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出版社で働いている“本を作らない人たち”って何をしていると思いますか?

「職種に貴賎なし」とは江戸時代の思想家である石田梅岩の言葉です。

根っからの理屈家である梅岩らしい考え方ですが、その一方で、ほとんどの業界に会社の顔となる職種、すなわち花形的な職種が存在するのも事実です。

テレビ局におけるアナウンサー、レコード会社におけるプロデューサー、航空会社におけるパイロットなどなど。皆さんの勤めている(勤めてみたい)業界にも、必ずそうした花形的な職種があるのではないでしょうか。

出版社における花形的な職種は編集者です。

知る人ぞ知る名物編集者から、中瀬ゆかりさんや箕輪厚介さんのように、ニュースや時事のコメンテーターとしても名が知られている著名な編集者まで。出版業界には、いろいろなタイプの編集者がいます。

そのため出版社という言葉に「編集者が集まってできた会社」というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。もちろん、それは間違いではありません。ただ、技術者や研究者だけで構成されているメーカー・企業が少ないように、ほとんどの出版社には、編集者以外にも沢山の職種が存在します。

今回はその名から出版営業という職種を、現役の出版営業マンである私(濱田)が紹介してみたいと思います。

これから出版業界で働きたいと思っている方はもちろんのこと、多種多様な職種・業界の仕組みを覗き見るのが楽しい!という好奇心旺盛な方にも、しっかりと楽しんでいただける内容になっているかと思いますので、ぜひ、最後まで読んでみていただけますと幸いです。

1.出版社の営業とは?

さて、早速ですが皆さんに1つ質問です。営業という職種に、どのようなイメージを持っていますか?

きつい? 大変? やりがいがある? 成長できそう? 稼げそう? 就職・転職サイトが公開している「営業職に対するイメージ調査」を覗いてみると、上記のような回答をしている人が多く見受けられます。

この回答が実態に即しているか否かについては「勤めている企業次第です」としか答えようありませんが、何にせよ、皆さんの頭の中には、大なり小なり、それぞれ“営業”という言葉に対するイメージがあるかと思います。

ただ、そこに1つ修飾語を足して出版社の営業にすると、途端にピンと来なくなってしまう人が多いのではないでしょうか。

それもそのはず。そもそも皆さんにとって、書籍は基本的に出版社から直接購入するのではなく、書店やコンビニなどの小売店を通じて購入するものです。普通に生活をしていたら、出版社の営業と出会う機会はまずありません。

では、出版の営業って、いったい何をしているのでしょうか。それを知るためには、まず出版社のビジネスモデルを知る必要があります。

文化への貢献や情報発信など、企業理念は千差万別ですが、出版社と名乗っている企業のビジネスモデルは、非常に単純です。つまり、本を作ること。そして、それを必要としている人のもとまで届けることです。

このあたりは本に限ったことではなく、すべてのメーカーに共通することかと思います。しかし、その必要としている人に本を届ける仕組みである流通は、非常に独自性が高く、流通が「書店で本を買う」という出版業界の経済構造を支えています

そして、この構造は本の営業マンである出版営業を語るうえで、切っても切り離せないほど重要なものです。そのため、まずはこの出版独自の流通網について、簡単に説明していきたいと思います。

2.瓢箪型の出版業界~本が書店に並ぶまで~

出版の流通は瓢箪型流通と呼ばれています。

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約3,000社の出版社が刊行した本を、数社の取次店が集約して、全国1万の書店に配送。届いた本を書店員が店頭に並べ、代わりに売れ残った本を取次店に返品。すると、今度は仕入れたときと逆の流れで、書店→取次店→出版社と瓢箪の中を遡っていき、売れ残った本が出版社に返ってくる。こうして出版社のもとに返ってきた本は、処分または別の適切な書店に再出荷される。

このように、瓢箪の中で本をぐるぐると回していくことが、出版流通の仕組みです。これは基本的にリアル書店であろうとネット書店であろうと変わりません。

3.出版営業の実態~本を販売するという仕事~

さて、前置きが長くなってしまいました。このビジネスモデル(流通)の中で、出版営業が担っている役割はどこだと思いますか?

簡単に言うと出版流通網に関わるすべてが出版営業の役割です。

新しく生み出された本を瓢箪の中に取り込み、できるだけ多くの本を、すでに流通網をぐるぐると回っている既刊と一緒に回転させていく。もちろん、その過程で発生する、販売者である書店・流通を取り仕切る取次店との交渉・調整も、出版営業の重要な仕事の1つです。

そのため、本の売り出し方やマーケティングの施策を考え、それを実行していくことが求められます。ですから、そうした大小さまざまな企画を考えることが得意・好きという方は、出版営業に向いています。

せっかくなので、ここで具体例を紹介したいと思います。以前の記事でも紹介した福祉系資格対策本についての事例です。

基本的に保育士や公認心理師などの資格対策本は、受験者が勉強を始めやすい時期(年度初めや試験日の半年ほど前)に、できるだけ多くの冊数を書店の目立つ場所に置いていただかなければなりません。

しかし、そうした目立つ場所(人通りが多い場所や、店の外からも見えるような場所)は、資格書以外にも非常に競合が多いため、普通に書店と交渉をするだけでは、断られてしまうケースがほとんどです、

資格書という商品の特性上、読者対象である受験者数は、ある程度予測することができます。そのため、書店側も「資格書=一定数は売れる商品」という認識を持っています。

ですから、競合を押しのけて自社の本を目立つ場所に置いていただくために必要なものは、最後の一押し、つまり「この商品は一定数+α売れる」という感覚と、その根拠となる販売プランです。

出版営業の役割とは、その+αを作り出すことです。

たとえば、それはユニークな切り口のフェアなのかもしれませんし、ウェブメディアや新聞への広告掲載かもしれません。本の種類によっては、付箋やファイルなどの付録が有効なパターンもあります。

そうした多種多様な企画を、本の性質や社会の状況に合わせ、検討・選択・実行していくことが、出版営業という職種です。

ただ、近年は出版不況や物流コストなどの問題からより多くの販売経路を開拓すべく、この瓢箪型流通に頼らない販売方法(企業・教育機関・書店との直取引や自社ECなど)も増えてきています。当然、こうした業務も出版社においては営業の仕事です。

先ほど、瓢箪型流通の中で実施する仕事を、重要な仕事の1つと述べたのは、まさにこうした業務の多様化を受けてのことです。

4.出版業界で働く、出版社以外の営業マン

以上、簡単に出版営業という職種のことを説明してきました。1冊の本が、皆さんの本棚に収まるまでの舞台裏やカラクリを楽しんでいただけたのであれば幸いです。

今回、ご紹介したのは出版の営業ですが、出版業界には他にも印刷会社や書店の営業など、さまざまな営業マンがいて、その誰もが瓢箪型流通に縛られることなく、非常にユニークな仕事をこなしています。

たとえば書店の営業マンは、ひたすらに本だけを売り歩いているという印象を持たれがちです。しかし、本当のところ、大学の図書館や企業の図書館に出入りしているような営業マンは、まさに何でも屋です。

とある獣医学大学に出入りしていた書店の営業マンは「学生に倫理観と実践的なスキルを学んでもらいたい」という教授の要望に応えるため、「飼育用の猿」と「演習で使用するための救急車」を納品したことがあるそうです。

このように出版業界における営業職は、時代と共に多様化しています。ですので、また次の機会があれば、こうした営業の変遷や実態について少しでもご紹介できればと思います。

最後までお読みいただき、まことにありがとうございました。

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