親愛なるランナーたちへ
1.
柔らかいクッションがうす灰色の暑く溶けたアスファルトを交互にこするたびに僕らはちょっとだけ前進していた。ナイキのタンクトップはとうの昔に汗を風に紛らせることを諦めたのか今では年老いた名コーチのように肩に寄り添っていた。
まだ腰は元気だ。
今年はやけに疲れることがたくさんあった。
ただ走り始めるまでにだっていくつものハードルがあり、走りはじめた今でさえそれらを越えてこれたのかは分からない。
家から車で30分程のこの陸上競技場に着いてランニングシューズに履き替えているころにはそれらもどうでもよくなるから不思議だ。
まだ人は少ない。
イヤフォンから聞こえてくるフランクシナトラに応援されて今日もなんとか走り切れた頃には太陽は真上から僕の影を消したがったが、それから逃げるように僕は車の後ろのドアを開けそこに隠れて頭から水を浴びつつ飲んだ。
まだ夏じゃないっていうのに。
2.
久しぶり。
元気だった?
そう言ってもらえるなら安心だ。
何食べる?
ボンゴレビアンコでいい。
分かったわ。
シャワーから出て新しい下着とソックスに着替えた頃には別れた奥さんとこの前会った時に何を食べたか思い出していた。
午後のミーティングの約束まであと15分ある。
僕はリビングのソファに深く腰をあずけそっと目を閉じた。
青い森の中ではしかめっ面のランナーたちが秘密のタイムを目指して思い思いの方向に走り始めたところだ。
草むらに隠れた動物たちはランナーが1人も転ぶことなくゴールまでたどり着くことを祈ってひそひそ話をしている。
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