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【読了】流浪の月

せっかくの善意を、私は捨てていく。
そんなものでは、私はかけらも救われない。

帯に書かれた文章に全身が吸い込まれた気がした。
共感ではなく、同情の類とも違った。

ただわからなかった。
おそらくはこの活字の世界の中の少女が、それを明らかに善意と認めて、なお、受け入れない理由が。
単に思いやりを毛嫌いしているのとも違う。
明確に必要ないと悟り、拒絶を望んでいる。
諦めや、若干の哀れみを纏った潔ささえ感じさせる一文は何なのか、釘付けになり視線を逸らせなかった。

帯の一文の答えが一体どこに落ちているのか(落ちていても自分の目には見えないものかもしれないが)、
僕は操られたように、刷られた文字の道を歩き出していた。

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読み終わった時、大きな感情の高鳴りはなかった。
目頭が熱くなるような感情移入も。
その代わりに、晩秋の夜風に当てられたような涼しさと、微弱な心地の良い違和感が仲良く共存していた。
そしてもう1つ、確かに『憧れ』の気持ちがあった。

作中の少女と少年の身の上はどちらも、いわゆる『普通』からは逸脱していて、僕の人生の輪郭と重ね合わせるのは難しい。実際、僕が彼らと同じ人生を背負うことになったら、いっそ死の向こう側にしか光はさしていないんじゃないかとさえ思うだろう。それなのに、そんな気持ちとは裏腹に、
この2人のように生きたいと心から思った。

帯の一文の答えはあった(正確には見つけられた)ように思う。

彼女にとってはキラキラ眩しくて仕方のない大切な宝物は、他の誰が見ても決して同じようには映らない。
それだけを落とさず生きていく為には、他者からの思いやりや施しは重荷でしかなかったのだろう。
今なら少しだけ理解ができる。

放浪の末、世界にたった二匹しかいない仲間に出会えた動物って、こんな感じなんじゃないかな。

きっと彼女にとって、彼にとって、生はそこにしかなく、過去の生い立ちのせいでそうなってしまったと言うよりは元からそうだったのだろう。まるで最初から世界には2人だけしかいないような。自分と同じなのはこの人だけのような。
そんな美しい孤独の中で呼吸を合わせている2人が切なくてたまらなくなる。

「結婚するの?」
「いいえ、でも一緒に暮らそうと思ってます。」

多くの人は、一緒にいたい相手とは結婚したいと思うだろう。離したくないその糸に名前をつけて結び目をきつくすることで繋がっている安心と喜びを得たいと思う。僕だってもしそんな相手と出会えたらきっとそう思う。けれど彼らは違うのだ。お互いを繋げているのは、愛でも恋でもなければ寂しさや依存でもない。名前を付けられる糸がなくても絶対に離れない。一緒に存在しているのが至極当然のことなのだ。まるで夜の空と、それにぶら下がっている月のように。

刷られたこの2人の世界が本屋大賞という名高い賞を取ったことは少し前から知っていた。でも知らなかった。善意を拒む強さを、名前のない繋がりを。
自分の中で胡座をかいていた常識に少しだけヒビが入った音がした。

近頃の夜は少し遅れて顔を出す。夜が覆う前の空ではまだ月も自分の居場所に気付いていない。でもそんな時間帯も風情があって好きだ。

きっと誰にでもあるはずだ。
そうあるのが当然の夜空と月のような繋がりが。