だったり大盤解説会も規模を大きくして開催していただけると思うので、皆様にお会いできることを楽しみにしています。七番勝負を良い将棋で盛り上げられるよう頑張りたいと思っています」、佐々木七段は「自分にとってはこの舞台は棋士人生にとって大きな転機になると思っているので、精一杯自分の持ち味を発揮してこのシリーズを盛り上げたいと思っています。各地に行くことで直接ファンの方にも会えるということで、そういった応援を力に変えることでこの舞台で羽ばたいていきたいと思います」と話しています。
佐々木七段の趣向
舞台に設営された対局場に佐々木七段が銀鼠色と濃灰色の2色の着物に灰色の袴と濃い藤色の羽織で入室し、続いて藤井王位が紺色の着物に細い縦縞の袴と茄子紺の羽織で入室します。振り駒で先手となった藤井王位が飛先の歩を伸ばすと、佐々木七段は角道を開け横歩取りに誘導します。藤井王位が飛先の歩を交換すると、佐々木七段は飛先の歩交換の前に玉を1つ上がる趣向を見せます。
藤井王位が横歩取り
藤井王位は堂々と横歩を取って応じ、佐々木七段が角を上がって受けると、玉を上がって青野流を目指します。佐々木七段が銀を2筋に上がると、藤井王位は角を上がって飛車先を受けます。佐々木七段は更に銀を上がって飛車に当て、角を交換してから桂を跳ねて飛車の直射を遮ります。
藤井王位の自陣角
藤井王位は早くも63分の長考で▲6六角と自陣角を放ちます。深浦九段が「凄い手が出ましたね」と驚きの声を上げ、藤井王位が席を外すと佐々木七段も「やぁー」とため息をついています。佐々木七段が玉を4筋に寄せて3筋の利きを足すと、藤井王位は飛車を2筋に戻します。佐々木七段が次の26手目を考慮中に昼休となりました。各8時間の持ち時間の内、残り時間は藤井王位が6時間3分、佐々木七段が6時間44分となっています。
長考の応酬
佐々木七段が昼休を挟む74分の長考で金を玉の脇に上がって陣形を引き締めると、藤井王位は37分の熟考で3筋の歩を突いて桂の活用を図ります。佐々木七段が更に71分長考して飛頭に歩を打つと、藤井王位は飛車を1つ引きます。佐々木七段が4筋の歩を突いて先手の角の利きを緩和すると、藤井王位は47分の熟考で右銀を玉の脇に上がって陣形を整えます。
初めての封じ手
佐々木七段が4筋に金を上がって歩を支えると、藤井王位は4筋の歩を突いて銀の進出を図ります。佐々木七段が6筋の歩を突いて先手の角に圧力を掛けると、藤井王位は5筋の歩を突いて角の退路を作ります。佐々木七段が考慮中に定刻となり、初めての経験に戸惑う場面もありましたが、次の36手目を封じました。AIの評価値は佐々木七段の55%とほぼ互角、残り時間は藤井王位が4時間34分、佐々木七段が3時間43分と、1時間弱の差となっています。
佐々木七段の自陣角
佐々木七段の封じ手は、右銀の活用を図り、6筋に上がる自然な手でした。藤井王位も右銀と右桂を前進すると、佐々木七段は△3四金と上がって2筋の歩を支えます。藤井王位が右金を玉の脇に上がって陣形を引き締めると、佐々木七段は左右を睨む急所に△5四角と据えます。藤井王位が38分の熟考で飛車を下段に引いて角のラインから外すと、佐々木七段は角で7筋の歩を取って歩切れを解消します。
藤井王位が飛車を8筋に転回
藤井王位が銀を6筋に上がって玉頭を補強すると、佐々木七段は7筋の歩を突いて右桂の活用を図ります。藤井王位が79分の長考で飛車を8筋に転回すると、佐々木七段は2筋の歩を伸ばします。藤井王位が歩で受けると、佐々木七段が次の50手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値は佐々木七段の57%と少し傾いてきました。残り時間は藤井王位が2時間19分、佐々木七段が2時間38分と拮抗しています。
佐々木七段の銀の進撃
佐々木七段は昼休を挟む34分の熟考で7筋の歩を伸ばし、藤井王位が角で取ると、飛車を7筋に寄って角に当てます。藤井王位が角を6筋に戻すと、佐々木七段は銀を7筋に繰り出します。藤井王位が8筋の歩をぶつけると、佐々木七段は更に銀を前進して角に当て、角を引かせて△8六銀と歩を取ります。
決戦を回避
藤井王位が8筋に歩を垂らすと、初めての2日制の対局に時折疲れたような仕草を見せていた佐々木七段は飛車を浮いて歩成を防ぎます。ほぼ互角の範囲で揺れていたAIの評価値は、藤井王位の68%と大きく傾きます。AIは次に8筋に桂を跳ねて飛車に当てる手を推奨していますが、一気に終盤戦に突入する怖い手と解説されています。藤井王位は53分の長考で残り1時間を切り、じっと9筋の歩を突いて解説陣を「ひぇーっ」と驚かせますが、AIの評価値はほぼ互角に戻ります。
長い中盤戦
佐々木七段は角を5筋に引き、藤井王位が歩で角を追うと、更に4筋に引きます。藤井王位が7筋に歩を打って飛車の利きを止めると、佐々木七段は飛車を6筋に寄せます。藤井王位は5筋に銀を上がり、佐々木七段が3筋に玉を早逃げすると、更に金を上がって陣形を整えます。AIの評価値は再び佐々木七段の64%と傾いています。
藤井王位の銀の進撃
佐々木七段が残り1時間を切り、5筋の歩を突き捨てて角で取ると、藤井王位は▲5五銀と出て角に当てます。佐々木七段が角を7筋にかわすと、藤井王位は5筋に歩を打って拠点を作ります。佐々木七段が玉を2筋に早逃げすると、藤井王位は3筋の歩を伸ばして金に当てます。佐々木七段が同金と応じると、藤井王位は4筋に銀を前進して金に当てます。AIの評価値はほぼ互角に戻っています。
飛車と銀の取り合い
佐々木七段が金を引いて銀に当てると、藤井王位は5筋の歩を成って飛車に当てます。佐々木七段が飛車を見捨てて金で銀を取り、5筋の角頭を歩で叩くと、藤井王位は角を6筋にかわして金に当てます。佐々木七段は銀を打って角に当てますが、藤井王位は角で銀を食いちぎって金取りに▲5一飛と打ち込みます。AIの評価値は藤井王位の70%と大きく傾いています。
隙の無い陣形
金を取られると後手玉は一気に危険になるので、佐々木七段は先手の歩頭に△6六金とかわします。後手の角が間接的に先手玉を睨んでいるので、藤井王位は金取りに▲5五銀と打って追撃します。佐々木七段はやむなく5筋の歩を成って王手し、金銀交換してから3筋に底歩を打って凌ぎます。藤井王位が"と金"を引いて後手からの桂打ちを防ぐと、先手陣には攻め入る隙がありません。佐々木七段は脱いでいた羽織を着て、しばらく項垂れていましたが、次の手を指さずに投了を告げました。
まとめ
本局は佐々木七段が、師匠が練習将棋でも指しているのを見たことがないと言う横歩取りを採用し、自らの飛車先の歩交換を保留する工夫を見せましたが、藤井王位は堂々と受けて立ち早々に持ち駒の角を手放して相手の研究を外しました。佐々木七段が先手の角の働きを防いでから自らも自陣角を打つと、少し苦しいと感じていた藤井王位は飛車を8筋に転回して局面の打開を図りました。佐々木七段は銀を繰り出して先手の飛車も押さえ込み、AIの評価値も揺れ動く難解な中盤戦が長く続きました。最後は藤井王位が中央に銀を繰り出して飛車との交換を果たし、慎重に後手からの攻め筋を消して逃げ切りました。
藤井王位は棋聖戦五番勝負でも苦しめられている相手に対し、無理せず丁寧に受ける将棋で先勝となりました。次局に向けての抱負を聞かれ、「本局は序盤に失敗してしまったと思うので、そこを修正して良い内容にできるよう頑張りたいと思います」と答えています。
佐々木七段はこの日のために用意していた作戦をぶつけ、一時は優勢の局面を築きましたが、惜しくも届きませんでした。「8時間をしっかり使って、勝負所を逃さないように、切り替えていきたいと思います」と話していますので、次局以降も熱戦を期待したいと思います。
本稿は「お~いお茶杯王位戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#oui)
伊藤園お~いお茶杯第64期王位戦第一局 主催:新聞三社連合、日本将棋連盟
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?