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指導者としてサッカーで生活していくことの難しさ

ドイツで育成年代のサッカーの指導者として生計を立てていくことは非常に難しい。

ブンデスリーガ1部に所属しているようなクラブであっても、育成年代の指導者はある程度上の年代のカテゴリーでない限り他に仕事をしながらパートタイムの指導者として活動していくことになるパターンがほとんど。

先日、ドイツの国営放送でドイツ・ブンデスリーガ育成アカデミー指導者の給与事情が放送された。その内容はネガティブなものであり、ドイツ国内でも多少なり反響があったようだ。
日本でもいくつかの媒体でその内容が記事化され、配信されているが、自身の経験等も踏まえながら「サッカー指導者とお金」について触れてみたいと思う。


Sportschau内で言及された育成指導者の「金銭的対価」としての現状

テーマの対象としてあげられている指導者たちは主にU13年代以下のカテゴリーコーチらしい。
放送ではバイエルン・ミュンヘンやアウクスブルクの元・育成コーチが匿名で出演していた。
バイエルン・ミュンヘンの元コーチは週30~40時間の労働で月450ユーロ(約5万9千円)、アウクスブルクでは初年度が月200ユーロ(約2万6千円)以下、次にアシスタントコーチとして250ユーロ(約3万3千円)、そして監督のポストを提示された際に月400ユーロ(約5万2千円)と説明されたが、その元コーチは「月400ユーロで正規職のようには働けない」と断ったという。
(※日本で配信されている記事はバイエルンとアウクスブルクのコーチの証言が入れ替わってしまっていて逆になっている。正しくは上記のように『週30~40時間で450ユーロという条件はバイエルン、初年度200ユーロ以下...の話しがアウクスブルク』)

以前にヘルタ・ベルリンでアカデミーコーチをしていた人の話では、Kreisliga A(だいたい成人8部や9部に相当。地域によって何部扱いかが異なる)の監督をやっている方がブンデスリーガのクラブで子どもたちの指導者をやるよりも報酬が多いとのこと。

また、ビーレフェルト、オスナブリュックなどのブンデスリーガのクラブで月450ユーロ以下で指導者をしていたクリスティアン・フリュトマン(現・RWエッセン育成部長)はイングランドのノーリッジ・シティで指導していた際に全く事情が異なっていたと感じたという。
そこでは、「育成年代の指導者たちは生活していけるだけの給料を『サッカーの指導者として』貰っており、U9やU10の指導者も他に仕事を持つ必要がなくサッカーの指導に集中している」環境であったと語っている。


間接的に国際的競争力の低下につながる可能性

ドイツで月450ユーロという金額が街クラブのコーチに支払われる給料であったならば正直あまり驚きはしないと思う。確かに少ないと感じる部分もあるかもしれないが、日本でもアルバイト契約のコーチならこのくらいの金額なのではないか。
ブンデスリーガのプロクラブではない、言い方は悪いがいわゆる「その他大勢の街クラブ」として扱われても仕方がないチームではこの金額は給料としてはそれなりに多く支払われているといえる。

問題はこの金額を払っているのがブンデスリーガのプロクラブという点。

まず前提として、ブンデスリーガの1部と2部に所属している全クラブは「NLZ」と呼称される、DFB(ドイツサッカー連盟)の認証を受けた育成アカデミーを有していなければならないが、その条項の中では当然、アカデミーに所属する指導スタッフの質に関して評価対象としての視線が向けられている。
ただトレーニングと試合をするだけでなく、事前準備、振り返り、トレーニングプロトコールの作成と提出・報告、スカウティング、分析、父兄とのやり取り、公式戦以外のカップ戦への参加、場合によっては選手移籍のやり取りにも介入が求められることもあるだろう。
監督とアシスタントとで分担できる部分があるといってもやはり従事する時間は多いし、インタビュー内にあった「週30~40時間」という表現も大袈裟ではない。

ドイツ人にとってもブンデスリーガのクラブで指導者をやることは名誉なことだろう。それでも、日常生活に大きく影響を与えるくらいの時間を割いて受け取る金額が数万円では対価としては見合わない。お金が全てではないが、報酬の大小は正直大事。

もらえる報酬が少なすぎることでサッカーの指導者自体を辞めてしまう人もいるだろうし、金銭的魅力が無いために指導者をやろうと思う人が減少する可能性だってある。
モチベーションを維持できなければフェードアウトしていくのは当然といえば当然であるし、育成年代の優秀な指導者の絶対数が減っていく可能性は否定できないだろう。
近年ドイツはアンダーカテゴリーの代表やユース世代の結果が芳しくない。もちろん、いい選手はいるし強豪であることには違いないが、スペインやフランスに比べて若年層の選手輩出の点から見てもあまり元気がない。現状ではトップofトップとは言えないと思う。

タレント輩出、競争力向上のためには優秀な指導者の存在が絶対条件であることからも、育成改革には指導者に対する雇用状況や経済的・財政的側面からのアプローチも必須。(まあこんなことは昔から言われているだろうし、今更言及することじゃないだろうが...)


ブンデスリーガ以外のクラブは?自分の経験

指導者として勉強をするためにドイツに渡り、ケルン市にある「SCフォルトゥナ・ケルン」というクラブで指導させてもらってこの2020/21シーズンで6季目となる。
トップチームは今は降格して4部所属だが、3シーズンほど前までは長いこと3部リーグ(ドイツは1部~3部まではプロ扱い。4部5部はプロとアマチュアが混在)に所属しており一応プロクラブ扱いであるため、ブンデスリーガのクラブでは無いものの、街クラブともまた違う立ち位置ではある。が、こと指導者に払われる給料に関しては街クラブよりも悲惨な状況。あまりにも少ないために、「報酬が少なすぎるから、もうここではやれないかな」と言ってクラブを去っていく若い指導者が何人もいた。

自分自身は最初は報酬無しからスタート。2季目にU11セカンドチームの監督になり50ユーロ。翌シーズンに75ユーロと少しずつ上がっていったが、それでも日本円で1万円程度。小遣いにも満たない金額だった。(※担当したカテゴリーは全てトレーニングは週3回、プラスして毎週末に試合というスケジューリング)
他クラブのドイツ人の指導者からは「なんでそれしか貰っていないんだ?お前は指導者ライセンス保持者だからもっと貰わないとおかしい。他のクラブに移籍したら?」みたいなことを結構言われていた。ただ、他の街クラブに目を向けてみたところで100ユーロ、多くて150ユーロ前後。確かにフォルトゥナ・ケルンより多いが、どっちみち生活できる水準には程遠い。
そのため、この界隈では力のあるクラブでやらせてもらえていたこと、アシスタントではなく監督としてのポストで経験を積めていたことから離れる決断にまでは至らなかった。当時はまだドイツ歴2、3、4年目くらいだったし、お金より経験値優先だった。
ただ、この自分と同じ条件ではドイツ人指導者だったら引き受ける人はほぼいないだろうなとは思う。


一部のクラブや長期休暇の時期を除きスクール業のようなことはドイツではほとんど行われていないため、日本のクラブがやっているようなスクール事業による収入は基本的にドイツでは見込めない。大きな街にはいたる所にサッカーチームが存在し、ほぼ全てのクラブが自前のグラウンド(管理自体は街、市が行っていることが多い)を有しているため、サッカースクール業を行おうにも日本とは異なりグラウンドを有しているという点が何のストロングポイントにもならず、ビジネスとして成立しづらい側面があると思う。


以上の点からサッカー大国のドイツであっても育成年代の指導者を取り巻く財政的な環境は厳しく、日本に方がまだ恵まれている点もあるなとドイツに来て活動して感じた。
もちろん、指導者として上のレベルに行くことは難しいことではあるが不可能なことではないと思うし、上を見据えて取り組むことはやめるべきではない。しかし、トップトップは本当に華やかだが、下に目を向けるとこうした現実が転がっていることも事実。

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