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脳内の見える化 vol.11

忙しさにかまけて少し時間を空けてしまったことに反省。今日は金曜日なので少し長めに振返りしてみようと思う。

メンターをやっている新人がすごく良い

メンターをやっている新人のレベルが非常に高い。過去最高。初日から「私はこうしたいから主にこういうことを経験したい」とか「発表の時にこういったことを言えるようにしたいから、逆算して行動していきたい、どう動けばいいかアドバイスしてくれ」など1年目とは思えない思考整理力を見せつけてきただけでなく、「考える時間が足りないと感じているのでこのMTGは出なくていいですか?」とか「ここまで頼りたいんですが、甘すぎるかなとおも思ってます」など、自己のおかれている状況をきちんと構造化して最適な行動を取っている&取れるように周囲を頼れていると感じる。正直同期じゃなくて良かったと思う。メンターとして接していて感じたのが、「もっと”この人めっちゃいろいろ言って厄介だと思われないかなあ”みたいなタガを外して、思う存分ビシバシ鍛えてみてもいいんじゃないか」ということ。特にこういうタイプには。個人的には、新人というものは構造的に無知の無知が多いので、視野の広い「先輩」がなるべく多くの働きかけをし、知らないであろうことを振り出し、語り、少しでも多くの情報のシャワーを浴びせるプロセスの中で少しずつ世の中の構造や、その中に自分の無知がどのくらいの広さ・深さで存在し、断片的だった知識が少しずつ構造化されて視野の解像度が上がっていくのだと思っているが、多くの新人はこれについてこれず疲弊したり、パニックになってしまうと思うのでやっていなかった。でも今回の新人なら多分それができるし、もしかしたらそのくらいの負荷を望んでいる可能性も高い。仮にそういうタイプじゃなくて「あの人やたら暑苦しくて面倒だったな」と思われても特に悲しくはないので、だったら彼女(注:女性です)の成長のためにも、自分の人材育成における型を見つけ出すためにもやってみた方が良いのだと思う。

宇田川氏の教え

この教えはいいなあと思った、と同時に「自分が考えていることと似ている、ってことは他者と働く上での自分のスタンスはそんなに間違ってなかった」と気づけるきっかけになった。とにかく構造。人の心も、世の中の問題も、価値を生み出す仕組みも、全部構造。そういう意味では、大学時代のモデル化の研究はめちゃめちゃ自分にあっていたんだな、と改めて思います、全然真面目にやらなかったけど。

自分の心の動きを大切にし、「どういう構造でこの問題が起きるのか?」と、少しやさしい好奇心を向けてみる。あの人たちは頭が固いからなあ、ではなく自分も問題の一部として捉えてみる。

部長とのコミュニケーション

最近「組織変革というのはやっぱり、何かの取組みが成就した結果として変わっていくものであり、組織変革そのものを目的にすべきではない」と言っていた。21年度前半のVodkaは「メルカリのカルチャー見てみろ、それを専門にやってる人すらいるんだぞ。変革自体も立派な目的であって、それをやってる人は変革に目もくれずビジネスに没頭して結果を出した人と同じかそれ以上に評価されないといけないんだ!」という考えであった。しかし、この部に身を置いてBizDev活動をやっていると、やっぱり何かのビジネスの活動の結果周りの見る目や考え方も変わってくるし、表向きの変革イベントみたいなことをやってもなんかしらけるし、結局はビジネスの結果を出した人にみんなついていくので、変革を起こしたければ結果を出す(というか結果が出るとそのプロセスまで「正」になるので、結果としてそのプロセス自体が市民権を得て、変革したように見える)ということなのだと思う。「悔しかったら何かビジネス作って世に出してみろ、以上」という気持ちに1年かけてようやく近づいてきた。

あと、研修で得たリーンスタートアップの技術を仕事に活かして楽しいなーと思ってたら、結構顧客の声もわかってきて、牛の歩みではあるがプロダクトイメージも固まってきて、先方からも少し評価されて、そのプロセスを見ていた部長が自分たちをリーンスタートアップのプロとして少しだけ評価してくれているような気がしたのが嬉しかった。やっぱり自分は「何かを成し遂げる」よりも「何かに没頭するプロセスの中で誰かの役に立ったり認められることが嬉しい、ちなみに没頭する対象はある程度興味があればなんでも良い」という人間だとよくわかったと同時に、うちの会社でも十分スタートアップ感覚でのビジネス構築やマーケティングっぽいことができるんだなと感じた。一つ自分の中でパラダイムシフトが起きたのは「リーンキャンバスを書く目的」で、今までは「とりあえずリーンキャンバス書かなきゃ」「なかなか埋まらないなあ」という、どちらかというと「悩みの種」だったのだが、本当に社会に出したいものを考えていると自然に「結局今考えているプロダクトの方向性ってどう言語化できるんだっけ?そうだ、リーンキャンバスのフレームワークを使って整理してみよう」と思え、初めてリーンキャンバスを自分から「書きたい」と思えた。目的かしていた手段が文字通り手段になった瞬間であった。

仕事は自分で掴み取る

これはCDOの言葉と部長の言葉がつながった話でもあるんだが。「自分がやりたいことを発信して、それをやりにいけ!」と二人とも言っている。今でも自分は「やりたいことなんてないよ」と思うのだが、少なくとも今やっている事業開発は結構楽しくて、「なぜ当時”やりたいこと”の中にこれが入っていなかったのか?」と考えた時に「やりたいことを今やるための想像力が足りない」という結論に至った。つまり、このPJTを最初から知っていれば「これやりたい」と言えたのかもしれないけど、世の中の仕事はやってみて初めて「こんな仕事あったのか」とか「知ってたらもっと早くやってたかった」と思う仕事が結構あるし、もっというと「やりながら自分色に染めて面白いものにしちゃった」ということもある。さらにさらにいうと、既に認識している仕事の中にも「とは言えあれはあの人のタマだからやりたいだなんて言えない」みたいなこともある。しかしはっきり言って、全部想像力が欠如している。やりたい仕事を想像してなければ創造すれば良い。ないかどうかなんて気にせず「こんなことやってみたい」と構造化して声に出せば周りが探してくれるかもしれない。タマを持ってる〇〇さんは実は行き詰まっていて自分が手をあげれば喜んで歓迎してくれるかもしれない。こうして欠如した想像力(もっというと、想像力のフレームを嵌めた状態で「自分はめちゃめちゃ先の先を読んで想像してやりたいことを判断してる、なんて思い込んでいる最悪の視野狭窄状態だったりする)の中で自分のやりたいことの範囲に蓋をするのはめちゃめちゃもったいないことである。だから、もっと自分のやりたいことをシンプルに言語化し、シンプルに構造化し、シンプルに発信する。そしたらきっと普通に生きているよりは楽しい仕事の機会を得られる、と思う。

で、最後に、やりたいことを改めて書いておきたいと思う。

・結局、数字が好き。数字をもとに施策を考えて実行して数字を良くする、みたいなことはやっぱり大好き。あと「デジタルマーケティング」ってやっぱりホットだし基礎教養として持っておきたい。なのでデジマの分析業務なんかはしっかりやらせてもらうこと。
・機械学習もせっかくできるんだからもっと活用したいなあ
・アプリなどのインターネットサービスを作ってみたい
・絵を描く仕事、、は苦手かもしれない。経営したいって思うけど。ここは磨いていきたいところ。
・やっぱりマーケティングなんだろうな。広すぎるけど。人の気持ちを理解して人の気持ちを動かす、心酔してもらえるような商品を作れたら本望。
・あとやりたいことか〜。ファイナンスはやっぱり面白いと思うなあ。自分の数字のやりくりを通じて投資家や世の中と対話できるって、なんか気持ち良いと思う。結局は商品とか数字を通じて誰かと思いを通わせたいんだろうなあ。

今日はここまで!

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