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厚岸 Akkeshi - 蒸留所を巡る旅(2)

朝の便で羽田から釧路に着く。広い湿原が続いており、冬晴れのもと空気が冷たく、北の気候が感じられる。バスで釧路の中心に向かう。街は静かで道は広く、建物も広々としており、街並みは異国情緒あふれる。今回の目的は厚岸蒸留所で、釧路からまだ50キロほど東に向かった厚岸町の近くに位置する。蒸留所のツアーは朝早くの列車で出る必要があるので、その日は釧路で泊まり、翌日に備える。

個人的な想いとしては20年近く前の学生時代に、はじめて都心できちんとウィスキーを飲んだのがアイラモルトで、薬のようなピーティーな風味が印象深く、以降すっかりスコッチウィスキーに魅了されてきた。2017年には念願のアイラ島を訪問でき、日本で同様のコンセプトの蒸留所があると知り、必ず訪問したいと思っていた。

翌日、少し早起きして釧路駅へ向かう。早朝の風は冷たく、5分の道のりでも無事に着けるか心配なほど寒く、凍結に気を付けつつ歩く。釧路8時過ぎの根室行きに乗車する。2両編成の気動車で、観光客と地元の人たちが半々という構成。湿原の川の間をぬって、広く静かな海に沿って走り、通勤電車とは別次元の壮大な車窓に見とれているとすぐに厚岸に9時過ぎに到着した。

厚岸駅は静かな無人駅で、蒸留所の展示が並んでおり、いよいよ着いたと心が弾む。跨線橋を渡り、5分ほど駅裏の方へ上がるとツアーの拠点の道の駅がある。道が凍結気味で、気を付けて歩きながら坂道を上る。海からの風が冷たい。受付をすませ、パンフレットなどを読んでいるとほどなくツアーが開始される。道の駅の会議室で蒸留所の歴史やウィスキーの特徴などの講義を聞いた後、車で蒸留所に向かう。

厚岸蒸留所は2016年の稼働開始で、オーナーは食品輸入企業の社長で、新規事業の一環として始まった。当初よりオーナーのアイラモルトへの想いは強く、日本でアイラのようなウィスキーを実現するため様々な場所が検討されたが、最終的には同様の冷涼湿潤な気候、泥炭、海風、そして牡蠣の産地である厚岸以外には無いとの結論で、この地が選ばれた。

本物の実現のための徹底的なこだわりの中で、蒸留器の製造も世界一と言われるスコットランドのフォーサイス社の技術者が厚岸の地に招かれ、研究、製造が進められた。2018年に初商品のニューボーンシリーズがリリースされ、2020年には二十四節季シリーズが販売開始された。抽選でも中々手に入らない人気で、23年にはインターナショナル・スピリッツ・チャレンジの金賞を清明が受賞。大暑、大寒も銀賞を受賞し、世界も認めるブランドへと成長を続ける。泥炭や水だけでなく、これからは大麦もミズナラも厚岸産と、厚岸オールスターのウィスキーの実現を目指して製造が進められている。

静かで穏やかな潮風から蒸留棟、貯蔵庫のデザインまですべてがアイラ島とそっくりで、スコットランドにいると錯覚するほど。ツアーが終わり道の駅に戻り、併設のレストラン・バーで試飲の時間に。厚岸モルトはほとんど流通がないだけに、様々な種類を心置きなく楽しめる場所は世界でここしかない。

まずは二十四節季シリーズの第八弾、大暑から。ピーティーで柑橘の香りが爽やかな若々しい味わいが特徴で、ピリッとした辛ささえも感じられる。これがまた甘く旨味が凝縮した厚岸の牡蠣にぴったりで、牡蠣が濃厚なだけに、爽やかなウィスキーが絶妙に合う。他には同シリーズの雨水や、ボトル販売がなく町内でしか飲むことができない牡蠣の子守歌などを嗜む。

さらに素晴らしいのは、本場アイラで定番の牡蠣とウィスキーのペアリングを越えて、濃厚な厚岸生乳アイスの厚岸モルトがけや、雲丹いくら生牡蠣など、北の渾身の絶品メニューとの組み合わせの数々が楽しめ、北海道のレベルの高さを感じる。アイラ島が素晴らしいのはもちろんのことだが、厚岸の魅力も世界に全く遜色ない。

「人生とはかくも単純なことで、かくも美しく輝くものなのだ」
村上春樹がウィスキー紀行でアイラ島について言ったが、厚岸にもそのまま当てはまるとしみじみと感じる。窓の外を眺めると、最果ての静かな青空に穏やかな湖が広がる。改めて、人生は尊く、世界は素晴らしいと思う。

(2022年12月)

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