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認知症などで判断力が低下したときに利用する「成年後見」とは

2025年には高齢者の5人に1人、700万人を超える人が認知症になるとされ、誰もが自分や家族の「もしも」に備えておく必要がある時代です。

財産管理や契約行為をしたり、医療・介護サービスを利用したりするときなど、私たちの日常には「本人に判断能力があること」が前提となる場面が多々あります。そのため、認知症などで判断能力が充分でない状態になると、たとえ自分の預貯金であってもお金を引き出したり、口座を解約できなくなることがあります

2000年にスタートした成年後見制度は、認知症や障害により判断能力が不充分な人を保護し、後見人等が財産の管理や、医療・介護サービスの利用や施設入所の契約行為をサポートする制度です。

しかし、仕組みをよく知らぬまま制度を利用して本人や家族に不都合が生じたり、ニュースで見聞きするトラブルが心配で利用をためらうケースも少なくありません。

また、成年後見にはいくつかの種類があり、認知症になった後は法定後見の対象ですが、本人が元気で判断力のあるうちなら、任意後見や民事信託など他の選択肢もあります。つまり、事前に制度について知り、考えておけば、それぞれの家庭により適した準備ができるということです。

今回は成年後見について詳細に説明した翔泳社の書籍『認知症700万人時代の失敗しない「成年後見」の使い方 第2版』から、なぜ成年後見制度があるのか、どんな場合に必要になるのか、後見人がどうやって決まるのかなどを解説します。

誰に・どこに相談すればよいのかも紹介していますので、気になる方はぜひチェックしておいてください。

◆著者について
鈴木 雅人(すずき・まさと)

社会福祉士・行政書士(リーガルソーシャルワーカー®)。みそら行政書士・社会福祉士事務所代表。福祉系の大学を卒業後、役所の相談窓口や在宅介護支援センター、地域包括支援センターで、社会福祉士としてシニア世代の生活・認知症・介護・財産問題などの相談対応をおこなう。後見人として15年以上活動し、相談件数も10,000件を超える。

なぜ、成年後見制度があるの?

本人のために「選び」「決める」人が必要

認知症や知的障害、精神障害などで判断能力が低下すると、自分の人生に必要な様々な選択をすることが難しくなってしまいます。住まいを快適に整えたり、好きなものを食べたり、好きな場所へ行ったり、病院で必要な治療を受けたり、介護サービスを手配したり、そして、最期をどこで迎えるか考えたり。自分で日々の生活を組み立てられなくなったからといって、単に命を長らえればよいわけではありません

私たちには、それぞれの人生経験があり、その過程で作られた価値観や好みがあります。判断能力が低下したとしても、それらを全部捨てて「ただ生きている」だけでは、自分の人生とはいえませんよね。どんな状態になっても、その人らしい人生を最期まで送る。そのためには、本人に代わって、本人のことを第一に考え、「選び」「決める」人が必要なのです。

日常生活のある程度のことは、家族などが本人の代わりに対応できますが、金融機関での手続きや不動産の売却、施設への入所など、本人以外の人では対処できない場面も出てきます。また、悪意のある者から、本人の財産や権利を守る必要もあります。そのためには「法律的に」本人を代理できる立場の者(後見人)のサポートが欠かせません。それを解決するのが成年後見制度なのです。

「成年後見」という言葉をニュースなどで耳にしたことがあるという人は多いですが、その内容まではあまり知られていないようです。しかし、認知症などで判断能力が低下してしまう可能性は、誰にでもあります。親や夫や妻、きょうだい、あるいは自分自身にも起こり得ることで、そんなもしもの場合に備えるためにも、多くの人が知っておくべき制度なのです。

どんな場合に成年後見が必要になるの?

身近な人の生活を守る必要がある時

認知症や障害のある家族をサポートする過程で何か手続きをしようとした際に「本人確認」の壁に直面し、初めて制度を知る人も多いです。後見人が必要になるケースをいくつか挙げてみたいと思います。

親の医療や介護は、なるべく親自身のお金でまかないたいところ。キャッシュカードと暗証番号で引き出してしまう人もいるようですが、入院や施設入居のためにまとまったお金の引き出し、高額な振り込みや定期預金の解約をするとなると、後見人が必要になります。

また、認知症の親が有料老人ホームに入るため、親名義の不動産を売却して入居金にするといった場合も後見人が必要。認知症により意思表示ができないと不動産売買などの法律行為が行えないからです。さらに、認知症や知的・精神障害のある人などが遺産を相続する場合も後見人がつくことがあります。遺言がない相続の場合、遺産分割協議(遺産を分ける話し合い)をおこないますが、その協議で本人が不利益を被らないようにするためです。

認知症などにより適切な判断ができなくなると、悪徳業者に騙されたり、必要のない高価なものを買ってしまったりする可能性もあります。家族が見守れる状況でなければ、とくにひとり暮らしの場合は、詐欺被害や浪費を防ぐためにも後見人をつけることが選択肢の1つになります。

もちろん認知症や知的・精神障害の症状は様々ですから、全員に即、後見人が必要というわけではありません。判断能力の程度と生活上の支障から必要性を考えていくことになります。

自分の老後に不安を感じた時

一方で、自分自身に後見人が必要となるケースもあります。たとえば、シングルの人で自身が年をとった時にサポートを頼める親族などがいない場合、子どもをもたない夫婦でどちらかが先に亡くなった場合、子どもやきょうだい、甥や姪などサポートを頼めそうな親族はいるが彼らに負担をかけたくないと考える場合などです。このような場合では、判断能力があるうちに自分の「もしもの時」に誰に何を頼むかを考え、後見人となる人を決めておく(任意後見)ことになるでしょう。

今すぐか、将来か、タイミングの違いはあるにせよ、後見の必要性を感じる時は多くの人に訪れます。

判断能力がどのくらい下がったら成年後見が必要?

法定後見の3つのレベル

判断能力の低下の度合いは人それぞれ違います。そのため、法定後見では判断能力の度合いを3段階に分け、「本人以外の介入を最小限にする」ことを原則としています。判断能力がほとんどなく、財産管理や生活の組み立てがひとりでは困難(意思疎通が難しい場合も含む)な場合は「成年後見」。判断能力が低下し、日常の買い物などはできても銀行取引や借金、不動産の売買など重要な行為にサポートが必要な場合は「保佐」。判断能力が残っていて、助言を受けながらであれば重要な法律行為についても意思表示や判断ができる場合は「補助」です。

後見人の呼び名もそれぞれ「成年後見人」「保佐人」「補助人」と変わり、与えられる法的権限の範囲も差があります。判断能力の度合いに関係なく一律に後見人等へ権限を与えてしまうと、まだできることがある人の権利を奪うことにつながるからです。

後見人等をつけるにあたっては、「成年後見」と「保佐」に本人の同意(賛成の意思)は不要。たとえ本人が嫌がったとしても、本人を守るために親族などが手続きをして、家庭裁判所に認められれば、後見人や保佐人をつけることができるのです(ただし保佐は注意が必要、左頁参照)。しかし、判断能力が残っている「補助」の場合は本人の同意が必要です。さらに、「成年後見」は本人の同意なしにほぼすべての代理権が与えられますが、「保佐」「補助」では一つ一つに本人の同意が必要となります。家庭裁判所での手続きで本人の意思を確認し、必要最小限の代理権しか与えられません(必要に応じ後から手続きし、追加することはできる)。

なお、「成年後見・保佐・補助」のどれに該当するかは、医師の診断書を目安に家庭裁判所が決定します。

後見人はどう決まる? 決定までの期間は?

後見人決定までの期間は3か月〜半年

判断能力が低下したとはいえ、一個人の財産や生活を左右する権限をもつ後見人。その決定は、いくつもの手続きを踏んで、慎重におこなわれます。当然、時間もかかります。今日、電話で頼んだら明日には後見人がやってくる、というものではないのです。

たとえば、最近、親の認知症が進んで金銭管理が心配になってきたという場合、まずは地域包括支援センターや社会福祉協議会の後見センターなどに相談し、制度の概要や手続き方法を教えてもらいます。

次に、家庭裁判所に対して手続きをする人(申立人)を決め、必要な書類をそろえます。書類の作成や取り寄せ、申立て手続きは専門家に頼むこともできますが、申立人として親族の関わりが必要です(例外あり)。提出書類のうち、本人の判断能力を証明する診断書は医師が作成するので、主治医などに依頼します。この段階で、成年後見・保佐・補助のうち、どのレベルで手続きをするかが決まります。

書類の準備と並行して進めるのが、後見人の候補者探し。候補者がいなければ申立てできないわけではありませんが、裁判所から候補者を探すように言われることも多く、その段階で探し始めると後見開始までの時間が余計にかかってしまいます。

準備が整ったら、家庭裁判所に申立てをする日時を予約(先に書類を送付するケースが多い)。申立人、候補者、本人(保佐と補助の場合のみ)の日程を合わせて1回ですませるのが効率的です。時期や裁判所によっても異なりますが、2週間〜1か月くらい先になることもあります。

申立てでは、家庭裁判所に出向いて事情説明。窓口や相談室などで担当者から提出書類をもとに色々と聞かれます。特別な事情があれば、家庭裁判所の人に来てもらえないか相談することも可能です。

申立て後、家庭裁判所の中で資料に基づく審理がおこなわれ、必要があれば「鑑定」(判断能力について診断書よりも詳しい内容が求められる場合)をして、後見人が決定します。申立てから1〜2か月で結果が出るケースが多いです。結果に不服がある場合は、「後見(保佐・補助)開始の審判」という審判書を受け取ってから2週間以内に不服申立てをします。ただし、「希望した人が後見人にならなかった」という理由で不服申立てをすることはできません。この不服申立期間中は、後見人はまだ活動を始められません。

2週間がたったら、正式に後見人の就任が決定。後見人が銀行や役所、施設等に対して、本人のための様々な手続きができるようになります。最初に相談してから後見人が動きだすまで、3か月から半年ほどかかることが多いです。

成年後見について、どこで相談できる?

あなたが最初にすることは「相談」

「身近な人に介護が必要になって認知症の心配も出てきた」「銀行で後見人がいないと親の預金を下ろせないと言われた」「自分の老後について準備しておきたい」― 様々なきっかけで成年後見の利用を考えた時、どこで相談すればよいでしょうか。

成年後見に関する相談窓口として身近なのは、地域における最初の介護相談窓口となる地域包括支援センターです。市町村等が設置している、高齢者の暮らしや介護をサポートする公的機関です(運営は民間の法人に委託されている場合も多い)。社会福祉士・保健師・主任ケアマネジャーなどの専門職員が在籍し、成年後見については社会福祉士が相談に対応します。職員が不在の場合もあるので、電話予約してから行くのがおすすめです。出向くのが難しい場合は、自宅や施設・病院へ訪問してもらうこともできます。

社会福祉協議会でも相談可能。都道府県や市区町村の単位で設置される機関で、「あんしんセンター」「後見センター」「権利擁護センター」といった呼称の窓口もあります。民間の社会福祉法人ですが、役所から受託する仕事も多く、公的な側面ももつ組織です。中核機関と呼ばれる、成年後見に関する専門機関の整備も始まっています。

また、「法テラス」の名称で知られる「日本司法支援センター」でも、成年後見に関する情報提供や費用の立て替え(資産・収入要件あり)などをしています。この他、弁護士・司法書士・社会福祉士など成年後見に関わる専門団体でも相談が可能。成年後見をテーマとした無料相談会や講演会の開催も増えているので、そうした機会を利用するのも方法の1つです。施設や病院の相談員に相談窓口を尋ねてもいいでしょう。


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