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たちよみ『もし友だちがロボットだったら?』訳者あとがき(by 永井玲衣)

もし友だちがロボットだったら?――哲学する教室のつくりかた:30の授業プラン』の刊行を記念して、訳者のひとりである哲学研究者・永井玲衣さんによる「訳者あとがき」を公開。
「考えさせるのではなく、共に考えること。言わせるのではなく、よく聴くこと。まずはここから」

大人たちは、子どもの「哲学的な問い」が大好きです。子どもたちがじっと考え込んでいる姿が大好きです。子どもがこんな「深い」ことを言ったとか、面白いことを言ったとか、そんなエピソードが大好きです。
しかし、この「大好き」という気持ちが、子どもと一緒に考えるということを妨げることがあります。自分がぐっとくるようなことを言わせようとしてしまう。考えてほしい問いを、かれらに押しつけてしまう。
あなたにも、心当たりがあるでしょうか。

思い返してみれば、わたしたちは、考えることが大事と言いつつ(あるいは言われつつ)、「考える」ということをしっかりと学んだことがありません。小学生のころわたしは、なぜ算数や国語はあっても「思考」という授業がないのだろうとふしぎに思ったことがあります。もしかすると、考えることに特化した授業がないどころか、考えるという機会すらなかったというひとも少なくないのではないでしょうか。子どもに「考えよう」と呼びかけたとしても、わたしたち自身がしっかり考えるということを、そもそもあまりしてきていないのです。

そもそも考えるとはどういうことなのか。「哲学的である」ということが、何を意味するのか。「深い」とはどうなることなのか。この本では、そうした問いに丁寧に向き合ったうえで、わたしたちにヒントを提示しています。

しかし、この本はまったく偉そうではありません。たくさんの実践者たちが、子どもたちと哲学の時間を重ねることで、練り上げられてきたものだからです。なによりも、授業をする大人が、哲学を楽しんでいるように思えます。そしてこれは、ほんとうに、ほんとうに、大事なことだとわたしは思います。

子どもに考えさせたい、子どもの考えを聞きたい。そう気持ちがはやるとき、大人たちは知らず知らずのうちに、自分がまるで「正解を知っているひと」のようになっています。あるいは、子どもに「考えさせているひと」になっています。
ある学生の言葉をよく思い出します。彼女は「たしかにこれは子どものための哲学であるけれども、大人のための哲学でもある」とわたしに言いました。先生が子どもと一緒に考えこんでいる姿を見て、そう思ったようでした。

考えさせるのではなく、共に考えること。言わせるのではなく、よく聴くこと。まずはここから始まるように思います。

しばしば哲学の場をひらくにあたり、豊富な知識量や、卓越したスキルにばかり注目が集まりがちです。たしかに本書は、しっかりとした哲学史の知識の裏付けが書かれています。この点は、日本での哲学探究(哲学対話と呼ばれる場)とは異なる文脈で、とても特徴的な部分です。さらに、ファシリテーターのためのスキルもわかりやすく述べられています。
しかし、忘れてはならないのは「態度」の部分です。それは、子どもの話をよく聴くということにどれだけ気を払えるか。そして、自分自身の声もよく聴くということに、どれだけ自覚的になれるかということだと思います。

わたしたちは、もうすでに哲学をしているはずです。それをどう邪魔しないか。どう聴き取ろうとするか。そうしたことが、この本では書かれているように思えます。

この本は、学校の授業で使えるだけでなく、家でも楽しむことができますし、大人同士だって、友だち同士でだって、楽しむことができます。もしかすると、仕事場でも役に立つかもしれません。本を入り口にして、いろいろな実践を知りたくなったり、哲学書を読んでみたくなったりもするかもしれません。ぜひ、関心を広げてくださるとうれしいです。

訳者たちは、それぞれの現場で、それぞれの仕方で、人びとと共に哲学を試みているひとたちです。そして何よりも、自分自身が哲学を楽しんでいるひとたちでもあると、わたしは思います。本も時間はかかりましたが、楽しみながら訳すことができました。

訳者代表  永井 玲衣

『もし友だちがロボットだったら?
――哲学する教室のつくりかた 30の授業プラン』

ピーター・ウォーリー 著
永井玲衣・小川泰治・古賀裕也・後藤美乃理・田中理紗・得居千照・西山渓・堀越耀介 訳

考え続ける力を養う対話レッスンで「またやりたい!」の声がきこえる――
英国発! 準備ゼロでも楽しめる哲学対話のプレイブック


考える・伝える・聞く能力を育むとして、近年注目を集めている〈哲学の授業〉。哲学のすばらしい点は、まったく知識がなくても誰でも議論に入れること。大人がアシストすることで、子どもたちは哲学することを自然と楽しめるようになる。
子どもとの哲学で大切なのは、子どもたちが問いを立て、自分たちで考え、安心して失敗できる場をつくること。5~13歳の生徒たちと哲学対話を行ってきた著者が、すぐに使える30の対話プランを紹介。短い物語のあとに続く一連の問いをたどり、活発な議論と奥深い思考の世界へ子どもたちを導いていく。家庭や地域、他教科の授業でも使える一書。


【目次より】

第1部 理論編――子どもと哲学するために
子どもに問うこと/教室での哲学探究/先生のワザ/ヒントとコツ

第2部 実践編――じっさいにやってみよう
椅子 / アリの生きる意味 / 同じ川に2回入ることってできる? / 無人島ゲーム / なくしものをしてみよう! / ギュゲスの指輪 / 王子さまとブタ / テセウスの船 / コッチとアッチ / 幸せな囚人 / 黄金の指 / アリとキリギリス / カエルとサソリ/ 人生の本 / ピラミッドの影 / 魔法の杖 / ぶっちゃうビリー / 何もないということについて考える / 6人の賢者たち / 別の惑星のあなた / シービーのお話 / 友だち / トニー・テスト / 泥棒 / アンドロイド / ウソ / 再生 / 人間になれた? / 永遠の端っこへ / どこにいるの? / 公平の井戸

巻末資料
トラブルシューティング / 用語集 など