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特別インタビュー|中村淳彦『同人AV女優――貧困女子とアダルト格差』

3月1日に発売となった中村淳彦さんの『同人AV女優――貧困女子とアダルト格差』。本書は、弱体化する「適正AV業界」と、勢いを増す「同人AV業界」のそれぞれの内情に迫ったルポになります。発売を記念して、著者の中村淳彦さんに、今回の取材の経緯やいまアダルトの世界で起きている変化を聞いてきました。

―今回はお疲れ様でした。最初にお会いした時、「デジタルと貧困」というテーマでのご執筆をお願いしました。性のデジタル化によって新しい搾取が起きていると思っていたのです。ところがいざ取材を始めて頂くと――。

中村:俺も最初はAV業界の歴史を書いていけば、1冊にまとまるんじゃないかという算段でいた。そこに「リベンジポルノ」やSNSを使った「グルーミング」などのデジタル時代ならではの犯罪を書いていく感じで。でもいざ書き始めようとしたときに、AV新法の大騒動が始まった。

―大騒ぎになりましたね。

中村:AV業界の分岐点になるエポックメイキングな出来事だよね。適正AVはもう何年も前から「稼げない、仕事がない、規制が厳しい」っていう三重苦に見舞われている。そこにきて適正AV業界に止めを刺すような新法が作られ、これは本書で触れないわけにはいかないだとう、と。
それと同じ時期に、同人AVというジャンルが盛り上がってきている、って話を周りから聞くようになった。それでちょっと興味がわいて取材を始めた。

―表の世界では、ユーチューバーをはじめ組織に所属しないで成功する個人が脚光を浴びています。個人発信の手段が広がったデジタル時代ならではの現象です。

中村:取材を進めたら、ユーチューブとまったく同じことがアダルトの世界でも起きていた。昔AV業界の底辺にいた知り合いに久しぶりに会ったら、同人AVビジネスで成功してめちゃくちゃいい暮らしをしてるっていう。みんな高級外車に乗って、都心のタワマンに住んで……。逆に適正AVの世界にしがみついてきた人はみんな悲惨な暮らしをしているね。

―取材をさせてもらいましたが、今回の本には掲載できなかったお話もありました。総じて適正と同人の世界で幸福度が違った気がしますね。

中村:結局、“脱いでセックス”ってやることは同じなんだけど、適正の場合はプロダクションにマージンを取られてしまうから、当然女優にわたる金額は激減する。今回の証言にもあったけど、悪質なプロダクションなんかに所属すると7割も抜かれたりするから。でも今の若いZ世代の子たちは、直接相手とつながるのが当たり前になっていて、わざわざプロダクションに所属して収入を減らするのを「非合理」って考えている。自分のペースで働いて報酬は全額自分でもらうのが当たり前、って考えが強い。

―個人でつながると危険なことも多いのでは? と思っていましたが、意外と危険な目にあったっていう話はなかったですね。

中村:去年の茨城の事件が大きく報道された影響もあるけど、今回の取材では聞かなかったね。友人関係を含めて特に危険を感じたことはないという子が多かった。それと、以前は蛇蝎のように嫌われていた「裏ビデオ」「無修正」に対しても抵抗感のない女性ばかりだった。

―海外のポルノだと無修正が当たり前のようですが、いつも間にかそのあたりもグローバル化してしまったんでしょうか。

中村:価値観の変化は感じたよね。みんな「無修正とか気にしない」「撮影後の配信状況には興味がない」って言ってた。最初に決めたお金さえもらえればあとはどうでもいい、って。あと顔バレについても「これだけ溢れているデータの中からどうやって私を探し出せるの?」って言ってた子がいて、そのあたりも価値観の変化を感じたよね。

―制作側も演者も既存のAV業界に危機感を覚えて飛び出した人にとって、デジタルテクノロジーは、チャンスをくれるツールになっているように感じました。

中村:2015年に『AVビジネスの衝撃』(小学館新書)を書いた時は、まさにデジタル化の影響でAV業界が沈んでいく時代だった。無料の海賊版がグローバルに出回ったことで、「破綻の構図ができた」って言われる時代。AV関係者が生き残るには、日本のAV文化を海外に広めるしかないって思っていた。でも、それから10年近く経ってまったく違うムーブメントが起きている。やりかたと覚悟次第では、個人で大きな収入が得られるようになった。それを可能にしているのもやはりデジタルテクノロジー。

―コンサル出身のポルノハブ・プロデューサー村上太郎さん(仮名)がお話しされていたマーケティング論も印象に残っています。

中村:同人AVに参入した元適正AV関係者が辞めていく話だよね。精魂込めて作ったのに売れなくて絶望してやめていくって。そもそも適正AVと同人AVで求められているものが違うと。「いいものを作れば、みんな観てくれるはずだ!」っていう世界じゃない。
でもこれってどの産業にも言えることだよね。メディアだって少し前は紙の編集者がデジタルに移ると喜ばれたけど、今じゃ棲み分けができつつある。単に紙の技術をデジタルに持っていくだけでは通用しない。そういう意味でも今回の「同人AV」っていうテーマには、日本社会の様々な問題が映し出されていて、色んな職業の未来を暗示するような存在だと思う。

―本当にそう思います。本書の中では地方の主婦に広がる“副業“も紹介されています。それなんかも経済の停滞が続き、まともに稼げないことから生まれているブームのような気がしました。まさに「日本社会の縮図」として読んで頂きたいですね。