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働くって何だろう

 毎週、火曜日は瀬戸市のⅯ金物店でアルバイトをしている。Ⅿは金物店とはいっても主に陶芸道具を販売している店だ。陶芸の勉強になればと思い半年ほど前から勤めているのだが、その店では様々な人に会うことができる。職業訓練校の同期や、陶芸サークルの先輩、ごくまれにだが、著名な陶芸家に出会ったこともある。そこで人脈が広がるのも働く動機の一つになっている。
 時には僕の作業着(訓練校時代の制服)に気づいて、見ず知らずの客が声をかけてくることもある。先月も三十歳くらいの元気の良い女性に「もしかして先輩じゃないですか」と声をかけられた。彼女は今年、訓練校を卒業し、瀬戸の陶磁器セレクトショップに就職が決まったそうだ。そして隣の朴訥そうな青年を「私の旦那さんです。彼も四月から訓練校に入学するんです」と紹介するのだった。旦那さんも、はつらつと訓練校に通う妻の姿を見て、サラリーマンをやめ陶芸の道に進むことを決めたそうだ。そんな若い夫婦に僕は「俺も早期退職して陶芸教室に勤めてんだ。好きなことを仕事にするって本当に幸せなことだよ。がんばってな!」とエールを送った。
 でも、後になって考えると、少々無責任な発言ではなかったかと心配になった。もし僕がこの夫婦の親だったら、諸手を挙げて賛成はしなかったと思う。ご存じのとおり、陶芸業界は生活様式の変化や海外製品に市場を奪われて、その未来は決して明るいものではない。陶芸家と呼ばれる人でも自分の作品だけで生計を立てている人はほんの一握りだし、製陶工場だって原材料費の高騰を販売価格に転嫁できず、四苦八苦している。現実に僕が訓練校を卒業した二年前はコロナ禍もあり窯業関係の求人は例年より少なく、訓練校で学んだ技術を生かせる仕事に就いた者は半分にも満たなかった。また運よく窯業関係に職を得ても、転職をしてしまったり、日々の仕事に追われて自分の作品作りから遠ざかってしまった者も少なくない。一方、経済的に不安がなく、たとえ低賃金であっても自分の希望通りの陶芸教室で働くことのできる僕は、本当に恵まれているといえる。もちろん先の二人はそんなことは承知の上で、それでも悔いのない人生にしたいと、さんざん悩んで決断したことは想像に難くない。
 さらに最近、拝金主義の社会が変わりつつあるのも夫婦を後押ししたのかもしれない。安定したサラリーは安定した生活をもたらすかもしれないが、終身雇用も当たり前ではなくなり、その安定が将来にわたって約束されるものではなくなってきている。自分の人生を安定させられるのは会社ではなく、自分自身だという考え方が広がりつつある。外野が「こうすべきだ」ということを粛々とこなしているだけでは、将来豊かな人生を送ることができないと、この若い夫婦も気づいているのかもしれない。
 自宅に帰ってMでの出来事を妻に話すと、妻は「素敵なことじゃない」と迷いもなく言う。慎重派の妻にしては珍しいと思い「でも将来的には不安じゃん」と返せば「一人じゃなくって二人で力を合わせれば何とかなるよ」と含みのある笑顔で僕を見る妻。「そうだよ、僕がやりたいことができるのは君のおかげだよ」。僕は心の中で手を合わせて、つぶやくのだった。

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