岡本仁「ぼくの鹿児島案内。」

ひとり旅は苦手な方だと思う。もう10年くらい、したことがない。そもそも旅自体あまりしたことがない気がする。海外に出たことがないし、本州を出たのも高校の修学旅行先である沖縄だけ。北海道にも四国にも親戚がいるけれど足を踏み入れたことはない。九州はといえば拠点を大分に移した友人が早く来なよと誘ってくれているけれど、数年来実現していない。魚と豚骨ラーメン、鶏がいかに美味しいか事あるごとに口にするので夢にまで出そうだ。ああ、早く行きたいな。私の条件が揃ってもこの状況では暫くは不可能だろうけれど。
さて、本書は岡本仁さんが鹿児島にやられてしまった数々のお店や物、場所が満載された紀行エッセイと言えるだろう。隣県に、あるいは現地にお住まいですかと訊かずにはおれない頻度とディープさ。読みものとして大層おもしろく、ガイド的な部分は別項として後ろの方にある「ビルマくんの手帖」あるいは「よか十」の方が優れている、かもしれない。
食パン。つけ揚げ。ミントブラウニーズ。ヨーグルトポムポム。大和桜。加治木まんじゅう。ちゃんぽん。焼き芋。
ああ、今すぐ行きたい食べたいなと思わせる素敵さ。そしてそのセレクトは年下の友人が「今度あそこ行きましょう」と誘ってくれるような、観光以上日常未満の良さに溢れている。
シリアスで有益な3つのインタビュー(十五代沈壽官、井ノ上達也、福森伸)はそれぞれに読んでも面白いし、個人史というにとどまらない苦闘の歴史がどこか重なり合うようで興味深い。
また、私はこの本でカリフォルニアにサツマというみかんが存在することをはじめて知った。シルヴァン・ミシマ・ブラケットが寄稿した「みかんの国で」も出色の出来ではないかと思う。
たのしみと興奮に満ちた本を開くしあわせがここにはある。私はミーハーなので、すぐさま沈壽官窯の六寸花皿(白もん)と、笛吹川系の三寸小鉢(黒もん)を買い求めた。朝鮮由来の美しい白黒と造形は、ハッとさせられるものがある。島津家が黒い陶器を庶民のもの、としたのも今となっては様々な意味で考えさせられるしもう少し掘り下げてみたいところ。
次は焼酎に手を伸ばしてみようかなと思っている。まんまと鹿児島の魅力に気づき始めてしまったようだ。
神奈川の中部からどれくらいの所要時間で鹿児島空港に着くのか調べ出すのは時間の問題だ。

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