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障がいのある子が50歳になったとき、親はいくら残せば安心しておける?

障がいのある子の親御さんに共通する心配事が、お子さんの老後や自身が亡くなったあとのことだといいます。

不安を少しでも減らすために備えておきたい。でも、具体的にどうすればよいのかわからない。特に、お金の準備について疑問や不安を感じている親御さんは少なくないようです。

33年間、入所施設や通勤寮、グループホームなどで障がい者支援に携わり、現在はファイナンシャル・プランナーとして成人した障がい者の暮らしや「親亡きあと」の相談を受ける鹿野佐代子さんも、よく「障がいのある子のために、お金をいくら残せばいいですか?」と質問されるそうです。

しかし、「将来必要になるお金の目安」は子どもの年齢や障がいの程度、家族構成や暮らし方などによって変わります。鹿野さんは、

まず、今の暮らしにかかる収支を把握します。その上で、暮らし方の変化などを想定しながら、子が80歳くらいになるまでの収支を計算して預貯金の推移を表にしてみると、貯蓄を増やせる期間や取り崩す時期、不足する時期などが見えてくる

と、著書『障がいのある子とその親のための「親亡きあと」対策』(翔泳社)で書いています。

ですが、いきなりそんなことを言われても難しく、実際に何からやればいいのかは分かりにくいと思います。そこで本書では、障がいのある人の暮らしや老後の備えに関する具体的な事例を多数紹介しています。

鹿野さんいわく、お子さんがリタイアしたあとの生活をイメージすることで、親御さんがお金をいくら残せばいいのか準備しやすくなるとのこと。

今回は本書に掲載されている4つの具体例を紹介しますので、将来をイメージする際の参考にしてみていただければと思います。

なお、本書ではお金についてだけでなく、さまざまな支援制度や、親御さん自身の老後や亡くなったあとの手続きなど、お子さんのための準備に必要な情報を広く紹介・解説しています。

いくら残したら安心できますか?

お金を貯めるなら使う目的を明確に

「親亡きあと」がいよいよ現実味を帯びてくるのが、親が80代、子が50代あたりではないかと思います。では、そのときまでに障がいのある子にいくら残せたら、みなさんは安心できるでしょうか?

① 200万円
② 500万円
③ 2,000万円以上

成人した子がいる親御さんを対象にした講演でこの質問をすると、①~③それぞれに手が挙がります。「子が一般就労していて本人名義の預貯金がそこそこあるので、200万円あれば十分」という人もいれば、「2,000万円以上ないと不安」という人もいます。安心感は人それぞれということです。

だから、誰にでも当てはまる正解の金額などもありません。重要なのは、なぜその金額が必要かという根拠です。根拠が明確でないと、いくら貯めても将来への不安が消えません。

使途を明確にした上で老後資金を考えると、親が子のためにやみくもに貯蓄に励むことなく、現在の生活を豊かにすることができるはずです。そのためにも、「本人のお金でどこまで生活できるのか?」を把握しておくことが大事です。「親亡きあとの子の暮らし」を具体的に想像しながら、子の老後資金を考えてみましょう。

子が50歳でリタイアしたときの暮らしは?

さまざまな暮らし方で老後資金を試算

親が障がいのある子の人生を考えるとき、いくつかのターニングポイントがあると思います。

子の障がいの受容から始まり、子育てや進路のこと、学校を卒業したあとの就労や日中活動の場の確保、グループホームや一人暮らしなど自立に向けたチャレンジ……。健康状態なども含めて人によってさまざまな転機があるでしょうが、老後については、子が40歳を過ぎたあたりから、うっすら見えてくるように思います。

50歳前後は「子の老後」を考え始めるタイミング

障がい者の暮らしを30年以上見てきて感じるのは、40代後半ごろから、体力と心身の機能低下が見られる人が多いということです。もちろん個人差はありますが、就労に関しては、このころから、やる気が落ちたり、疲れやすくなったり、転職を希望したりといった変化が表れることがあります。そうした理由から、40代後半は、50代を元気に乗り切るために働き方を見直したり、次のステージを見据えた準備を始めるタイミングではないかと思います。

ここで紹介するケースは、早期リタイアの相談を受けて、筆者が実際にファイナンシャルプランニングを提供した人の収支を参考にしています。いずれも20歳ごろから社会人となり、50歳で早期リタイアしたと想定して、それ以降の老後資金について試算しています。リタイア後は収入が減るため、支出は2割減らして計算しました。

もちろん、「居住費がうちの子と違う」「病気がちで医療費がもっとかかる」「ケースのような貯蓄ができそうにない」ということもあるでしょう。その場合は、毎月使うお金の合計を、ご自身のお子さんの支出金額に変えて計算してみてください。大事なのは、老後の暮らしをイメージして、ざっくりでもよいので試算し、今後お金が足りるのか足りないのか傾向を知ることです。

ケース1 50歳で就労継続支援B 型から生活介護に移行

  • 住居:グループホーム

  • 就労:家業の手伝い→就労継続支援B型

老後資金をざっくり試算

暮らしを支える収入は、本人の障がい基礎年金、工賃、家賃補助。収入と支出がほぼ同額で貯蓄はありません。30代後半まで家業の手伝いをしていましたが、その後は50歳まで就労継続支援B型を利用し、B型を辞めたあとは生活介護に移行したと想定します。

生活介護に移行後は、収入のうち毎月の工賃1.1万円がなくなりますが、送迎車サービスを利用できるなら交通費(月5,000円)の支出が減らせると考えます(毎月の不足分は6,000 円)。

ざっくりですが、50〜65歳の間に不足するお金は108万円です。65歳以降は生活スタイルが変わるかもしれません。その場合も、「毎月の不足分×年数」を老後に備える資金の目安にします。

最近では、障がい福祉サービスを利用している人は、65歳になると原則、介護保険サービスに移行されます。ただし、精神・知的障がいの方は、移行によりそれまで支援を受けていた障がい福祉サービスとの関係が断たれないよう、ケアマネジャーの判断で同じ法人の障がい福祉サービスを利用できるようになっています。慣れ親しんだ障がい福祉サービスを65歳以降も利用できるかどうかの確認もしておきましょう。

グループホーム居住費の見直し

グループホームの運営法人によっては、部屋の広さに応じて入居費を設定しているところもあります。現在よりも入居費の安い部屋が空いたときに「移動してもよい」という本人の意思が確認できれば、空室が出た際に声をかけてもらえることがあります。

また、「人間関係のストレス」や「階段の昇降がつらくなった」などの理由で、他のホームへの移動を検討することもあり、その場合も入居費に変動が生じます。まずはグループホームを運営する法人に、他のホームに転居可能か、バリアフリー対応のホームがあるかなどを、事前に確認しておきましょう。

ケース2 一人暮らしをしている人が50歳で退職

  • 住居:賃貸住宅で一人暮らし

  • 就労:一般就労

  • 老齢年金他:約114万円

  • 預貯金:1,500万円

老後資金をざっくり試算

厚生年金のある企業に就労し、50歳直前で退職するケースです。厚生老齢年金が支給される65歳までの収入が障がい基礎年金+給付金になるため、その間の不足分と65~85歳についてざっくりと試算してみます。

「リタイアするか? 働くか?」の目安に

50歳で退職してそのままリタイアした場合、支出を約2割減らして85歳までの試算をすると、将来的に約420万円の不足となります。自分の預貯金だけで生活したいと考えるなら、さらに月々の生活費を1万円節約する必要があります。

50歳で仕事を辞めても、再就職をしてあと10年働くことが可能な場合はどうでしょう。時間短縮やパートに切り替えたとしても、月々約7万円の収入があれば10年間で840万円となり、420万円の不足を補えます。働いている間は年間25万円の預貯金を取り崩していけば、支出を減額せずにすみますし、85歳まで生活を維持できます。

ケース3 障がい年金の支給がなく、実家で自立して生活

  • 住居:親と同居(家庭内自立)

  • 就労:一般就労

  • 老齢年金:110万円(65歳以降の基礎年金・厚生年金の合算)

  • 預貯金:1,200万円

老後資金をざっくり試算

こちらは、障がい年金の請求をしないまま生活してきた、請求したが不支給や非該当になったなどのケースを想定しています。

家族と同居しながら一般就労しているため、毎月3万円の生活費を家に入れているとします。また、老後のために、生命保険の個人年金保険に加入し60~70歳の間に毎年80万円を受け取れるように対策もしています。預貯金は1,200万円、老齢年金は年間110万円受け取れるとした上で、50歳でリタイアした場合の不足分を計算してみましょう。

退職した50歳から老齢年金を受け取る65歳までの期間に必要なお金を計算すると、386万円不足することになります。実家暮らしの場合、生活がたちまち困ることはないと思うので、退職後は月々の支出を2万2,000円ぐらい節約すれば、65歳まで預貯金と年金保険の受取金でやりくりが可能となります。

65歳からは老齢年金が受け取れるので、年金保険もある70歳まで、余裕のある生活を送れます。

70歳以降は、実家が持ち家か賃貸かで、残すお金が変わってきます。持ち家ならば年金だけで生活していけそうですが、賃貸ならば家賃分を60~70歳の間に貯蓄するか、相続などで準備しておくとよいでしょう。

暮らし方に応じた収支を把握して、将来に備えて用意しておくべき金額を大まかに試算する方法が、なんとなくつかめてきたでしょうか。

ケース4 もし生活に不安のある人から相談されたら……

  • 住まい:賃貸住宅で一人暮らし

  • 就労:一般就労→就労継続支援A型→パート

今後の収支

  • 現在(48歳)の預貯金残高は800万円

  • パートの給料は年間79万円で計算。64歳で退職したと想定

  • 52歳のときに養老保険200万円が満期になり受け取れる

  • 65〜80歳の15年間、個人年金60万円を受け取れる

  • 65歳からの老齢年金は120万円を受け取れる

  • 支出は増減なしの年間140万円で計算

この方は、一般企業で正社員として働いていましたが、うつが原因で40歳のときに退職。クリニックで発達障がい(ASD)の診断を受けたことをきっかけに、精神障がい者保健福祉手帳を取得。就労継続支援A型を経て、48歳になった現在はパートで働いています。昨年、父親が他界して死亡保険金500万円を受け取り、預貯金と合わせた800万円を取り崩しながら一人暮らしをしています。

赤字が続くので、楽しみにしている月1回のステンドグラスの教室もやめたほうがよいのかと悩んでいます。周囲からは、実家に帰って母親との同居や、障がい年金の申請をすすめられますが、本人は消極的です。今後、預貯金がいつまで持つのかわからないのが心配です。

この相談にあなたならどう答えますか?

問1 障がい年金の申請をすすめますか?
   ①すすめる
   ②すすめなくてもよい

問2 ステンドグラス教室は引き続き通ってもよいと思いますか?
   ①通うのを控えたほうがよい
   ②通ってもよい

問3 老後の生活費が心配ですか?
   ①心配だ
   ②それほど心配しなくてもよい

このケース4は、一般の方(障がいのある子の親御さんを含む)、福祉に携わる支援者、ファイナンシャル・プランナー(FP)などを対象に、セミナーで考えてもらっているものです。ファイナンシャルプランニングをする・しないで、どのように答えが変わるのかを知っていただくのが目的です。

面白いことに、一般の方の場合は3つの質問すべてで①と答えることが圧倒的に多いです。そして、福祉の支援者はというと、どの質問でも利用できる制度を探りながら考えるので、意見が揺れる傾向にあります。

お金のプロであるFPは、3問すべて②と回答する人が大半です。

このように、属性によって回答が分かれるのには理由があります。

現時点のマイナスに目が向くと……

毎月の収支がマイナスで、預貯金残高がみるみる減っていく状態を想像すると不安になります。お金を使うことを躊躇しますし、やりたいことも我慢しようという気持ちになるのは、当たり前のことです。

今の不安に引きずられすぎると、「ダメ元でも障がい年金の請求をして、支出を抑えられるなら実家に帰って母親と同居。それにより収支が改善するか、今より収入の多い仕事に就くまでは、趣味のステンドグラスも控えたほうがいい」と考えるかもしれません。

でも、今後入ってくるお金(養老保険や年金)を把握した上で、計画的に残高を減らしていくとしたらどうでしょう? 少し考え方が変わりませんか?

将来の収入も含めて計算すると……

FP向けのセミナーでこの問題を出すと、多くの人が資料の余白で計算を始めます。職業柄、将来もらえるお金も含めて、今の状態を続けたらどのようになるのかを計算する癖がついているからです。中には老齢年金の受給時期を変えながら計算する人もいます。

でも、そんなプロ並みの計算をしなくても、大まかに試算すれば「今のところ、②でもやっていけるじゃん」となるのです。

不安の多くは、将来にわたっての具体的な数字が見えないことに起因しています。将来、自分の貯金額がどう推移するのかを計算してグラフにすると、「不安の正体」を見える化しやすくなります。

年間の収支と人生のイベントを把握しよう

まず、毎月の収支を確認して、年間の収支を計算します。この作業が重要なのですが、面倒に感じる人もいるでしょう。そんなときは通帳を開いて、1年分の預かり金と支払い金の合計で計算してください。

次に、日常の生活にかかるお金の他に、今後やりたいこと(ライフイベント)や欲しいもののためのお金も計上します。旅行や引っ越しなど、将来起こる可能性のあるプランを、費用も含めてあらかじめ立てておきましょう。

ライフイベントをふまえて、貯金額の推移をグラフ化します。このグラフを見る限り、現状の収入を保つことができれば、障がい年金の申請をしなくても70歳まで貯金がなくなることはなさそうです(むしろ65歳からはプラスに転じる見込み)。したがって、ステンドグラス教室に通い続けても問題ありません。ライフイベントに記入した、ステンドグラスの展示会や旅行も可能となるでしょう。

もし、母親との同居を始めるなら、さらに家賃の負担が減るので、仮に60歳で仕事を辞めて老齢年金を受け取る65歳まで無収入でも、預貯金を取り崩して生活できるかもしれません。また、無収入になることが不安ならば、年金額は減額されますが60歳から「繰上げ」受給することも可能です。

受け取り時期を変えられる老後の年金

65歳までに障がい年金を受給していない人の場合、年金を60歳から受け取る「繰上げ」受給ができます。繰上げを行うと、65歳到達月の前月までの月数に応じた減額率(1 か月あたり、1962年4月1日以前生まれは0.5%、同年4月2日以降生まれは0.4%)で減額された年金額が一生続きます。反対に、支給開始年齢を70歳、75歳からと遅らせて受け取る「繰下げ」受給をすると、年金額が1か月あたり0.7%増えます。

20歳から60歳になるまでの40年間保険料を納めた場合、老齢基礎年金は満額で77万7,800円(2022年4月分~)です。納付期間が40年に満たない場合は減額されます。

障がいのある人の暮らしもさまざまな形態があり、人によって収支も生活スタイルも違います。老後にどれだけの生活費が必要かを知るためには、現状を把握することから始めます。将来いくら必要なのかざっくりでもよいので試算すると具体的な額が見えてきます。


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