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【対談】儚さにぐっとくる友井羊さんと、奇妙なものが気になる大石大さんが、不思議な小説 『いいえ私は幻の女』(大石大著)にせまる!?

「消したい過去ってありますか?」――大石大
「いえ、忘れっぽいので、特にないですね」 ――友井羊
という友井羊さんも楽しんだ、大石大さんの最新刊『いいえ私は幻の女』(祥伝社)。
川越にある記憶を消せるカフェに、さまざまな過去を抱えた人々が訪れる、ちょっと不思議で心あたたまる連作集です。
デビュー前から友人という友井さんと大石さんが、大石さんの新刊『いいえ私は幻の女』の刊行を記念して、作品のこと、執筆のこと、ゆるり語り合いました。(文・編集部)


大石大さん最新刊『いいえ私は幻の女』

友井羊さん(以下、友井) ようやくこの日を迎えました。いつか対談したいと話していたので、うれしいです。
 
大石大さん(以下、大石) 本当です。作家同士、この場でお会いできるのを楽しみにしていました。出会ってから15年以上経ちますかね。
 
友井 乙一先生のファンサイトでしたね。ネットの掲示板でやりとりして、それからオフ会でお目にかかってから交流がはじまりました。大石さんは、あのころから小説を書いていたのですか?
 
大石 はい。書き始めたころだったかと。
 
友井 お互い作家になるために情報交換して、新人賞に投稿するなどしていましたね。大石さんは小説教室に通ったりもしていました。今日はせっかくなので、普段あまり聞くことのない、つっこんだ話もうかがいたいです。
 
大石 こちらこそ。いろいろお聞かせください。

――大石作品のいいとこ取り


友井
 というわけで、大石さんの新刊『いいえ私は幻の女』、さっそく読みました。とても面白かったです! これまでの大石さんの作品の要素がすべて詰まっているのを強く感じました。デビュー作『シャガクに訊け!』と、続く『恋の謎解きはヒット曲にのせて』は、舞台があってそこに謎が持ち込まれるといった形式の連作短編集でした。そのあとの『死神を祀る』と『校庭の迷える大人たち』は、不思議な現象や噂を大石さんならではの角度から描いていく、すこし奇妙な物語。実はデビュー前の大石さんの作品のイメージは後者のほうで、不思議なお話を書く人だと思ってたんです。だからデビュー作は作風が違って意外に思いました。それももちろんクオリティが高かったのですが、最近の作品のほうが、大石さんらしい気がしています。
 
大石 そう言ってもらえてほっとしました。このところ似たようなものばかり書いている気がして……。新しいことに挑戦すべきかとか、この路線をつきつめていくべきかとか悩んじゃって。
 
友井 デビュー作から一貫してミステリという軸を持ちながら、雰囲気やテーマの異なる作品を書いていますよね。『いいえ私は幻の女』は、そんな大石さんのこれまでの集大成というか、いいとこ取りしたような作品だと思いました。今回の「記憶を消すことができる」という設定は、どうやって考えたんですか?
 
大石 この作品は紆余曲折あって、はじめは川越を舞台にしたまったく違う話を書いていたのですが、あまりいい出来ではありませんでした。川越という要素だけを残し、新たに小説の構想を練り直していたときに、たまたま「記憶を消す店」という設定を思いついたんです。そのアイディア自体はさほど目新しくないと思うのですが、「記憶を消している最中に、その一部が具現化して目の前に現れる」という展開を思いつき、これは面白いのでは、と手応えを得て、とりあえず書いてみたのが第一話の『あなたに似た人』です。
 
友井 大石さんのオリジナリティが発揮されたのだと思います。
 
大石 ただ、当初この設定は一話限りの予定で、「川越を舞台にしたちょっと不思議な物語」というくくりの中で二話以降を書いていました。本作のキーパーソンである「記憶を消せる能力を持つ人」の家入蘭(いえいり・らん)も、基本的にはもう登場させない予定でした。その後、原稿がボツになったり書き直しを要請されたりするうちに、川越を横軸に、「記憶を消す」を縦軸にした連作集にする、という方針のもとで新たに執筆を進めていきました。最初に書き始めたときは、こんな作品に仕上がるとは思ってもみませんでした。

――もうひとつの主人公、川越


友井 そういえば先日も川越で呑みましたね。今作はなぜ舞台を川越にしたんですか?
 
大石 数年前に川越の近くに引っ越してきて、遊びにいったらとても楽しかったんです。「小江戸」のイメージがありますけど、大通りを一本入ると、大正時代や昭和の街並みが残っていて、さらにはお寺も神社もすぐそこにある。歩いてまわれるくらいの狭い範囲に、複数の時代が凝縮されるように存在していて、不思議な風景を生み出しているんです。とても魅力を感じました。
 
友井 あちこちに様々な歴史を残す“記憶”を大切にする川越という街と、“記憶”を消すカフェ。その対比がすごくいいですよね。
 
大石 “記憶”について真逆のスタンスをとっている川越の町と、”Memory”という喫茶店。皮肉な設定が面白いと思いました。
 
友井 そうですね。また、この作品は、辛い記憶を「忘れること」で、「大切なものを残していく話」でもあると思っています。実際の街も色々なものが消えながら、様々なものが残っていきます。この辺りも川越と相性がいいように感じました。
 
大石 いいこと言いますね! あとは、近いから取材しやすいっていう現実的な理由もあります。
 
友井 実際に足を延ばして書くと、その土地の息づかいみたいなものが文章ににじみ出ます。この作品からもそれが伝わってきて、大石さんが実際に見たり体験したことが魅力的な描写につながっていると思いました。

 ――クセあり大石さん

 
友井 もうひとつの作品の魅力は、「そこを書くんだ!」という驚きでした。今作では話が進んでいくにつれ、メインの設定の周辺に注目が当たりますよね。「記憶を消すカフェ」という場があるなら、通常は店にやってくる依頼人にスポットライトが当たります。ですが大石さんは見つめる場所が少しずれます。僕がいちばん印象的だったのは、表題作でもある「いいえ私は幻の女」でした。僕は儚い存在の話がツボなので、いい意味で「そっちを描くのか……!」と驚かされました。僕だったらあえて無視したいと思うような、本筋からはなれた細部や周辺を掘り下げていくのが、大石さんの個性だと思っています。
 
大石 表題作は以前からストックしてあったタイトルを生かした作品を書けないかと思い、あとからストーリーを考えた結果、このタイトルにふさわしい物語を書き上げることができました。たしかに設定を思いついたときに、それがどこにどう波及していくかを考えるのは好きですね。今作でいうと、記憶を消すときに、それが一時的に具現化して現れるとしたら、どんな制限があるだろうかとか、記憶の消去料はいくらが妥当かとか、記憶がないことに困っているという事態もあるんじゃないかとか。周辺に目が行くというのは、そういうことかもしれません。
 
友井 あと、ちょっと気が付いたことがあるんだけど。大石さん、年上の訳ありっぽい女性をよく出してきますよね?
 
大石 えっ!? 
 
友井 本作の家入蘭はもちろんそうですけど、実は既刊でも登場人物に多いんですよ、雰囲気ある女性が。理由を聞きたかったのですが、もしかして気づいていませんでしたか?
 
大石 うーん、まあ、たしかに……いつものクセが出ちゃってたのか。ミステリーにはいいキャラクターってことなのかなあ。そうだ、本作も「ミステリー」としても読んでもらいたいと思って書いたのですが、どうでしたか。ミステリーとして楽しめるかどうかは、いつも気になっちゃうんです。
 
友井 わかります。ミステリー要素が弱いと、読者は楽しめないんじゃないかと僕も心配になります。今回はミステリーではない話も多かったですが、物語としての完成度が高いですし、意外性のある展開も多かったので、充分に楽しめる内容だと思います。

――これから何を書こう?


大石 そこでちょっと相談です。冒頭でもふれましたが、僕は最近似たようなことばかり書いてはいないかという悩みがありまして。友井さんは「スープ屋しずく」や「さえこ照ラス」シリーズなど、食や法に関する作品をたくさん出されていますけど、それらをどう考えていますか?
 
友井 似たテーマを書き続けることで、ワンパターンになるのではないかと不安になるのはわかります。ですが作家の個性を作る上で、あえて同じ題材を掘り下げていくことも必要だと思っています。僕の場合は、「食」を書き続けていくことで、『100年のレシピ』のように、よりテーマを突き詰めていくことができましたし、読者の方にも選んでもらいやすくなると考えています。「料理」に関するアンソロジーがあったら、じゃあ友井に一編書いてもらおう、みたいな依頼があるとうれしいなと思っています。
 
大石 なるほど。続ける勇気を持つことも大事か……とはいえ友井さんはシリーズもいっぱい持っているから、ネタ尽きませんか?
 
友井 ネタは尽きます(笑)。だけどシリーズものはフォーマットが決まっているから、突き詰めるという点では合ってるともいえます。悩み続ければ何かしらアイディアは思いつきますし、その時の自分が書くべき題材が自然と見えてきたりもします。大石さんの書きたいテーマなどはありますか?
 
大石 やっぱり不思議な現象とかには惹かれるけど、今は長編をもっと書いてみたいですね。関心でいうと、子どもが産まれたばかりなんですが、出産の過程でいろいろ考えることがあったので、それを作品に生かせそうなら生かしたいですね。
 
友井 奇抜な設定を最大限に活かす大石さんであれば、面白いものになりそうですね。変わった話なのに、意外とすんなり読めてしまうのが大石作品のいいところだと考えています。それは他の作家にはない資質です。大石さんしか書けない作品をこれからも読み続けたいです。
 
大石 今は、廃校が決まった学校を舞台にした学園ミステリーを構想中です。学校最後の卒業式の日に脅迫状が届くところからはじまって、そこに至るまでの日々を6人の生徒視点でつづる長編、といっていいかと。友井さんは? 
 
友井 僕は「食」の小説と並んで、『無実の君が裁かれる理由』などの「司法」を題材にした作品を書き続けているのですが、今は実際に起きた冤罪事件を題材にした書下ろし長編を執筆中です。実は以前から「いつか書きたい」と思いつつも、自分には無理だと思って放置していたんです。ですが新型コロナ禍をきっかけに、今書くべきだと考えが変わり、取り組みはじめました。来年には出せるようしたいです。
 
大石 楽しみですね。いつもだいたいお互いの新刊が出ると会おうってことになるけど、もっと頻繁に会えるように、がんばって書かなければ。
 
友井 お互いに続けていきましょう。未だに出会った頃のハンドルネームで呼びそうになるので、何度か焦りました(笑)。今日はありがとうございました。
 

【プロフィール】
大石大(おおいし・だい)

1984年、秋田県生まれ。2019年『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、デビュー。著書に『恋の謎解きはヒット曲にのせて』(文庫版改題)『死神を祀る』『校庭の迷える大人たち』がある。
 
友井羊(ともい・ひつじ)
1981年、群馬県生まれ。2011年『僕はお父さんを訴えます』で第10回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞し、翌年デビュー。主なシリーズに「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」「さえこ照ラス」、そのほかの著書に『無実の君が裁かれる理由』『100年のレシピ』など多数。

対談に出てきたおふたりの祥伝社の本

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