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ヤジは表現の自由か【小論文の時事】  



【1】 予備知識    

 2019年夏に行われた参議院選挙において、その選挙期間中に札幌市で演説をおこなっていた安倍晋三首相(当時)に、「安倍辞めろ」「増税反対」と叫びヤジを飛ばした市民2人が北海道警察の警察官に排除され、憲法が保障する「表現の自由」(憲法第21条)を侵害されたとして、北海道に慰謝料などを求めて訴訟が提起されました。実際の裁判においては、ヤジを飛ばした市民がどのような流れで行動をしたのか、それに対して警察官は具体的にどのような行為をしたのか、またその行動が現場において危険な緊急事態に当たるような状態だったのかといった事実に基づいて議論され判決が言い渡されるわけですが、小論文やグループディスカッションの課題においてはこの具体的な状況はさておき、この「ヤジ」自体が表現の自由に当たるのかどうかという論点でそれぞれの意見・主張を考えておきましょう。

 ヤジというのは、他人の発言や言動に対して非難をしたり冷やかしの言葉を浴びせたりする行為や発言を指します。特に国会や地方議会でよく見られる光景ですよね。またプロ野球の試合においても、例えばエラーをしてしまった選手に対して観客席から強烈なヤジが飛ぶことがよくあります。もちろんそのヤジの内容にもよりますが、そもそもの「ヤジ」における「非難」や「冷やかし」に相当する言葉が「表現の自由」の範囲だと言えるのか、ヤジを受ける人に失礼なもので表現の自由を逸脱した行為だといえるのか等を考えておく必要があります。「ヤジ」という言葉の定義が若干曖昧だともいえるため、回答者1人1人で考え方が分かれるところ、つまり論点です。

 またこの「ヤジ」に似た言葉で、「シュプレヒコール」(Sprechchor:ドイツ語)という言葉が、特に2012年頃から日本のインターネット上で多く使われるようになりました。ただこのシュプレヒコールはあくまでも「集会やデモなどで、多くの参加者が同時にスローガン等を大声で唱えること」を表しており、これは明らかに阻害行為とされ、ヤジとは異なる質のものとされています。特に「シュプレヒコール」という言葉は近現代でよく使われる用語だといえますし、知識教養のアピールにもなりますから、この機会に比較対象として頭に置いておくと良いでしょう。

 このような「ヤジ」「シュプレヒコール」「罵声」「威嚇」「激励」など様々な類似の言葉がありますが、「表現の自由」と「権利乱用の禁止・公共の福祉」の観点から、どこまでが表現の自由とされ、どこからが権利の乱用として公共の福祉が優先されるのかといった境界線について自分なりの主張軸を構築しておきましょう。


【2】 案の比較    

課題: ヤジは表現の自由か



賛 成 案

● ヤジは立派な意見表明
● 表現の自由を逸脱しているのは「罵声」や「威嚇」
● 個々でヤジるものでシュプレヒコールではない

論拠例

反 対 案

● ヤジ=非難、冷やかしであり、相手に失礼
● 阻害する目的のヤジは表現の自由を逸脱している
● 受けた者の捉え方によって自由は制限されるべき

論拠例

折 衷 案

● ヤジは表現の自由の範囲だが、相手への尊重が前提
● 第三者が客観的にどのように受け取るかに依存
● 政治活動では、ヤジは通常時よりも保護されるべき

論拠例


【3】 論述の流れ    

課題: ヤジは表現の自由か



仮説の段落

<意見提示>「私は〜だと考える」
 賛成反対等の方向性を設定
<根拠提示>「なぜなら、〜だからである」
 設定の主たる根拠について概要通知


論理展開の段落

<譲歩>「確かに、〜」
 自分が選択しなかった案の理論を分析評価

<対比>「しかし、〜」 
 自分が選択した案の理論を説明

<例示>「例えば、〜」 
 自分が選択した案の理論を具体例で証明


結論の段落

<結論>「従って、〜」
 具体的な議論を経て至った結果の総括



【4】 攻めの選択と守りの選択    

 小論文試験やグループディスカッション試験を受ける際の状況に合わせて、攻めの選択と守りの選択をしていかなければなりません。

 一次試験や事前提出の書類でなんらかの失敗をしてしまい合格点までかなり遠い状況になっている場合、また他にも受験者数に対して合格者数がとんでもなく少ないような試験になっている場合は、一発逆転を狙うべき状況である以上、ある程度のリスクを背負ってでも「攻めの選択」をする必要があります。

 逆に、例えばあらかじめ結果が出ている共通テストで有利な状況になっている場合、提出済みの志望理由書において自己アピールがうまくできているような場合、また受験者のほとんどが合格できるような種類の試験である場合は、無難な「守りの選択」をする必要があります。

 原則としては自分自身にとって書きやすい案を自分の主張として展開していくわけですが、賛成案でも反対案でも折衷案でも、どの案でもある程度同じような勝負で、どの文章でもある程度書けそうだという場合は、上記のような試験の状況に合わせて選択するというのも1つの重要な戦略です。今回の課題である「ヤジは表現の自由か」というテーマにおいては、攻めの選択と守りの選択は下記のようになるといえるでしょう。

<攻めの選択>  賛成案
<無難な選択>  反対案
<守りの選択>  折衷案


【5】 余白の知識  

 表現の自由とは、日本国憲法で保障されている基本的人権のうち精神的自由権にあたる国民の権利で、個人が持っている思想・意見・感情などの精神活動を外部に向かって表明する自由のことを表します。言論の自由、知る権利、アクセス権、報道の自由、放送の自由、出版の自由、示威行動の自由、営利広告の自由、性表現・名誉毀損的表現の自由、これらのすべてが基本的人権として憲法第21条の元で保障されています。

 ただし、憲法第12条において自由権の制限についても明記されています。具体的には、(1) 権利の濫用は禁止されており、(2) 公共の福祉が理由であれば自由権が制限される、とされています。

 だからこそ今回の「ヤジ」が、表現の自由か公共の福祉(権利の濫用)かということで議論になるわけですね。

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