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クライヌリッシュ Clynelish - 蒸留所を巡る旅(3)

ロンドンから夜行列車と普通列車を乗り継いでハイランドでも北の方になるブローラに着く。ブローラ川という清流が流れ、ここはサーモン釣りで有名で、今でもロイヤルファミリーがここで釣りを楽しんでいると言われる。北海に面した非常に美しい小さな町で、海岸ではシャチが見えることもあり、また化石も拾えるという、大自然に囲まれている。天気は快晴で、湿度は無く快適だが、日差しがとても強い。

見渡す限り青色が続くブローラの海岸

蒸留所は駅から国道を北上し徒歩20分ほどで、予約時に交通手段を聞いたが「歩けるよ!」とのことだった。しかしとぼとぼ歩いているとなかなか遠く感じる。強い日差しの中、羊などを見ながらひたすら心を無にして北上する。日本でも地方で「すぐだよー」と言えば30分くらいは覚悟が必要なのと同じで、こういった時間間隔は万国共通か。

国道沿いののどかな牧草地

ようやく左手に蒸留所が見えてきて、ほっとしつつ丘の方に左折する。広々とした芝生の大地の上に立派な蒸留所が見えてくる。目的地のクライヌリッシュ蒸留所は英大手酒造企業のディアジオ社の傘下にあり、ここで製造される90%以上がジョニーウォーカー等のブレンディッドウィスキーのキーモルトとして使われる。入口に向かうと大きなジョニーウォーカーのオブジェの出迎えがある。立派なクライヌリッシュの施設とは対照的に隣には静かにブローラの蒸留所が佇む。

新しく美しいクライヌリッシュ蒸留所の施設

建物に入ると、蒸留所付属のお土産、グッズ販売所も充実しており、レジのお姉さんもガイドのお姉さんも非常にフレンドリーだった。ツアー後に酔っぱらって歩いて帰るのはつらそうなどと、と雑談していると、スタッフの方が送ってくれるとのこと。皆さんの優しさに感謝を覚えつつ、二階のツアー受付に向かう。

天井が高く見晴らしが良い二階のカフェ・バーの施設

二階は海や町が一望できる見晴らしの良いカフェ、バーのようなスペースで、ツアー開始時の一杯ということで、早速試飲させてもらう。釣り竿を背負っていたので、海の話が聞けた。ブローラの美しい海岸からはイルカ、クジラ、アザラシなどが見えるとのこと。またブローラ川での釣りがとても有名で、ロイヤルファミリーご用達のフライフィッシング、サーモン釣りの場所であるとか。素晴らしい町だなあと思いながら試飲していると、ダブルはあったか、まだ始まっていないのに非常に酔っぱらってきた。

素人にも親切なわかりやすく工夫されたツアー

ツアーでは同じ組にアジア系の夫婦3組と一緒だった。ガイドさんの説明は非常に丁寧で、さすがディアジオ社だと思った。模型などを使って工程が説明され、とても分かりやすかった。こうして丁寧にツアーを実施して、ファンを増やして、ウィスキー人口を増やす戦略を進めてきたとのこと。昨今のウィスキー人気もこうした現場での地道な取り組みの賜物かもしれない。

6つのスチルが堂々と稼働する蒸留所

ツアー後、先ほどの見晴らしの良いカフェ・バーに戻って試飲タイムが始まる。4ー5種が試飲でき、生産量が少ないものや、エイジングのもの、シェリーカスクなどを飲み比べできる。クライヌリッシュの特徴は二つで、一つ目はワクシーと言われるねっとりとした感触が感じられること。理由は企業秘密として教えてくれなかったが、蒸留過程がこうした特徴に貢献していると言われる。もう一つはフルーティーなこと。口に含むとオレンジのような風味が豊かに広がる。こうした蜜のような感触と、フルーティーさが相まって、普通のボトルでも非常に完成度が高いのがクライヌリッシュである。それに加えてこの試飲では、エイジングやシェリーカスクなど、さらに深み、まろやかさが感じられる一杯を体験でき、非常に贅沢な忘れられない経験になる。

試飲ではエンジング、シェリーカスクなど贅沢な一杯が並ぶ

ここで興味深いのは原酒の9割以上がジョニーウォーカー等、一般用のブレンディッドウィスキーに使われているとの点。至高の一本とこうした市販のものが同じ原酒をベースにしているのはなんとも不思議な感じがするが、こうした点も今後のウィスキー研究を深める上での一つのトピックになり得るかもしれない。

静かで美しいブローラの町

ツアーは5時頃に終了し、学びが頭の中で反芻され、良い感じに酔いも回っている中で宿に戻る。ブローラは北緯58度と極めて緯度が高いのもあり(サハリンの北限よりも高い)、まだまだ正午のように日が高い。宿の一階のレストランで、夕食にフィッシュアンドチップスとギネスを食する。せっかくのイギリスということで嬉しくて二日連続で注文してしまった。時差もあり酔いもあり、クライヌリッシュの風味の余韻に浸りながら、まだまだ早いが眠りに落ちる。眠る前ももう夢のような非日常な光景にある中で、夢が連続しているような、眠りさえも贅沢なものだった感じがした。
(2023年6月)

北ハイランドで食べると魚もポテトも豆も新鮮な気がする

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