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対話1-A 石田月美から二村ヒトシへ――二村さん、教えてください!(石田月美)

二村ヒトシさま

二村さんと初めてお会いしたのは10年以上前、当時私が通っていた精神病院での講演会でした。お会いしたというより、眺めていたという方が正しいかもしれません。その病院では定期的に、外部からゲストを呼んで話を聞くというイベントをやっていました。大学教授や行政の方などが登壇し、私はその方達の話を聞きながら、「難しいけれど立派な人が言うのだから立派な話なのだろう」と読み返しもしないメモを取り、毎回参加していました。

あの日のことは今でもよく覚えています。普段はどんな“立派な人”が来ても閑散としている会場が、開始前から行列で埋め尽くされ、スタッフが予備の椅子を出しても足らず立ち見まで出る中、「AV監督で文筆家の二村ヒトシ」が講演を始めたのでした。

二村ヒトシは精神病院の院長をたじろがせるほど、「心」について話し、また患者たちの「心」を掴んでいました。いつもは陰鬱な私のおビョーキ仲間たちが、我先にと手を挙げて「どうやったらモテるんですか?」「恋愛が上手くいきません!」などと二村さんを質問責めにしている姿を、私は圧倒されながらただ眺めていました。いつもは「死にたい」と言っている仲間達に眠っていた「生」と「性」へのエネルギーを、二村さんが目覚めさせたようにも見えました。

ご著書はその前から拝読していました。『すべてはモテるためである』『なぜあなたは愛してくれない人を好きになるのか』。恋愛に、人間関係に、そして自分自身に悩む読者に優しく寄り添い、「どうすれば良いのか」まで示してくれている本でした。

それから読書会や哲学対話などでもお会いするようになり、私自身も『ウツ婚!!』を出版したことでお話しする機会も増えましたね。昨年二村さんに「一緒にラジオをやってみよう!」と誘っていただいたときは、とても嬉しかったです。精神病院の片隅で、あの熱狂を見ていた私にとって身に余る光栄でした。今でもその気持ちは変わりません。

私と二村さんは『すべての悩みは“作品”である』というラジオ番組を、現在まで約一年間続けて来ました。ラジオのタイトルは「悩みにズバッと答えるのではなく、リスナーから寄せられた悩みを“作品”として鑑賞していこう」という趣旨を込めて私が名付けました。しかしラジオを続けていく中で、二村さんがふと「まるで我々が我々自身を鑑賞しているようだ」と笑って仰ったことがあります。リスナーの方からも「二村さんと月美さんの違いが面白い」というコメントを沢山頂きました。そして私も、その通りだなと思います。

私自身、二村さんとお話しさせていただく度に「私と全く異なる考え方や価値観をお持ちの方なのだな」と感じています。そのことは二村さんにもよくお伝えしています。それでもこの一年間、毎週欠かさずラジオでお喋り出来ているのは、ひとえに二村さんの懐の深さのおかげです。本当に感謝しております。

でも、もう少しだけその懐の深さに甘えさせていただくことはできますでしょうか。というのも、私には、かねてから二村さんに問いかけてみたかったことがあるのです。それは、二村ヒトシの偉大なる発明である「心の穴」という概念についての疑問です。

二村さんが提唱する、そして多くの読者を魅了してやまないそのお話の中心に位置する「心の穴」という概念。私はそれ自体にずっと違和感を覚えてきました。僭越ながら申し上げれば、先に挙げた2冊の本を拝読したとき、私は痛みを感じました。それは、自分が元々持っていた傷をえぐられるというより、何かひどく残酷な光景を見てしまったときに生じる胸の痛みのようなものでした。当時の私はその痛みに耐えかねて考えるのをやめにしたのです。だから二村さんの講演会のときも、私は質問するよりも病院の片隅でただただ眺めていることを選んだのでしょう。

しかし、10年以上の時が経ち、そしてこのような機会に恵まれ、ようやく私は自身の痛みに向き合いたいと思えるようになりました。そんな私の勝手な都合にお付き合い頂くのも誠に恐縮なのですが、どうぞお許し下さい。「心の穴」という言葉が生まれてからも長い時間が経ちました。そしてその長い間ずっと、「心の穴」は多くの読者に愛されてきました。その長い間に二村さんご自身にも発見や変化があったことと思います。私が二村ヒトシを尊敬する一番の点は、二村さんが自分の変化を恐れないところだからです。故に、今こそ改めて教えてください。

二村さん、「心の穴」とは一体何なのでしょう。

ご著書を何度読み返しても、私は「心の穴」に対する違和感や痛みが消えません。今回お手紙を差し上げたのも、二村さんに「心の穴」についてのお考えを伺いたい、そして「心の穴」についての疑問を投げかけたい、からに他なりません。

「巨人の肩に立つ」とも申しますが、今現在、コロナ禍における非日常の連続の中で多くの人が、先行きが見えないことへの不安を抱えていると思います。私もその1人です。「心の穴」という発見の上で、その肩に立って見える景色はどのようなものなのか、一緒に考えていただければ幸いです。

私の個人的な痛みから始まるこの往復書簡が、非日常の連続を生き延びるための処方箋となることを祈って。読んでくださる皆さまのゲンジツに役立つものとなりますように。

敬愛する二村ヒトシさん、どうぞよろしくお願いいたします。

石田月美