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家族が認知症と診断されたら、どう接すればいい? 場面別で分かる在宅介護の方法

家族や大切な人が認知症と診断されたら、それ以前の生活は一変し、誰もが将来に対して不安になります。

特に在宅介護をすることになれば、認知症の家族とどのように関わり、接すればいいのか、1つずつ試行錯誤していかなければなりません。

認知症特有の症状も少なくありません。ものを盗まれたと訴える「もの盗られ妄想」や同じことを何度も聞いてくる「記憶障害」などにどう対応し、支えればよいのでしょうか。

今回は翔泳社から刊行した書籍『「認知症の人」への接し方のきほん あなたの家族に最適な方法が見つかる!「場面別」かかわり方のポイント』から、場面別の接し方を解説した「第2章 その人に最適な方法が見つかる
「場面別」かかわり方のポイント」の一部を抜粋して紹介します。

Case1 「ものを盗まれた」と訴える【もの盗られ妄想】

犯人扱いされてつらい…もの盗られ妄想とは

もの盗られ妄想は、大切な財布を自分でしまっていたにもかかわらず、その事実を忘れてしまうこと(記憶障害)から、誰かに盗まれたと思い込んでしまいます。

認知症(特にアルツハイマー型)では初期から記憶障害が起こるため、もの盗られ妄想は発症初期から現れることがあります。

もの盗られ妄想では、信頼している人や身近な人が疑われやすい傾向があります。日頃から介護を頑張っているのに犯人扱いされると悲しい思いをしますが、一度冷静になってその理由を考えてみましょう。

もの盗られ妄想が起きる理由

もの盗られ妄想は「財布を今持っていない」という事実と不安感とともに、愛着のあるものが目の前にないという寂しさ、不安が強く表れた結果といえます。

もともと心配性であったり、お金への執着が強かったりする方であれば、いつでも財布を身の回りにおいておきたいという気持ちが行動に表れることもあります。

過去に財布をなくした、泥棒に入られた経験があると、その記憶が蘇ることがあります(恐怖心)。

以前住んでいた部屋と異なる場所で生活している場合には、過去の部屋の記憶から財布を捜してしまっている場合もあります。

もの盗られ妄想への基本的な対応法

もの盗られ妄想が起こったときに、いきなり否定したり怒ったりしないで、まずはその人の気持ちを察し、その感情に寄り添う声かけを行いましょう

そのうえで、その人がいま置かれている環境や最近の状況を考えて対応方法を検討し、信頼関係を深められそうな方法を選びます。

外してはいけないポイントは、いかに「本人に安心してもらえるか」です。財布がある・ない、誰が犯人かという事実を追及する必要はありません。

もの盗られ妄想に対してごまかすような対応をしていると、一時はそれでうまくいくかもしれませんが、本人が安心できなければ、また同じことが繰り返されます。また、ごまかしの対応は、介護している側に罪悪感が生まれ、つらくなってきてしまいます。

まずは真摯に本人の不安に向き合い、安心してもらえそうなかかわり方を模索してください。

本人が安心できる対応とは

財布のありかがわかっている場合、「まずは、捜してみよう」「心当たりはある?」などといって、さりげなくその場所に誘導してみましょう。本人が財布を見つけ、不安が解消できると落ち着きます。

しかし、介護者が犯人であると本人が確信しているときに、「一緒に捜そう」といっても、「泥棒と捜すなんてまっぴら」と思われる可能性があります。また、一緒に捜して見つかったとしても「あなたが犯人だからすぐに見つかった」と言われることもあります。

この場合は、介護者が信頼のおける人だと感じてもらうことが重要なので、介護者も本当に困ったような表情と言葉で一緒に捜すことを心がけます。また、本人自身が見つけるようにしましょう。気づかれないように、本人の目に留まる場所に財布を移動してもいいでしょう。

結果的に本人に「置き忘れていただけなんだ、よかった」と感じてもらうことが大切です。介護者が「あなたが置き忘れたんだ!」と責めると信頼関係が崩れます。

また、「私じゃない」と否定しても納得しません。開き直って「私が盗ったのよ」と妄想を肯定すると、さらに関係が悪化します。

被害妄想が強くなり周囲を巻き込んでしまうとき

被害妄想が強くなり、何度も警察を呼んだり、周囲の人に妄想を言いふらしたりするなど、困った行動がエスカレートしてしまうことがあります。このように地域や周囲の方を巻き込むことが多くなると、介護者が疲弊してしまいます。

この場合は前もって、もの盗られ妄想などの被害妄想は認知症の一症状であることを説明し、事情を理解してもらいましょう。

Case2 同じことを何度も聞いてくる【記憶障害】

何度も続くとイライラしますね…

認知症の人が何度も同じことを尋ねてくることがあります(記憶障害)。これは、わざと同じことを聞いているのではなく、記憶障害のために本人は話したことを忘れていて、初めて聞いていると思っているのです。しかし、それを何度も聞くと家族はイライラしてしまいます。

何度も同じことを聞く理由

短期間に同じことを繰り返し尋ねるのは、脳の記憶をつかさどる海馬の障害が原因と考えられます。海馬が障害されると、人から聞いたことだけではなく、自分が話したことも含め、ごく短期間の記憶をとどめておくことが難しくなります(即時記憶、短期記憶の障害)。

寂しさや不安感、大切なことを忘れている、思い出せない不快感から、同じことを聞くこともあります。

外出や人と会う機会が少なく、生活に変化がないと、同じような会話ばかりになったり、何もすることがないと、一つの事ばかり気になることもあります。また、自分に関心を持ってほしいという想い(承認欲求)から起こることもあります。

以前から心配性だった人は、過去の習慣から同じことを何度も聞いていることも考えられます。間違えたくない、しっかりしなくてはならないという想いから起こることもあります。

加えて、認知症になると、何かをしながらの会話や、雑音がある中での会話が難しくなるために、同じことを聞いている可能性があります。この場合は環境を変え、静かな場所で、その人の目の前でゆっくり話をするようにしてみましょう。

記憶障害によるもの忘れへの対応法

記憶障害によって同じことを何度も聞いてくるのは、その人がとても気になっていることなのです。

この場合は、返事をメモして、目の見えるところに置いておくと、本人の安心につながります。

例えば「今日はどこに行く?」と何度も聞いてくるなら、「10時にデイサービスに行きます」と書いたメモと時計を置いておくといった具合です(時計はデジタルが良いかアナログが良いかは人によります)。

また、記憶はしているけれど、上手く思い出せない場合もあります。本当は別の言葉を言いたいが出てこないので、同じことを言ってしまうのです。そのときは、思い出す手がかりになる言葉を探したり、もう一度ゆっくりと質問してください。忘れたのではなく、思い出すのに苦労している可能性があります。先回りせずにゆっくり待つことで、思い出せる場合があります。特に血管性認知症の場合によく見られます。

五感に働きかける

記憶は感情と深く結びついています。感情に残る良い刺激と一緒に会話をすることで記憶に残りやすくなります(例:外出して景色が「きれいだね」、料理が「おいしいね」)。また、手を握る、背中をさするなど、触覚を刺激しながら会話を行うことも有効です。

これにより、過去の記憶をよみがえらせて会話が増えてきたり、同じことの繰り返しに変化がみられたりすることがあります。

感情に働きかけられることで思いもよらない言葉が出てくることもあります。

突き放したり、怒るのはNG

何度も同じことを尋ねてくる場合に、「何度も言っているでしょ」と突き放したり、怒ったりすると、本人の中には「あの人は怖い、怒りっぽい」という嫌な感情だけが残り、被害妄想につながることがあります。信頼関係が失われる可能性があるので、なるべく避けましょう。

Case3 自宅にいるのに「家に帰りたい」と訴える【帰宅欲求】

どうして帰りたがるの?

認知症の人は、自宅で「家に帰りたい」と訴えることがあります(帰宅欲求)。家族は驚いて、つい「ここはあなたの家ですよ。帰る家はここしかありませんよ」と諫めたり、「明日帰りましょうね」とその場しのぎの対応をしがちです。しかし、これらは本人の気持ちを無視した言葉であり、欺くよ
うな対応となるため信頼関係が失われる可能性があります。

本人は何らかの理由があって「帰りたい」と訴えているのですから、まずはそれを知ることから始めましょう。

帰宅欲求が起きる理由

帰宅欲求の背景には、記憶障害、見当識障害(場所がわからない)、理解・判断力の障害があります。

人には、心の拠り所や安全な場所が必要です。帰りたい、そこに居たくないという気持ちの裏には、今は安全ではない、心が落ち着かないという感情が必ずあります

例えば、役割や楽しみがない生活だと「ここに居たくない」という気持ちが生じることがありますよね。また、言葉がうまく出てこない、伝えようと思っていることを忘れてしまう、身の回りで起きることへの説明がなく理解できないということを自覚する状況が続くと、不安感や違和感、焦燥感が募り「ここに居たくない」という気持ちが生じます。

帰宅欲求への基本的な対応法

帰宅欲求が起こったら、その人の気持ちを察し、その感情に寄り添う声かけをしましょう。

その人は家に帰って何がしたいのか、何が心配なのか、誰に会いたいのかを尋ね、いま置かれている環境や最近の状況を考えて対応方法を検討し、信頼関係を深められそうな方法を選びましょう。

自宅なのに「家に帰る」と訴える場合は、場所と時間の見当識障害が原因になっていることが考えられます。また、気持ちが子どもや若い頃の感覚に戻ることもあります(年齢逆行)。例えば、仕事や子育ての時代を思い出して「そろそろ家に帰らないと」と思っているのかもしれません。

また、以前暮らしていた家を思い出していることもあります。引っ越した記憶が抜けてしまい、ここは自宅ではないと感じている可能性があります。

居場所づくり

大切なのは「ここにいても良い」「緊張しない」と思える居場所を作ることです。例えば、その人になじみのある家具を置く、昔のアルバムを置くなどの工夫をすることで、訴えがなくなることもあります。

役割づくり

何もすることがないと、誰しも退屈し、居心地が悪いものです。その人がこれまで担ってきた役割(仕事や趣味に関することなど)を一つでもお任せしましょう。それが本人の自己効力感を向上させ、「ここにいてもいいんだ」という認識につながるのです。

特に、昔から何度も繰り返し身体で覚えていること(手続き記憶)は、認知症が相当進行しても行うことができます。一人ですべて行うのは難しくても、部分的であればできることもあります。また、認知症になっても新しいことはできます。実際に、新たに絵画や楽器の演奏を始めた人が何人もいます。

迷子になることを心配し過ぎて、本人を外に出さないと、余計に外に出たがります。なじんだ場所であれば問題なく帰れるのに、それを禁止してしまうと、いずれできることもできなくなってしまいます。

語り合う

帰宅欲求は、すでに亡くなった親に会いたいという気持ちから生じることもあります。

大切なことは、その気持ちを隠さず語ってもらうことと、真剣に聞いてもらうことなのです。解決しないこともありますが、決して最悪の時よりも悪化することはありません。本人に「私を理解してくれている人がいる」と感じてもらうことが何よりも重要です。


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