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〔期間限定公開〕佐渡島庸平氏に聞く――「一緒に解決したい!」と仲間が集まってくるような〝課題のストーリー〞はどう描く?

新規事業を成功させるためには、「組織の土づくりから始めよう」
と提唱する『アイデアが実り続ける「場」のデザイン』。
2024年5月15日刊行の同書から、
6月30日までの期間限定で、抜粋をお届けします。

新規事業の成功に必要なのは、「この課題を解決したい!」と、
勝手に仲間が集まってくるような「ストーリー」を示すことです。
そんなストーリーを描くにはどうすればいいのか? 
クリエイターのエージェント会社「コルク」を立ち上げ、
マンガや小説を生み出す編集者の佐渡島庸平氏に、
「物語の描き方」について聞きました。

佐渡島 庸平 Yohei Sadoshima
株式会社コルク代表取締役社長。 編集者。
講談社を経て、コルクを創 業。
クリエイターエージェンシーと して、作品編集、新人作家の育成、
ファンコミュニティの形成、SNS運用などを行う。
三田紀房、小山宙哉ら とエージェント契約を結ぶ。

小田裕和(以下、「小」) 新規事業づくりの現場ではよく、「お客様の課題を見つけよう」「お客様が本当にその課題を持っているのか確かめよう」などと言われます。それが、「正解探しモード」になってしまっている部分が大きいのではないかと感じています。どうすれば〝正しく〞課題を見つけられるんだろうか、と問い続けて疲弊する人も少なくありません。
 起業家であるユリ・レヴィーンの『Love the Problem 問題に恋をしよう』(日本実業出版社)という本があるのですが、自分が〝恋〞に落ち、「なんとかしたい」と思ってしまうような課題をいかに見つけるのかがポイントなのではないかと考えています。
 もともと佐渡島さんは、どんな原体験があってコルクを起業したのでしょうか?

佐渡島庸平(以下、「佐」) 僕は出版社というメディアにいたわけですが、メディアが長期的に生きていくために一番必要なのは、「新陳代謝」なんですよ。ある作品が終わったら、次の作家と新しい作品を作る方が、編集者にとっても、出版社にとっても理想的なんです。
 でも僕は、メディアが覇権をとっていくことに力を入れるより、自分が生み出した作品が世の中に影響を与え続けることに関与したいんです。『ドラゴン桜』によって「日本の教育を変えられないだろうか」、『宇宙兄弟』によって「宇宙がもっと身近にならないだろうか」ということに、ずっと挑戦し続けたい。
 となると、作家に寄り添っていくしかないんです。アメリカでは「エージェント会社」が作家の著作権をずっと運用する仕組みになっているのに、日本にはエージェント業がない。現状、作家が複数の出版社と付き合っていると、著作権がバラバラになり、しっかりと運用されません。だったら、日本にもエージェント会社の仕組みを導入した方がいいなと起業したんです。

 作家さんが「物語をつくる」という営みに向き合い続けることができる仕組みをつくりたかったというわけですね。
 物語のつくり手としては、主人公が抱えている想いや葛藤にどれだけ迫れるかが大事だと思っていますが、そういった感情に対する洞察をどう深めていくのか、おうかがいしたいなと。

物語を描く上で、感情の洞察を深める

 佐渡島さんが書かれた『観察力の鍛え方』(SB新書)という本に、「複合感情」という話が出てきます。私たちの感情は、基本となる8つの情動と、それらの組み合わせからなる複合感情によって整理できるということで、プルチックの「感情の輪」を引用しています。特に青年マンガには、
登場人物の表情やセリフだけでは分からないような、より深い複雑な感情が込められている、そういうところに青年マンガの魅力があると書かれて
います。
 自分の感情でさえ日々変わっていくし、読み解くことも難しい。「『分かる』から遠ざかろうとして世の中を観察すると、違う世界が見えてくる」と書かれているのですが、非常におもしろいなと。
「分からない」ままに向き合い続ける、そんな中に物語が生まれてくるということをこの本の中で紹介されていますね。

 世の中にある多くの物語は、複雑な感情をそんなに描いていないんです。例えば、水戸黄門みたいな物語には「お約束」があるわけですよね。
 エンタメというのは、ほとんどバトルをしているわけです。ほとんどのバトルは、勝ったら嬉しい。そういうシンプルな感情を描いています。
 でも僕は、「こんなことがありました」「そんなときにこんな表情や視線になりました」という物語全体でしか伝えられないものがあると思っている。青年マンガは、そこを描こうと挑戦していること自体がおもしろいんですよね。

 感情を端的に整理するより、感情の「動き」を作品として描き出すにはどうしたらいいかと。

 ビジネスで考えると、新規事業をつくったら、それがお金に替わらないといけないわけですよね。お金ってかなり明確で、1000円と2000円を比べたら、全員が2000円の方が高いと言うんですよ。価値が明確なんです。
 だから世の中のほとんどの事業は、価値を明確にしていくこと、分かりやすくすること、一瞬で価値が判断できるようにすること、というのが仕事としてすごく重要なんですね。
 一方で僕らがやっている「物語」は、読み終わったときに心が揺さぶられてさえいれば勝ちなんです。「心がモヤモヤした」というのでもいい。
 物語をつくるときに僕らが重要視しているのは、複雑な感情を理解することではないんです。複雑な感情は理解できないし、人によって違うし、結局は言語化できない。でも、その前後の感情は何なのか、というのは知りたいんです。
 例えば僕と小田さんが話している数十分の間、ずっと緊張しているわけではないし、ずっと楽しいわけでもないし、感情はいろいろ動くわけですね。その感情の動きの順番がリアルかどうかが、物語創作では重要になります。

 ある1点の心の動きというよりは、面や立体でその感情全体を捉えるわけですね。

 そうです。時間軸の方が重要なんです。

感情に対する観察力を磨くには

 では、マンガ家さんなど物語のつくり手は、どうすれば感情に対する洞察を深められるようになるんでしょう?

 その質問に対してはいつも、「観察力が重要だ」と答えていますね。
 例えば、小田さん、オフィスの水道水と家の水道水の味の差を説明できます?

 いや、普段の生活では、ほぼ意識しないですね。

 ワインのソムリエは、「このブドウはフルーティ」「このブドウはこう」というのを知識として覚えていて、ラベルを見て「このワインはこう
いう味」と言うんです。でも、味覚だけでこのワインはどんな味なのか表現するのは、すごく難しかったりする。
 昨日感じた気温と今日感じた気温の違いを言語化するのも難しいし、香りを言葉にするのも難しい。実は僕らは、五感をほとんど言語化できていません。
 五感を言語化できないのは、実は「前後関係」があまりないからです。昨日は暑かった、くらいのおおざっぱな記憶しかない。そして感情についても、僕らはすごくおおざっぱにしか記憶していないんです。
 一方、マンガ家たちは、例えば一コマで感情がどう変わっていったかを記憶している。時間軸の解像度がすごく高いんです。それが、クリエイターに求められていることなんですよね。

 なるほど。私たちは日々何かを感じているはずだけれど、そこに意識が向くことはほとんどなく、なんとなくぼんやりとしか言語化できていない。感覚が積み上がっていく時間軸を意識して、どれだけそこに焦点を当て続けられるかというのが、「観察する」ことの大きなポイントになっているわけですね。

 新規事業に取り組むとき、「リアルな顧客を想像してみて」「カスタマージャーニーをやってみて」となりがちなんですけど、その際に「感情の流れ」に対する想定がおおざっぱすぎるんです。その想像力だったら、カスタマージャーニーをやる意味があまりないよね、ということが起きがちなんですよ。

 本当にそうですね。自分が喜ばせたい相手を明確にした方がいい、とよく言われますが、なかなかその相手を描けないんですよね。

一番のドッグフーディングの相手は自分

 新規事業において重要だと思うのは、「喜ばせたい人は自分が一番いい」ということなんです。他人の心の動きを観察して想像するのって、めちゃくちゃ難しいですが、自分の心の動きだったら、まだ観察できるはず。
 顧客は「自分」だと思って、「自分だったらこれに対してお金を払うのか」、「自分なら行動するのか」、「行動しないとしたらなぜなのか」。そういうのを徹底するのが重要だと考えています。
 結局、「物語ってこういうもんでしょ」「主人公ってこういう方がいいよね」「世の中でこういうのが流行っているよね」という感じで物語をつくっている作家は、いつまでも当たらないんですよね。自分と向き合いきって、「すべての主人公は僕の分身です」と恥ずかしげもなく言えるとき、やっぱり当たるんですよ。そこまで自分の感情や思考法と向き合いきる、というのが創作だと僕は思いますね。

 そうやって向き合いきれる人というのは、どういう人なんでしょう?

 基本的に、作家は生きづらさを抱えていて、自分の代わりとなる人間を主人公にすることで、生きやすい世界への挑戦をしています。同じように、多くの起業家は世の中への生きづらさを感じていて、自分が生きやすくなるためのサービスをつくっていることが、特にIT系では多いなと思っているんです。そこが、「創業者」と「社内で新規事業をつくる人」の違いなのではないかと。
 社会がハードからソフト化していく中で、そのソフトがあることによって自分が救われるというものをつくっている人は、「一番のドッグフーディングの相手は自分」ということが多い。
 一方、会社員が社内の役員会などで新規事業についてプレゼンするとき、「これは絶対いいです、なぜなら僕が欲しいからです」と言える破廉恥さを持っていない。「顧客X」をつくってしまうことで想像力が働ききらず、サービスを詰めきれない。そういうことが起きているように僕は思いますね。

「とりさらわれる」ほど夢中になる

 本当にそうですね。國分功一郎先生の言葉で「とりさらわれる」というのがあるんですけど、「これをやらずにはいられない」という何かに夢中に
なるのが大事なのかなと。そういう自分の想いって、どうすれば見つけられるんでしょう。いや、「見つける」んじゃなくて、「やってくる」ものな
んですよね。

 その感覚は、「恋」だなと思うんです。恋は〝落ち〞たりしますよね。そして「恋」を「愛」に変えていくんだと思っているんです。愛は〝意志〞
なので、恋を意志の力によって愛に変えていく。
 仕事においても、仕事に〝恋に落ちた〞あと、飽きずにやり続けていくために重要なのは「意志の力」ですよね。そのために何を見つけて、何をいいと思って、何を掘り下げていくのか。対象物にしっかり興味を持って、新鮮な目で観察し続ける必要があると思うんです。

 最初にあるのは、「恋に落ちる」という瞬間で、意志を持ってそれにさらに向き合おうとする。「分かろうとする」より、「分からない」ままにそこに向き合い続けようという意志を持つのが、愛していくということなんですね。

 「分かろうとし続ける」ということかもしれない。「分かった」と思った瞬間に冷めてしまうんで。相手が、分かりきることのない深さを持った存在であるとしっかり認める、信頼することが重要だと考えています。

 今、新規事業づくりの現場では、マッチングアプリで恋人を探そうとしているようなところがあるかもしれません。「こうすれば課題が見つかりますよ」という方法論を探して、それによって課題を見つけよう、という。

 マッチングアプリだと、条件の中から選ぶわけですもんね。恋に落ちるというより選ぶ感じに近い。
みんな論理的にやろうとしていますよね。僕は、結構論理的じゃないんですよ。先に、心のおもむくままに動いて、そこでしっくり来たものに対して、周囲を巻き込むために論理を使う。僕は自分の人生を論理的に生きようとは思っていなくて、論理自体は周囲のためであり自分のためではないんですよね。

 そうなると、新規事業をつくるのは本当に自分のためなのか、という話に戻ってきますね。

 自分はなぜその会社にいるのか。その会社で自分は何をするのか、新規事業で何をするのか。自分に深く問い直す必要がありますよね。自分と向き合うのを避けている限り、結局、誰が何のためにその事業をやるんだっけ、という話になってしまう。オーナーシップは絶対必要なんです。
 その事業をやることで、みんながあなたにキレまくるとする。あなたにキレまくっている友だちと、二度と連絡をとらない関係になってしまうとする。それでもあなたは、その事業を続けますかと。それでもあなたは、その事業が世の中に必要だと言えますかと。

 物語をつくる方は、そことずっと向き合い続けているわけですよね。恋に落ちて愛していくことで物語をつくっていく。自分または誰かの心の動きに意識を向け続ける。その中で、「分かったかも」という感覚を持つこともあるかもしれないけれど、分かってしまってはおもしろくない。ずっと探究し続ける姿勢が、物語をつくる人には求められるわけですね。


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