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新刊『渋沢栄一と静岡 改革の軌跡をたどる』発売!

大河ドラマ「青天を衝け」の主人公で、2024年度には1万円札の新しい顔となる渋沢栄一。幕末維新の激動期を生き抜き、「日本資本主義の父」とも称される人物ですが、かつての主君・徳川慶喜が暮らす静岡藩で10カ月を過ごしていたことはあまり知られていません。

ですが、後に「静岡は日本実業の策源地(根拠地)」と語ったように、栄一は静岡時代に株式会社の先駆け「商法会所」設置するなど、先見性が光る数々の取り組みを行っています。

本書は日本近世史を研究する著者が、栄一や静岡の先人たちの歩みを史料から読み解き、偉業の軌跡を描き出した一冊。その「はじめに」をnoteで特別公開します。

はじめに

母胎に人の命が宿り、生まれ落ちるまでほぼ一〇カ月――。日本実業界の父といわれる渋沢栄一は、それと同じ期間を静岡藩士として、私たちの郷土・静岡で過ごした。九十二歳という天寿を全うした栄一の人生のなかで、時間的にはほんの一幕にすぎないかもしれない。しかし、この一〇カ月こそが栄一自身だけでなく、後の静岡、そして日本の近代化にとって非常に大きな意味を持つことになる。古稀を目前にした明治四一年(一九〇八)、栄一が静岡で行われた講演会で、「静岡は日本実業の策源地(根拠地)である」と述べたことに、それは端的に示されている。

この講演会で、栄一は静岡の人々に次のような厳しい言葉を投げかけた。「転ばずに、駆け足に」―。静岡の人々が慎重で控えめなのは良いけれども、もっと積極的に挑戦すべきだと説いたのである。栄一は「茶は増えたが」と続け、茶業の成功は評価しつつ、今後は茶だけではなく他にも有益な事業を考えるよう聴衆を鼓舞した。わずかな期間ではあったが静岡に住み、静岡の人々と共に過ごした栄一ならではの鋭い指摘は県民の心に響いたであろう。

栄一は「日本資本主義の父」、あるいは「日本実業界の父」と呼ばれ、多くの企業を設立するとともに、数々の社会事業にも力を尽くした。歴史だけでなくビジネスの世界でも学ぶべき人物として知られ、著書『論語と算盤』を解説するビジネス書がこれまでに数多く出版されてきた。ただ、静岡藩士であった時期(明治元年一二月から同二年一〇月)については十分に語られてこなかった。日本初の株式会社ともいうべき「商法会所」(後に常平倉と改称)を設置したことがわずかに触れられている程度であった。

けれども、栄一に関わる古文書をはじめとしたさまざまな歴史資料(以下、史料とする)に改めて目を通してみると、実に多くの静岡の人々が栄一と交流をしていたことがわかる。特に、商法会所・常平倉関係の記録には、静岡をはじめ県内各地の豪商・豪農が名を連ねているし、死後に編さんされた『渋沢栄一伝記資料』の静岡藩士時代に関する内容は、後に紹介する一人の静岡商人が記した記録がほとんどを占めている。静岡藩士時代の栄一にとって、地元静岡の商人たちの存在がとても大きかったことがうかがわれる。

本書の目的の第一は、静岡藩士渋沢栄一と共に商法会所・常平倉の運営に携わった静岡の人々に光を当てることである。調査の結果、渋沢が商法会所で目指していたことを、静岡の人々はすでに幕末から準備していた様子が少しずつ見えてきた。栄一をもきっと唸らせたに違いない彼らの先見性はどう育まれたのか。当時の静岡(特に駿河・遠江)の特殊な事情について解き明かしながら、栄一と対峙した先人たちの実力に迫りたい。

第二の目的は、実業界の巨人となった栄一と、静岡との関係をたどることである。栄一が、かつての主君であった徳川慶喜の伝記『慶喜公伝』の編さんを通して徳川家の視点から明治維新を捉え直したことは広く知られている。本書ではそれに加えて、静岡で過ごした慶喜の後半生と栄一のつながりにも注目する。また、下田・玉泉寺の改修、初代アメリカ総領事タウンゼント・ハリスの記念碑建立にも尽力した渋沢の「明治維新を振り返る姿勢」も取り上げたい。

また、栄一は旧静岡藩士や静岡の人々を対象とした育英・奨学を行う「静岡育英会」の運営や、現在の静岡県立中央図書館の前身である静岡県立葵文庫の設立に協力している。さらに、静岡に招かれての演説・講演では静岡藩時代の思い出を交えながら、時に自身の体調も顧みずに、次代を担う若者たちに熱く想いを語ったこともあったようだ。

このような栄一の活動一つ一つが、没後も続いていく静岡県内の各分野の発展にどう結び付いていったのかも、併せて明らかにできたらと思う。

目次

第1章 草莽の志士
第2章 慶喜に仕える
第3章 「駿府」から「静岡」へ
第4章 静岡藩士としてのミッション
第5章 日本初の株式会社「商法会所」
第6章 常平倉への改称
第7章 大蔵省出仕と残された人々
第8章 維新再評価の機運のなかで
第9章 静岡 忘れがたく
終 章 相互作用がもたらしたもの

著者プロフィール

岡村龍男/昭和59年静岡市生まれ。平成19年駒澤大学文学部歴史学科卒、同25年駒澤大学大学院人文科学研究科歴史学専攻博士後期課程、単位取得退学。日本近世史・近代史(江戸時代から明治初年)専攻。研究テーマは茶生産・流通と地域社会、駿府を中心とした地域社会の展開ーなど。埼玉県立文書館、静岡市文化財課、島田市博物館を経てNPO法人歴史資料継承機構理事。豊橋市中央図書館学芸員。


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