change.orgにおける中野宏美さんによる弁護士法の解釈について

■弁護士逮捕に関するニュース

先日,以下のようなニュースが報道されました。


「告訴取り下げ」迫る弁護士を逮捕 容疑否認 NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150310/k10010010731000.html

東京の52歳の弁護士が、国選弁護人を務めていた傷害事件の被害者の女性らに、無理やり被害届を取り下げさせようとしたなどとして、警視庁に強要未遂などの疑いで逮捕されました。調べに対し、容疑を否認しているということです。


強要未遂容疑:「DV被害取り下げを」と脅迫…弁護士逮捕 - 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20150311k0000m040100000c.html

DV(ドメスティックバイオレンス)事件の被害者や家族に被害届の取り下げを迫ったとして、警視庁捜査1課は10日、第一東京弁護士会所属の弁護士、棚谷康之容疑者(52)=東京都豊島区北大塚2=を強要未遂と証人威迫容疑で逮捕した。同課によると「強要したのではなく、考えてほしいと頼んだだけ」などと容疑を否認している。


■Change.orgの記事

中野宏美さんが,上記事件に関連して,Change.orgに以下のような記事を掲載されています。

キャンペーンについてのお知らせ · DV被害者に直接示談を交渉した弁護士が逮捕されました · Change.org
http://goo.gl/YXWC3f

本稿では,この記事における中野さんのご主張そのものではなく,以下の一文の法解釈面について言及します。

「被害者に直接交渉することは、弁護士法に抵触します。」

つまり,本稿の目的は,「弁護人(弁護士)による被害者の方との直接交渉行為は凡そ弁護士法に抵触する」というご指摘が現在の法解釈上,正しいか否かを検討するという点にあります。


■弁護士法の解釈

結論から申し上げます。


被害者の方と直接交渉すること自体は,弁護士法に抵触しません。現在の実務上,このような解釈は一般に採られておらず,この一文は少なくとも語弊があります。

単純な疑問として,中野さんは弁護士法の何条に違反するというお考えなのでしょうか……?

弁護士法 法令データ提供システム|電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S24/S24HO205.html


そもそも,弁護士(弁護人)は,刑事事件において示談交渉が必要な場合は,むしろ,被害者の方との示談交渉を試みなければなりません。


もちろん,この示談交渉の際に,被害者を傷つけるような言動や,無礼な言動をしてはなりません。威圧的な発言や脅迫などもっての外です。DVの事案であれば,被害者の方は肉体的・精神的にダメージを負っている可能性が高い以上,弁護人は,言動には細心の注意を払わなければなりません。当然の前提です。

また,被害者の方に弁護士が代理人として就いているにもかかわらず(代理人と交渉してくださいという被害者の方の意思があるにもかかわらず),殊更にその代理人を通さずに弁護人が被害者と示談交渉する行為も,被害者の方に圧迫的であるという意味で,妥当な行為ではありません(日弁連が策定した弁護士職務基本規程52条に反する可能性があります)。

弁護人は被疑者・被告人のために誠実に職務を行わなければなりませんが(弁護士法1条2項),弁護人であるからと言って何をしても良いわけではありません。当たり前のことです


しかし,被害者と直接交渉すること自体は,弁護士法に抵触する行為ではありません。むしろ,弁護人は,被疑者・被告人が被害者との示談を望むのであれば,示談成立に向けて行動しなければなりません。


今回の東京の事件とは異なりますが,自白事件で被疑者段階(≠被告人段階)の示談交渉がテーマの1つとなった実際の事件としては,東京地判平成22年12月17日判タ1355号169頁があります(裁判長は端二三彦判事)。判決では次のように指摘されています(太字は引用者による)。

「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現するとの使命に基づき、誠実にその職務を行わなければならず(弁護士法1条2項)、殊に、刑事弁護においては、被疑者の防御権が保障されていることにかんがみ、その権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努めるべきである(弁護士職務基本規程46条)ところ、被害者のある事件で被疑事実に争いがない場合は、被害者との間で示談交渉を行い、この結果を担当検察官に報告することは、担当検察官が、被疑者の起訴、不起訴の処分を決定する際、示談交渉の事実を、被疑者に反省の意思がある、あるいは、被害者に宥恕の意思があることを示す被疑者に有利な情状の一つとして考慮することにつながるから、被疑者が示談をする意思を示す場合には、刑事弁護人としては、刑事弁護の委任契約に基づき、被害者との間で示談交渉を行い、この結果を担当検察官に報告すべき義務(以下「示談交渉・報告義務」という。)があるものというべきである。」


また,この事件に関する判例タイムズの匿名解説でも次のように述べられています(太字は引用者による)。

「本判決が指摘するように,刑事事件において,被害者との示談の成否が処分を決定する上で有利な情状となり得ることは周知の事実であるから,被疑者が被害者との示談の成立を希望している場合には,刑事弁護人は,検察官が起訴・不起訴を決定する段階においては,被害者と示談交渉を行い,その結果を担当検察官に報告する義務があるという結論を導くことは容易であろう。」(判タ1355号169頁)



弁護人の行動が犯罪に該当するのであれば,当然,その弁護人は処罰を受けなければなりません。

弁護人の行動が犯罪でないとしても,社会的相当性を欠いた行為だったならば,弁護士会はその弁護人を懲戒しなければなりません。

これらの点については,私も同意見です。

ただ,弁護士法の誤った解釈を元に議論を進めるのは,公平ではありません。また,弁護士法の誤った解釈が広がれば,弁護人の活動に対する誤解を招きかねません。

その為,本稿を執筆いたしました。


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