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柚木沙弥郎さんの作品に会いに『日本民藝館』へ



5月の気持ちのいい風を感じると、ある「赤い鯉のぼり」を思い出す。

綿や麻のような少しザラッとした少し厚みのありそうな生地に、くっきりとした「赤」が染められ、丸く大きな目がこちらを向いている。
数年前に見たその鯉のぼりは、決して広いとは言えない、住宅街にひっそりたたずむギャラリーの天井付近を、悠然と泳いでいた。

それはそれは、たいそう元気な赤色で、たいそう気持ちよさそうに。


「赤い鯉のぼり」に導かれて

先日、日本民藝館へ行ったのも、この「赤い鯉のぼり」がきっかけだった。
鯉のぼりの作者は、柚木沙弥郎(ゆのき・さみろう)さん。
2024年の初めに101歳で天寿を全うされるまで、染色家として現役で活躍されていた。
「古染付と中国工芸」の展示とともに日本民藝館で開催中の柚木沙弥郎さんの追悼展示へ、今回足を運ぶことにしたのだ。
(現在開催中、6/2(日)まで)

「日本民藝館」は、柚木さんにとって「染色家」の道を進むきっかけとなった「民藝」に端を発している。
「民藝」は、「新しい美の概念の普及と『美の生活化』を目指す民藝運動」を指している。その運動の本拠として、思想家・柳宗悦(むねよし)氏らが企画し、当時の実業家や社会事業家の援助を得て1936年に開設されたのが、目黒区駒場にある『日本民藝館』である。

初代館長を務めた柳宗悦氏の長男で、三代目館長・プロダクトデザイナーの柳宗理(むねみち)氏の名前は、例えば包丁やお鍋などのキッチン用品のデザイナーとして、目に触れたことのある方も多いのではないだろうか。
現在の五代目館長はプロダクトデザイナー・深澤直人氏で、MoMAの永久収蔵品のひとつである「無印良品」壁掛式 CDプレーヤーのデザインなどを手掛けている。

「民藝」の言葉が指し示してくれる「新しい美の概念の普及」と「美の生活化」は、今のわたしたちの暮らしの中にも、脈々と続いていることを、柳宗理・深澤直人両氏のデザインされたプロダクトからも容易にうかがい知ることができるだろう。

『民藝』の美

日本民藝館に隣接する旧柳宗悦邸の「日本民藝館西館」も、この日見学することができた(西館の開館日は、日本民藝館の開館スケジュールにて確認可能)。
和風邸宅の外観と、出窓などの洋風の要素が合わさった建築で、主な設計は日本民藝館本館と同様に、柳宗悦氏が行っている。
本館も西館も、同じ人物の建築設計であるだけでなく、「美の生活化」を目指す「民藝」の在り方を体現してくれているような空間だ。

90年近く前につくられた2つの館は、おそらく当時から今に至るまで、丹念に手入れされているであろうことが感じられ、清潔な暮らし心地のよさがこちらに伝わってくる。
こうした生活実感のある空間に展示品が置かれていることで、「当たり前の生活空間」に「新しい美の概念」が生まれる瞬間を、目の当たりにできるのかもしれない。

柚木沙弥郎さんの染色作品を改めて目の前にして、泉からこんこんと湧き出続けるような「透明でみずみずしい生命力の美しさ」がたいへん心地よい、というのがわたしが感じたことだ。
第一印象として「素朴」な印象を受ける柚木さんの作品は、次の瞬間には「洗練」という印象になる。迷いのない彩り、かたち、線などが組み合わさってきらめく生命感。その輝きが、生活空間にちりばめられて、わたしたちの生命力として循環するように、わたし自身が感じたからかもしれない。

柚木沙弥郎さんの言葉

日本民藝館発行の月刊誌『民藝』の841号(2023年1月号)に掲載されていたインタビューで、柚木さんはこのようにおこたえになっている。

―――「人間らしい生き方とは」
「とにかく、言いたいことを言うとか、やりたいことをやるとか、人間的に当たり前のことを皆さんができていれば、いいね。明るくなって元気になります。」
(同誌20ページより抜粋)

―――「柚木氏がものを選ぶコツは」
「皆好みが違うけど、何でもいいんです。自分がいいと思うもので。(中略)自分で見つけ出すとその日、その日が新しく感じますよ。変化することはいいですね。自分の信じるものを掴めば楽しくなる。本気で信じること。今やってることをおもしろいと思わなきゃ。」
(同誌18ページより抜粋)

「生活」というのは、当たり前の人間の営みであり、その中で「人間的に当たり前のことをやること」が、その都度いのちのきらめきを思い出させてくれるのかもしれない。
自分で見つけ出したものを、その日その日の変化と一緒に本気で信じて、掴んで、楽しんでいきたいと改めて思ったおさんぽだった。

今年の秋からは、柚木沙弥論さんの大規模展覧会が、岩手県立美術館を皮切りに、全国の5都市を巡回するとのこと。
こちらも、大変楽しみでならない。

リンク先:

 ・日本民藝館公式ホームページ
 ・柚木沙弥郎さん公式ホームページ

写真右より時計回りに、
月刊誌『民藝』、
日本民藝館の入場券、
現在開催中の特別展案内(〜6/2まで)


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