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部活動の負の側面

まず前提として私自身は中学校や高等学校の部活に対してよい印象をもっていません。体育会系の文化になじめずに青春時代を過ごしてきた私には理解しがたい部分があるからです。

ですから、部活動を熱心に指導したいという気もありません。

学校の設置目標は学業であり、部活動は学習指導要領における正規のカリキュラムでもなければ、卒業要件単位にもならない自主活動に過ぎないからです。

したがって今回の内容は多分にポジショントークとなる点が多いと思います。しかし、部活動そのものを否定する意図はありません。

部活動によって救われた、部活動で成長できた、素晴らしい人間関係を構築できたという経験の人も多いでしょう。

そういった人たちを否定するつもりもありませんので悪しからず。

教員の労働問題と部活動

まず近年問題となっているのはこの点です。

基本的に公立学校の場合、部活動は正規の職務ではありません。

さらに、部活動の多くは教員の勤務時間外に行われますが、そこに関して正規の賃金が支払われることはありません。休日なども、労働基準法違反の最低賃金で実施されています。

この問題は、給特法など関係する法律の兼ね合いもあり複雑ですので、この記事では深入りは避けたいと思います。

ちなみに、私が勤務するような私立学校でも労基法が守られている部活動はほとんどありません。

このように部活動には、本来払うべきコストを教員の無償奉仕によって賄っている、という制度上の大きな問題があるということになります。

労働問題自体は解決すべき重要問題ではありますが、今回はこれとは別の視点を考えていきます。

無償であることの問題

このように、日本中の多くの部活動では指導者に適切な賃金が払われていません。

しかもその多くは専門的な教育受けてもおらず、資格も持っていない素人教員が指導者として、部活動の指導をしています。

さらに、受益者である大半の部活動をしている生徒はきちんとした費用を負担していません。

スポーツを習うためには、指導者、場所、道具など多くのコストがかかります。

そのコストには指導者への賃金、利用した設備の使用料や保守費用など多くの費用が含まれます。

はっきり言って、月々数千円の部費を支払うだけで捻出できるような金額ではありません。

実際、クラブチームに所属している生徒は相当な費用を支払って習っています。学習塾であっても週に2、3回で万単位の金額がかかります。

しかし学校部活動ではこれらが、ほとんどタダに近い金額で指導を受けられます。(質の良し悪しは別として)

その結果、日本中の多くの家庭において「スポーツは無料(に近い金額)で習うことができる」という意識が浸透しています。

これこそが日本のスポーツの発展を阻害する要因と私は考えています。

スポーツが無料という意識が生む負の側面

学生時代を終え、就職すると多くの日本人はスポーツをやめてしまいます。これには忙しいなどの時間の問題以外にも大きな理由があります。

大人になってからのスポーツは費用が掛かるからです。

これまでスポーツが無償でできると無意識に考えていた人たちが、次の日からは有料で習わないといけない、という状況でスポーツをするでしょうか。

この結果、ゴルフなど業務上の副次的な効果が得やすいスポーツだけが残り、それ以外のスポーツは成人の競技人口を大きく減らしていきます。

さらに専門指導者育成に関しても問題が発生します。

海外では、スポーツの指導者が正当な賃金をもらって指導する、という制度が確立しています。

しかし、日本では公的な学校が部活動を無償で実施することが民業圧迫となり、スポーツ指導者の職を奪うことになっています。

そのため、科学的なトレーニング方法などがいまだに普及せず、根性論だけで指導する指導者が令和の現在も存在する始末です。最近は大分減ったようですが。

部活動の社会体育化の動き

この問題に関し、文科省ではなく、経産省から解決のアプローチが始まっています。

いわゆる部活動の社会体育化の動きです。

日本中の無償で行われている学校部活動というスポーツ指導から、費用を負担して維持する社会体育活動へと変化することで、中高生へのスポーツ指導という大きな市場が発生します。

それに伴って人的コストを含めた経済活動を活発化させることも可能でしょう。

さらに、社会人スポーツという市場を掘り起こすことも可能になるのではないでしょうか。

貧しい家庭の生徒への配慮は…

この動きに対して反対する意見の一つが「貧しい生徒はスポーツをできなくなる」という意見です。

まず、私は根本的にこの問題に対して「それは仕方ないですよね」という感想しか抱きません。

学習塾であっても、貧しい家庭の生徒は通うことができません。

現在でもクラブチームスポーツや弦楽器などは富裕層のみに許された習い事です。

むしろ今まで特別扱いをされていたことのほうが異常事態だったのではないでしょうか。

さらに、学校は教育機関であり、個人の貧しさに対してアプローチをするのは教育ではなく、福祉の仕事です。

貧しい子供がスポーツをする権利を保障するのであれば、公的機関が補助金やスポーツクラブチケットなどの制度を充実すべきであり、教育機関に丸投げするべき問題ではないと思います。

不当に安いということは誰かが割を食っている

様々なことに関して、提供コストに対して不当に安価でサービスを受けることができる状態は、誰かがその分の損をしているに過ぎないのではないでしょうか。

まあ、私も親として安いのは助かる、という気持ちわかるのですが、それは健全な状態とは言えませんので。

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