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【私の感傷的百物語】第十二話 下校放送

閉店音楽を聴くのが苦手です。音楽が鳴り終わったら、自分がここにいてはいけない存在になるのだと思うと、焦りが湧いてきます。音楽自体も「蛍の光」のようなもの悲しげな曲が多く、早くここから立ち去らなければならないという気持ちにさせられます。

小学校・中学校の時は、閉店音楽と同様に、下校放送を聞くのが辛かったです。いえ、正確には下校放送の方が、閉店音楽よりも苦しさは上でした。閉店音楽の場合は、容易に店から出ることができ、メロディーから逃れることができるでしょう。しかし下校放送の場合、そのような時間まで校内に残っているということは、ほぼ確実にのっぴきならぬ用事があるからで、すぐにその場を離れることができないのです。

中学校時代は、下校の音楽がひと昔前のポップスソングで、僕自身が放送委員だった際に、何度も自分で流して聞いていました。このため、(それでも嫌ではありましたが)下校放送の雰囲気にも多少は慣れていきましたが、小学生の時の下校放送は、それこそ恐怖以外の何物でもありませんでした。決められた時間になると、決して音質が良いとは言えない校舎中のスピーカーから、曲名も分からないクラシック曲が流れだします。瞬く間に、建物全体がその曲に包まれてゆくのです。夕方という時間帯もあって、教室の窓から、オレンジ色の頼りない陽光が差し込み、誰も座っていない椅子などを照らしています。そうした光景が、たまらなく寂しく、そして怖かったです。

ただ、音楽が流れている間に下校できればまだ良いのです。本当に恐ろしいのは、音楽が「ジャ、ジャーン」と鳴り終わった直後なのです。周囲は突然の静寂となります。次の日まで、もうチャイムすら鳴りません。もう完全に、自分たちが学校で過ごせる時間ではなくなりました。と同時に、何か自分たち以外の者たちが動き始めるように感じます。下校放送から後は、彼らの時間帯です。こうした中に、「部外者」となってしまった僕が一人、取り残されてしまっていたら、彼らはどう思うでしょうか。きっと面白くないに違いありません。突然現れて、僕をどこかへ連れ去ってしまうかもしれません。そして、そのまま家へ帰れず……。想像は、夕闇迫る校舎の中でとめどなく溢れてきて、いつの間にか僕は早歩きに、それが駆け足に、そして最後には全力疾走になり、ほとんど泣き出しそうになりながら、下駄箱の並ぶ玄関を飛び出すのでした。

そういうことが、何度かありました。


母校である中学校の校舎(現在は旧校舎)。
夕方~夜にかけて、校舎の雰囲気は急に怖くなる。


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