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【私の感傷的百物語】第三十五話 蛾

蛾。巨大な「ガ」です。

山間部の町で、時に驚愕する大きさの蛾と出くわすことがあります。僕の記憶に残っているのは岐阜県の郡上八幡と、愛媛県の四国中央市の辺りで見た蛾です。前者はコンビニの壁に張りつき、後者は街灯の周囲を飛び回っていました。いずれも近くで目の当たりにした僕はギョッとしてしまい、しばらくその場から動けませんでした。

僕は昆虫に明るくないので、この世に巨大な蛾がどれ位いるのか分かりませんが、どの蛾にも共通しているのが、あの迫力ある羽と太い胴体です。蝶の飛ぶ(あるいは舞う)様子が「ヒラヒラ」ならば、蛾のそれは「バタバタ」といった感じです。夜の明かりに吸い寄せられている様子は、狂気に我を忘れて踊っているように思えます。これが暗闇の中から視界に飛び込んできたらたまりません。狂人ならぬ、狂虫と出会ってしまったとでも言いましょうか。瞬時に頭の中は不安でいっぱいになり、僕のような臆病な人間は、大慌てで逃げ出すことになります。

では、静止している蛾ならば良いか、と言えば、そうもいきません。蛾は葉や小枝に止まる際、羽を開きます。まるでこちらに大きさを誇示しながら、同時に威嚇しているかのようです。飛び立つまでの間、羽を広げたまま、じっと、微動だにしません。また、大型の蛾は茶色っぽい色をしているものが多いですが(枯葉や木の皮などの中では擬態になるかもしれませんが)、これが電信柱や透明なガラスに止まっていると、前述した威嚇的な雰囲気がさらに強まるのです。まるで人でも食いそうに思えてきます。いつこれが飛び立ち、前述の狂った飛行を始めるか想像すると、もう一刻も早くこの場を立ち去らなければいけない、という気分になってくるのです。

巨大な蛾は、巨大な蜘蛛と並んで、僕にとってことに受け入れ難い存在です。ただ、蜘蛛のように屋内まで侵入してくることは稀ですから、その点ではエチケットをわきまえた虫として、好感が持てます。蜘蛛が場所を問わず現れる都市伝説的な怪物なら、蛾は田舎の夜道に現れる、昔ながらの土着妖怪なのでしょう。

蛾も蜘蛛も、小さければ愛おしい。
自分勝手な理屈ではあるが。
「巨人より小人になりたい」と言ったのは
チェスタトンだったか。

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